第14話   シュラVSゲンジロウ

「いつから気付いていた?」


 見世物をしていた時とは別人のゲンジロウが、サクヤたちに歩み寄ってくる。 


 まるで大型の猛獣が、目の前の獲物を狙わんとする動作を思わせる足運びだった。


 ゲンジロウの質問にシュラが答えた。


「あんな鳥がイシスからずっとついてくれば嫌でも気が付くさ」 


 サクヤの脳裏に、先程の黄金色に輝く鳥の姿が鮮明に浮かんだ。    


「へえー、あんたアレに気付いたのか?」


 ゲンジロウの歩みがピタリと止まる。


 そして、ゲンジロウの身体から発せられる闘気が、徐々に殺気に変わるのをサクヤは見逃さなかった。


 間を置いた後、今度はシュラがゲンジロウに質問をする。


「わざわざ、こんな人気のない場所で興行……ってわけでもなさそうだな。何が望みなんだい?」


 ゲンジロウの顔が一瞬、悲しげな表情に変わった。 


「すまねえ……何の恨みもねえが、そこにいる譲ちゃんを殺さないといけねえんだ」  

   

 ゲンジロウの槍を持つ手に力が入る。


 それと同時に、辺りの空気が一変した。 


 木々の上で羽を休めていた野鳥が一斉に飛び立ち、鉛のような鈍重な圧力がサクヤた

 ちの身体に圧しかかってくる。


「だから……何も言わず死んでくれっ!」


 二足歩行の野獣が吠えた。


 身体から発せられる殺気を爆発させ、サクヤに向かって突進してくる。


 同時にシュラも駆けた。


 紫電が天空を翔るような速さで、ゲンジロウの前に立ちはだかる。


「うおおおおおおっ!」


 ゲンジロウから放たれる凄まじい気迫とともに、白銀に輝く穂先がシュラの頭上に振り下ろされる。 


 まるで電光のような速さであった。


 本来、槍という武器は突くものである。


 剣とは違い間合いの広い武器である槍は、戦場でも特に有効な武器として使われていた。


 しかし、ゲンジロウはその槍を剣のように上段に構え、一気にシュラに向けて叩きつけたのである。


 空気を切り裂いた白刃が、勢いよく大地に突き刺さる。


(斬られた!)


