第24話 無一文の英雄

「――ン殿!――ラン殿!――フラン殿!」


「はっ!?」


 意識を取り戻すと、わたしのことを小さなネズミ耳おじさんが呼んでいた。町長のトッポさんだ。


「大丈夫ですか!?」


「え?大丈夫じゃないです……」


 わたしは、立ったまま気絶してたようだ、知らんけど。


「どこかお怪我を!?」


「いえ……この通り、無傷です……」


 懐は大ダメージです……


「そ、そうですか?では、なにが?いえ!それよりも!マーレルを救っていただき!ありがとうございました!」


「……え?」


「ありがとう!嬢ちゃん!」

「あんたのおかげでみんな命拾いしたよ!」

「フランちゃんはすごい魔法使いだったんだな!」


 わたしの周りには、いつの間にか人だかりができていた。マーレル中の人がいるんじゃないかと思うくらい、大勢の人に囲まれている。


「身を挺して!マーレルを守っていただいたこと!誠に感謝いたします!」


「え?あー……いえいえ」


 わたしは、大金を失ったことのショックが大きくて、呆然とそれに答えた。


「フラン殿には!町の復興に貢献いただいただけでなく!町自体も救っていただき!感謝の念が絶えません!英雄!フラン殿は英雄ですぞ!」


「えい……ゆう?」


 そんなことより……わたしのお金が……


 町を救った英雄に、報奨金は出るのかしら?

 ……いや、それを今言うのはカッコわるいよね……


「フラン殿を称えよー!」


「フ・ラ・ン!」

「フ・ラ・ン!」

「フ・ラ・ン!」


 町の人たちが大声でわたしの名前を呼んでいる。


「……」


 しかし、わたしの心の中は失った大金に支配されていた。


 そして、こう思う。


 歓声よりも金をくれ、と。


 うん……ゲスね!!


 わたしは、自分自身の最低なゲス思考にゲロを吐き散らかしそうになっていた。


 なんて……なんて……醜い心なのだろう……

 町が助かった……それでいいじゃない……


「はわわわ……すごいのです……アウルムのフランお姉さんは英雄なのです……アウルムは誇らしいのです……」


 アウルムちゃんの天使みたいなセリフが、わたしの醜い心を浄化していった。

 アーメン……ここに、救いはあったのね……



 落ち着きを取り戻したわたしは、悲しみの気持ちを押し殺して宿まで帰ってきた。


「宿……お金ない……泊まれない……役所にでもいこうかしら……さすがに泊めてくれるよね?だってわたし……英雄だし……ふふ……」


 わたしがぶつぶつ呟いていると、


「あの……フランお姉さん……」


 わたしの天使が話しかけてきた。


「……なぁに?アウルムちゃん?」


「あの、ですね……怒らないでほしいのです……」


「んー?わたしがアウルムちゃんに怒ることなんてありえないわよ?なぁに?」


 にっこり。

 くたびれた精一杯の笑顔だったと思う。


「あの……これ……」


 アウルムちゃんがおずおずとあるものを差し出してくれた。


 それは、


 聖金貨だった。


 しかも2枚。


「……え?」


「あのあの!あのとき、フランお姉さん!目が変になってて!ギギさんたちも強そうだったから!もう大丈夫かなって!……ごめんなさい、なのです……」


「え?」


 なにが?何を謝ってるの?

 もしかして、お金がまだあるのに、お金が無いって言ったから?

 そんな、そんなの……


「アウルムちゃんは本当に!わたしの天使ね!」


「はわっ!?」


 わたしはアウルムちゃんの脇に手を入れ、くるくると抱っこして抱きしめた。


「大好きよ!」


「はわわわ……アウルムも……大好きなのです……」


 腕の中のうさ耳ちゃんは恥ずかしそうに顔を赤くして、好意を伝えてくれた。


「んまー!なんて可愛いの!それに賢くって!凄く天使!」


「あ、アウルム、天使さんじゃないのです……」


「なら生まれ変わりね!好き!」


「はわわわ……怒ってないのです?嘘、ついたのに……」


「怒るわけないじゃない!あのときは明らかにわたしが冷静じゃなかったし!アウルムちゃんのおかげで無一文にならずに済んだわ!本当にありがとう!」


「アウルム、怒られないのです?」


「もちろんよ!アウルムちゃんは賢くって冷静で!素晴らしい判断をしたのよ!」


「よ、よかったのです!アウルム!これからもフランお姉さんと一緒にいたくて!だから一生懸命考えたのです!お金は大事だって!族長も言ってたのです!」


「そっかそっか!」


 族長、あんたをしばくのはまた今度にしてあげるわ。


「うふふ!これなら普通にちょっといいご飯も食べれるし!お風呂も入れるわね!」


「贅沢はダメなのです!」


「は、はい……」


 わたしはすっと、うさ耳ちゃんを地面に下ろす。贅沢を指摘され、頭が冷静になったのだ。本当にしっかりした子ね。



「それでは、これが最後のお給金になります。本当に今までお世話になりました!」


「いえいえ、こちらこそ」


 シードラゴンが襲来してから2ヶ月後、わたしは、通訳としての仕事をおえ、最後の出勤を済ませていた。

 今、トッポさん直々に、少し色のついたお給料を受け取ったところだ。


「それで、次はどこに行かれるのですかな?」


「んー、アウルムちゃんの使命が魔法を広めること、なので、適当に町を転々とすると思います」


「そうですかそうですか、どうか旅の道中、お気をつけください。なにかあれば、いつでも戻ってきていただいて構いません。フラン殿にはやりがいが薄いかもしれませんが、いつでも、役所の席は用意しておきます」


「あはは、ありがとうございます。もしそうなったら、よろしくお願いしますね」


「お願いするのです!」


「もちろん、アウルムちゃんも一緒に来てください」


「ありがとなのです!」


 そして、わたしたちは町でお世話になったみんなに挨拶に回った。


 挨拶回りの途中で立ち寄ったゴブリンさんたちの土地には、大きなデパートが建築中だった。

 もう少しでジラーフ商店のお店が建つはずだ。完成を見届けれないのは名残惜しいが、また来たときの楽しみとしてとっておくとしよう。


 そう思いつつ、挨拶回りが終わったわたしは、町を出ようとする。


「……いや……だめね、すっきりしない……」


「フランお姉さん?」


 わたしは、あることに気づいて寄り道することにした。


「ちょっとだけいいかな?イルカさんを見ていきましょ」


「イルカさん!みたいのです!」


 そしてわたしたちは、イルカレースの会場にやってくる。


 一等になるイルカの番号を先見の目で確認して、アウルムちゃんを観客席に残してから、金貨15枚をかけた。


 レースがはじまる。


「イルカさんがいっぱいなのです!」


「そうねぇ」


 わたしはアウルムちゃんを膝に乗せ、レースが終わるのを見届けた。


 一等は、6番。わたしがかけたのは7番だ。


 ロクでもない儲け方をしたわたしは、その儲けをレース会場に返すことにしたのだ。

 ズルは良くないもんね。


「じゃあ、行こっか」


「はいなのです!イルカさんかわいかったのです!」


「アウルムちゃんの方が100倍可愛いわよ?」


「嬉しいのです!もっと褒めてほしいのです!」


「じゃあ、たくさん褒めちゃおうかな!」


 そしてわたしたちは、旅に出た。


 次なる町に向けて、そして、わたしがお金持ちになるための旅へ。


 ……ちがうちがう。なんだっけ?

 アウルムちゃんが魔法を広める旅へ。


 これだ!

 ということで、わたしたちはマーレルの町を後にした。

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