第21話 本丸への潜入
「……静かだな」
サクヤが小声でそっと呟いた。
「たしかに、人の気配が感じられません」
サクヤの隣にいたジェシカも、呟くように小声で返した。
サクヤ、ジン、ジェシカ、シュラの四人は、インパルス帝国の中庭にある樹木の影に、身を低くした体勢で寄り添うように隠れていた。
山岳地帯の滝壺でゲンジロウの話を聞いた直後、シュラとサクヤは急いでジンとジェシカと合流し、インパルス帝国へとやってきた。
ジェシカの道案内で山岳地帯を抜けたサクヤたち四人は、インパルス帝国の領地内に易々と侵入できた。
ジェシカの的確な道案内のおかげということもあったが、とてもベイグラント大陸一の軍事力を保有する国とは思えないほどの手薄な警備体制であった。
しかしそれよりも、サクヤにはシュラの方が気がかりだった。
この場所に辿り着くまでの間、シュラは終始無言であった。
ジンとジェシカの二人は、サクヤに何かあったのかと話しかけてきたが、もちろん言えるはずがない。
サクヤは黙って首を横に振った。
二人に話したところで何も解決しないのは目に見えていた。
シュラも自分と同様に復讐を誓う人間であること。
その元凶がインパルス帝国に存在しているという事実。
他人とは思えない奇妙な共通点を持つシュラを、サクヤはただ見守るしかなった。
そんな四人がインパルス城外の手薄な警備を掻い潜り、現在、身を隠している中庭に潜伏したのが半時前である。
インパルス帝国の中庭は驚くほど広く、地面に植えられた深緑の芝生が絨毯のように敷かれていた。
また、小道にそって木々が立ち並び、中庭を囲うように建てられている外壁の近くには池があり、外陸産の貴重な魚が優雅に泳いでいた。
空には満天の星たちが、宝石を散りばめたように輝いていた。
暗礁色の雲に隠れて月は見えなかったが、そのことがサクヤたちには有利だった。
月の光が遮られれば辺りは闇と同化して、樹木の陰に隠れているサクヤたちを見張りの人間は見つけにくくなる。
城内に侵入する機会が増えるというものである。
現に中庭全域を静寂と暗闇が支配し、人の気配が微塵も感じられない。
感じるというか、虫の鳴き声しか聴こえてこない。
まさに、城内に侵入する千載一遇の機会であった。
しかし、そんな絶好の機会だというのに、四人はその場から動こうとしなかった。
あまりにも気配がなさすぎるのだ。
いくら深夜だからといって、見回りの兵士に一度も遭遇しないのは異常である。
これだけ広い敷地を見回るには、最低でも数十人の人員を必要とするだろう。
それなのに、サクヤたちには虫の鳴き声しか聴こえてこなかった。
小道を抜けたすぐ目と鼻の先には、インパルス城が悠々とそびえ建っているのに。
サクヤたちは何度も城内に侵入する行為を取っていた。
しかし、インパルス城全体がまるで黒い霧でも張っているかのように、ほんのわずかな距離が縮められない。
万全を期すために慎重になっていた四人も、そろそろ限界であった。
「もう埒があかん」
苛立ったサクヤが、隠れていた茂みから身を乗り出そうとした。
と同時に、サクヤの肩に軽い衝撃が伝わり動きが止まった。
「俺が行こう」
サクヤの肩に手を当てたのはシュラであった。
軽く手を当てられているだけなのに、サクヤの身体は身動き一つできない。
「一人でか?」
「しばらく経ったら追ってきてくれ。 城内の兵士は俺に任せろ」
シュラは隠れていた茂みから瞬時に抜け出すと、影のように物音も立てずに城に近づいていく。
城壁に近づいたシュラは、ほとんど垂直の壁を手も使わず駆け上がっていき、二階のベランダ付近で完全に姿が消えてしまった。
そんなシュラのあまりの早業に、ジンとジェシカは驚きの表情を浮かべていたが、サクヤは心が痛むばかりであった。
これくらいの動きがシュラにとって造作もないことは、サクヤもよく知っていた。
そして、もっと恐ろしい力をシュラが隠し持っていることも。
〈闘神術〉。
それは人間に隠された未知の能力を引き出し、自在に操る究極の身体操作法。
サクヤは思い出していた。
自分の命を狙ってきたゲンジロウと、シュラの死闘を見る限りでは、とても常人には理解できない闘いであった。
シュラの話によると、この〈闘神術〉を発動させることができれば、身体能力が向上するだけではなく、〈気〉と呼ばれる未知なる力が物理的にも相手に影響するのだそうだ。
まさに、常人を遥かに超越した力であった。
そんな超人的な力を持った二人も、闘いが終わってみれば、ある共通の男が存在していることがわかった。
アリーという少女を救うために利用されたゲンジロウ。
〈闘神術〉を伝授した師匠と、自分の姉を殺されたシュラ。
そう、すべてカルマと呼ばれる男が原因であった。
一時は激しい憎悪の感情を燃やしていたシュラも、すぐに心を落ち着かせた。
インパルス帝国に着くまでの間、シュラは冷静さを取り戻した風に見えたがそれは間違いだった。
ただ、自分の感情を激しく押し殺していたのだ。
先走りたくてもしかたない。
サクヤは、シュラが姿を消した二階のベランダに視線を向ける。
彼には彼にしか解決できない悩みがある。
そのためにここまできたのだ。
サクヤはシュラに対する感情を、グッと押し殺した。
まずは自分のことだ。
そうサクヤは自分に言い聞かせた。
「……様。 サクヤ様!」
突然耳の奥に響いてきた声に、サクヤの身体が反応する。
「な、何だ?」
「なんだ? ……じゃありませんよ。 早く行きましょう」
目の前で声をかけてきたジェシカの向こうには、ジンが辺りを警戒しながらこちら側に大きく手を振っていた。
「ほら、異常ないようですよ」
「わ、わかった」
サクヤはジェシカに誘導されながら、城壁に近づいていった。
サクヤとジェシカは先に様子を見に行ったジンの元に辿り着くと、ジンの隣には入り口のような扉があった。
「おそらく使用人たちが使う出入り口でしょう。ここからなら城内に侵入できると思います」
隣にいたジェシカも、これに合意する。
「そうですね。この時間帯なら見つかることもないでしょうし」
ジンとジェシカは扉を開けて警戒しながら城内に入っていく。
サクヤも足音を殺しながら二人の後に続いた。
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