 サクヤは息を呑んだ。 


 後ろから見ていたサクヤは、ゲンジロウの槍がシュラの身体を両断したかのように見えたからだ。


 しかし、ゲンジロウの槍には血が付いていない。


 シュラは槍の穂先が自分の身体に触れるか否かの刹那、身体を半身に構えゲンジロウの攻撃を見事に躱していたのだ。


「ぬうっ!」


 ゲンジロウは地面に突き刺さっている槍に再び力を込め、シュラに向かって振り上げた。


 しかしシュラは、一瞬できた動きの切れ目を見逃さなかった。


 シュラが疾風の速さで前へ出る。


 ゲンジロウの槍が地面から離れるより速く、シュラの身体が風を纏って踏み込んでいく。


 恐るべき速さで間合いを詰めたシュラの右拳が、ゲンジロウの顔面に突き刺さった……かのように見えた。


「あ……」


 二人の戦闘を傍観していたサクヤが思わず声を上げた。


 シュラの右拳はゲンジロウの顔面の脇をすり抜けていた。 


 ゲンジロウの方も、シュラの右拳が顔面に突き刺さる寸前に、首を捻り拳撃を躱していたのだ。 


 サクヤの肌が粟立ってくる。


 ゲンジロウの人間離れした力も凄まじいが、シュラの動きも人間の限界を超越しているように見えたからだ。


 ゲンジロウは決して弱くない。


 それどころか、全身から陽炎のように湧き上がっている殺気が、大気を伝わりサクヤの肌に針のように突き刺さってくる。


 森の中で襲ってきたインパルス帝国の斥候たちを、遥かに凌駕しているかもしれない。


 シュラは右拳を躱されたときには、すでにゲンジロウの反撃を予測し、後方に大きく跳びすさっていた。


 シュラの顔から笑みが消えて、闘気が蒸気のように立ち上がる。


「強い……強いな」


 ゲンジロウは自分の頬に赤い血が、たらりと流れていることに気がついた。 


 紙一重で躱したつもりだったが、シュラの凄まじい速さで放たれた拳を見切りそこなっていた。


 ゲンジロウが不気味に笑った。


 それは、虎の笑みであったかもしれない。


 ゲンジロウは重心を落とすと、持っていた槍を半身正眼に構えた。


 ゲンジロウの手にしている槍の全長は約3メートル。 


 槍の穂先の長さは40センチもあった。 


 槍という武器は柄の部分が長い物ほど、穂先の部分が短いという傾向があった。 


 それは、長槍であれば穂先が短い分だけ突きやすく、3段突き、5段突きといった連続技を次々と繰り出せるからだ。 


 また、短槍で穂先が長ければ、先程のゲンジロウのように剣と同じく相手を斬り付け、突きに繋いでいくという多彩な攻撃も可能になる。


 しかしゲンジロウは、長槍の柄の長さ、短槍の穂先の長さを兼ね備えた万能ともいえる槍を持っていた。 


 人間離れした途方もない腕力。 


 そして、それ以上の技術がなければ、常人には扱い不可能な恐るべき武器であった。


 これに対峙して戦うには、まず自分自身が一通り槍の繰法を身に付けておかなければ、虚実様々な敵の動向を見抜くのは不可能に近い。


 ましてや、素手ならばなおさらである。


(シュラ……)


 サクヤは声が出せなかった。


 海の底を思わせるような息苦しい圧力が、サクヤの口を固く閉ざしている。


 その時、彫像のように静止していたゲンジロウの手元が微かに動いた。


 同時に、シュラが身体を大きく逸らした。


 シュラの胸から血煙が上がった。 


 見れば、シュラの胸には横一直線に斬られたような傷が出来ている。


 ゲンジロウは構えを崩さずに、シュラの心臓目掛けて神速とも呼べる速さの突きを放っていた。


 サクヤは、喉に溜まった唾をゴクリと胃に流し込んだ。 


 素手の人間が武器を持っている人間を制する必要なことに〈目付け〉がある。


 どんな武器を使うのであれ、必ずその予備動作が人体には表れる。 


 それが〈目付け〉である。


 肩、肘、足、爪先、相手の両眼などの、動きの起こりに注意しなければならない。


 しかし、ゲンジロウはその〈目付け〉を完全に殺していた。


 シュラのような人間離れした反射神経と身体能力がなければ、一瞬で心臓を一突きされて終わりだったであろう。 


「これも躱すのか……」  


 ゲンジロウの身体から放射されている殺気は相変わらず凄まじいものだったが、その顔からは少なからず驚きの色が見える。


 まさか、この突きまで躱されるとは思わなかったのだろう。


 シュラの顔に笑みが浮かぶ。


 胸から流れる血を気にも止めない様子のシュラは、両手をダラリと上げ、左半身に構えている。


 ゲンジロウは摺り足でじりじりと間合いを詰める。


 突如、ゲンジロウは神速の踏み込みから、烈風のような突きを放ってきた。


 先程よりも数段速く、鋭い突きだった。


 自分の急所を狙って伸びてくる閃光のような突きを、シュラは上体を捻りながら紙一重で避けた。


 それを見てゲンジロウは確信した。


 ゲンジロウは腐っても達人である。


 シュラの実力も、最初の一合である程度は予測ができた。 


 そして、今の二合目でそれは確信に変わり、完全にシュラの実力が把握できた。


 自分の突きはもう当たらない。


 幾多の修羅場を潜り抜けて身に付けた直感が、ゲンジロウにそう教えていた。 


(これが駄目だとなると、いよいよアレしかないか……) 


 ゲンジロウの雰囲気が一変した。


 コオオオオオ――…………


 ゲンジロウは深く長い息吹を上げた。


 額には無数の血管が浮き出てきて、剥き出しになっている上半身の筋肉が極度に緊張する。 


 束ねている灰色の髪も風になびくように揺らいでおり、その身体から発する熱により揺らいでいるのではないか……と錯覚するほどの凄まじい迫力が満ちている。


 それは、サクヤの目にもはっきりと視認できた。 


 ゲンジロウの身体を、紫色の光が絡みつくように包み込んでいた。 


 殺気や闘気といった抽象的なものではなく、確実に目に見える光だった。


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