第14話 ゴブリンとのコミュニケーション

「少しお話ししませんかー?」


 ゴブリンさんの方に手を振りながら、もう一度大きな声を出すと、2人のゴブリンさんが近づいてきてくれた。


 どちらも20代くらいに見えて、上裸に短パン姿、なかなかいい筋肉だ、腹筋が割れている。


「こ、こんにちは……」


 2人のうちの1人が、おそるおそる、という感じで口を開く。


「こんにちはー、お話ししてくれてありがとうございまぁす♪」


 笑顔で媚を売ってみる。


「こ、言葉が……わかる……」


「おい……なんだこの人族……」


 2人のゴブリンさんは、顔を見合わせて驚いた顔をしていた。1人は純粋な驚き、もう1人は恐怖の色が強いように見える。


「これがゴブリン語なのですかー、アウルムにはさっぱりなのです」


 ふむ、わたし自身は、ゴブリン語を話しているという自覚がないのだが、隣のアウルムちゃんには、わたしがゴブリン語を話しているように聞こえるようだ。つまり、わたしが話したいと思った相手によって、自動翻訳されるということになる。

 なかなかに便利な能力だ。ゲバ爺、ありがとう。


「えっと、わたしはフラン・ペソ、この子はアウルムといいます。あなたたちは?」


「え?お、俺は……」


「おい!まずいって!村長に報告しよう!」


「いやでも……」


「あはは……なんだか、警戒されちゃってますよね。ゴブリン語をしゃべれる人間は珍しいですか?」


「そりゃあ……はじめてだよ……」


「へー、もし良かったら村長さんと話したいのですが、よろしいですか?」


「え?いや……」


「お、俺!呼んでくる!」


 もう1人の男性が逃げるように洞窟の中に走っていった。


 こんな美少女2人相手に何をビクついてるかしら。


「あ……」


 残った1人と目が合ったので、話を続けてみる。


「あなたはお話ししてくれます?お名前を聞いても?」


「あ、ああ、俺はギギだ……」


「ギギさん、改めてよろしくお願いします」


 ニコッ。


「……」


 ギギさんは、わたしのことを、また不思議そうな驚いたような顔をして見てきた。


「どうかしましたか?」


「あんたは、他の人間とは違うんだな……」


「え?ああ、ゴブリン語が話せますしね」


「いや、俺たちを見ても、嫌そうにしたり、鼻を押さえたりしない……」


「あー……なるほどー……」


 この悪臭のせいで、町長たちはそんな態度をとって交渉にきたのか、と想像する。

 そりゃあ、うまく話が進まないわけだ。


「ちなみに、なんで嫌そうにしてたか、わかりますか?」


「いや、さっぱりだ、俺たちは普通に暮らしてるだけなのに……町に入ろうとすると、人間も他の種族も嫌な顔をする……だから、俺たちは町には近づかない」


「ほほう」


 やっぱりか、ゴブリンという種族は鼻が鈍いのか、もしくは臭いの感じ方がわたしたちと違うのか、ここを臭いと思っていないようだ。


「おーい!村長つれてきたぞー!」


 わたしが分析を進めていると、さっきの若者が、年配のゴブリンさんを連れてきた。さっきの若者の背中に背負われてやってきて、わたしの隣に降ろされる。


「……はじめまして、儂は、この村の村長をつとめておりますリィグと申します」


「はじめまして、リィグさん。わたしはフラン・ペソ、この子はアウルムと申します。ゴブリン語を話せるのは、わたしだけなのでご容赦ください」


「おぉ……本当に儂らの言葉を話せるのですか……」


「ええ」


「なんてことだ……これは……もしかしたら……」


 リィグさんは、驚いたあと、考え込むような顔をする。


「フラン殿、もしよろしければ、あの町の村長さんとの架け橋になっていただけませぬか?」


「架け橋?」


「あ……初対面の方に、突然なにを……儂としたことが、申し訳ありません……」


 なんだか、村長さんからは焦ったような雰囲気を感じた。だから、とりあえず話を聞いてみることにする。


「いえいえ、まずは話しを聞かせてください架け橋っていうのは、ようするに通訳ですよね?」


「その通りです。2年前から何度か人族の方が訪ねにくるのですが、何を言ってるのかサッパリでして……こちらからも相談したいことがあるのですが、意思疎通がはかれなくて困っているのです……」


「ふむふむ、相談したいこととは?」


「薬や食料をわけてほしいのです」


「なるほど、んー……今は何を食べてるんですか?」


「主に、森か海で狩りをするのですが、海に入ると人族の方が嫌そうにするので、最近は森がメインです」


「そのせいで、海に入れないから、食糧難だと?」


「その通りです」


「もう一つの薬というのは?」


「数ヶ月前まで薬師がいたのですが、この土地に嫌気がさしたとかで、出て行ってしまったのです。医者もおらず……困り果てております……」


「なるほどー、事情はわかりました。架け橋の役目、大丈夫ですよ。引き受けましょう」


「本当ですか!?」


「ええ、ただしその前に、確認したいことがあります」


「なんでしょうか?」


「ここの土地が向こうの町で売りに出てたんですが、村長さんたちの土地じゃないんですか?」


 わたしは、緑のテープを指差して質問する。ずっと気になっていたことだ。ケープ不動産は、どうやって言葉が通じない相手からこの土地を入手したのか。


「……そこは、元々は儂たちの土地です」


 やっぱりか。


「じゃあ、勝手に売られてるってことですね?」


「いえ……お恥ずかしい話……儂の息子が身振り手振りで土地を売って、金貨片手に逃げ出したんです……」


 ふーむ……そういうことか。人間がだまし取った、というわけでないなら交渉の余地はありそうね。


「そんな事情があったんですね。でも人族とは話せないということだったのでは?」


「息子は魔法の心得がありましてな……おそらく何か上手いことやったのでしょう……」


「うーん……ほかに魔法が使える人はいないってことですよね?」


「今はおりません……」


「わかりました!じゃあですね!ここの土地をわたしが買うことを許してもらえるでしょうか?それが通訳をする条件です」


「そんなことでいいのですか?その土地は、儂たちの手を離れているのですが……」


「え?だって、ここはもともと村長さんたちの土地だって……」


「いえ……もう、何年も前の話、諦めはついてます。それに、この村もめっきり人口が減ったので、土地は余ってるくらいなんです……」


「ふむふむ、じゃあ、許してくれるんですね?」


「もちろんです」


「わかりました。また後日伺いますので、そのときにもう少し詳しく話しましょう。リィグさん、ギギさん、ありがとうございました」


「こちらこそ、このご縁が良きものになりますように」


 わたしは、アウルムちゃんの手をとって橋へと引き返すことにした。


 橋を半分くらい渡って振り返ると、まだ村長さんたちがこっちをみていたので2人して手を振ってみる。

 リィグさんもギギさんも、振り替えしてくれた。


 ゴブリンとコミュニケーションはとれないだって?

 とんでもない、いい人たちじゃないか。ちょっと文化が違うだけだ。きっとなんとかなる。

 そう思いながら、わたしは、これからの具体的な作戦について考えることにした。

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