第7話 先見の目の能力

「マーレル名物!イルカレース場へようこそ!」


 来てしまった……銀貨6枚を握りしめて……


 ブルリッ。


 わたしは、レース場の看板を見て震えてしまう。


 これまで真面目に生きてきた。賭け事なんて、やったことない。


 それに、これからわたしは犯罪的なズルを行おうとしている。良心と倫理観が、頭の中でわぁーわぁーと猛抗議を申し立てていた。


 それと……もう一つ……震えている理由がある……


 お金持ちになれるかも……


 そう、ちょっと憧れがあったのだ、お金持ちに。

 前世では、銀行員として、大豪邸に住むお金持ちたちの家に営業に行っていた。そのき、いつもこう思っていた。こんなスケベなオッサンたちがお金持ちになれるなら、ワンチャンわたしだって……なんて。


 だから、チートスキル〈先見の目〉を使って、憧れのお金持ちになれるかも、という悪い考えを思いついてしまったのだ。


 いやいや!あくまで生活費の分だけ!

 こんな手段でお金持ちになるなんて間違ってる!

 よし!生活費の分だけ!分だけ!よし!


 そう強く念じてから、わたしはレース場への入り口をくぐったのであった。



 建物の中に入ると、観客席はこちら、チケット販売はこちら、という看板を見つけることができた。


 とりあえず、観客席のほうに行ってみる。観客席は、建物の外に作られていて、目の前は海だった。

 後ろを向くと、段々になった観客席がある。野球観戦をするドームと同じ感じだ。


 わたしは、その辺のひと席に座り、海の方を眺めた。


 イルカレース場、ということはイルカが泳いで、その順位を当てる、ということだろうか?目の前の海には、競馬場のように楕円形のコースが、海の上に作られていた。黄色い浮きがポツポツと浮いていて、紐で繋がり、楕円の形を作っている。たぶん、あのコースの中をイルカさんが泳ぐのだろう。


 レース内容を予想していると、アナウンスが流れ出した。


「まもなく、第六レースの開始となります。ただいまをもって、チケット購入は締め切らせていただきました。皆さま、観客席へご移動ください」


 そのアナウンスのあと、ぞろぞろとおっちゃんたちが観客席へとやってきた。


 みんな景気が悪そうな顔をしている。いや、気のせいかな、ギャンブルをやってる人への偏見かもしれない。

 そんなことよりも、レース内容をチェックしよう。


 またアナウンスが流れる。


「第六レースは、7名の選手が出場します。オッズは、1番ジール選手、3.2倍、2番ククリ選手、4.8倍――」


 そんな感じでオッズが発表されていった。

 やっぱり、競馬みたいなものらしい。


「選手、入場」


 そのアナウンスのあと、ファンファーレが鳴り響き、ムキムキの男たちが短パン姿で現れた。その男たちは、海の上に浮かんでいるように見える。ちがう。イルカに乗っているのだ。


 イルカに騎乗した海パン男たちは、観客席に手を振っていて、その手には手綱を握っていた。イルカさんの口当たりに手綱が結ばれているようだ。

 イルカさんは真ん丸な目をしていて、7名の選手が騎乗しているイルカさんたちは、少しずつ模様や体の色が違った。


 7組の選手たちが、2本のポールの間に整列する。ポールの間には、透明な白いモヤのようなものがかかっていて、そこに入った選手とイルカさんは、身体の色を変色させた。1番の選手が赤、2番が青、3番が緑、そんな感じだ。

 

 あれも魔法だろうか?観客が観戦しやすいように身体の色を変える魔法なのかな?と想像を巡らせる。


「第六レースを開始します」


 アナウンスが聞こえると、会場がシーンと静まり返る。


 選手たちは、手を振るのをやめ、真剣な顔で前を向いた。


 パン!


 スタートの合図だ。


 イルカさんたちが、一斉に泳ぎ出した。跳ねるように泳ぐので、選手たちは、潜ったり、水面にでたりを繰り返す。水面に出たときに大きく息を吸って、また潜って息を止める。乗馬よりもだいぶ選手の負荷が大きそうな競技であった。


 猛スピードで泳ぐイルカさんたちを見て、観客たちは大盛り上がりだ。


 すごいスピードで、第一カーブを曲がる。


 そしてストレート、第二カーブ。


 最後の直線だ、正面に戻ってきて、ゴール。


 ゴールラインは、白と黒の格子模様が2本のポールの間に投影されてた。たぶんあの映像も魔法なのだろう。


 このレースで勝ったのは、5番の選手、オッズは1.8倍なので、オッズが低くて定石通りの結果なのだろう。たぶん有名な選手なんだと思う。


 周りの人たちも、「やっぱあいつかー……」とため息をついていた。


 そのままレース場の方を見ていると、白黒のゴールラインの向こう側に旗が上がった。1番高いところに5番、次の高さに3番、次の高さに1番、と旗が上がったので、アレが順位をあらわしているっぽい。


 なるほど、レースの概要はわかったわ、とりあえず一位を当てればいいってわけね。よし、実験してみるわよ。


 わたしは。チケットはまだ購入せず、第七レースが始まるのを待った。



 しばらくしたら、アナウンスが流れ、選手が入場してくる。


「すぅぅ……いくわよ……」


 わたしは、満を辞して先見の目を発動させた。


 さぁ!わたしにレースの結果をみせてご覧なさい!(テンション高め)


 念じた途端、選手とイルカさんたちが分身して、猛スピードで泳ぎだした。どんどん進んでいき、第一カーブだ。

 このまま、レースの結果がわかるかとワクワクしかけたとき、


「うっ!?」


 強烈な吐き気とめまいを覚え、集中をきらす。


 分身たちが消えて、選手たちは今もまだスタートの合図を待っていた。


「やばい……気持ち悪い……吐きそう……」


 あ……これ我慢できないやつだ……

 理解したわたしは、ダッシュで会場の外に向かう。



「……おぇぇぇ!!」


 会場を出て、橋の真ん中あたりまで走ってきて、川に向かって盛大にリバースする。


「お……おぇぇ!おぇぇー!」


 全部出し切れ、そうすれば楽になるはずだ。


「はぁ……はぁ……」


 酔ったときは吐けば楽になるはずなのに、全然吐き気が収まらない。グッタリと橋の手すりにもたれかかって座り込んだ。


 道を行き交う人たちがなんだあいつ、みたいな顔で見てくる。


 なによ……酔っ払いには冷たいのは全世界共通なのかしら……まぁ、わたしお酒なんて飲んでないけど……


「ふぅー……」


 深呼吸して、ゲボ臭い口のことを忘れようとする。


「んぺっ!」


 最後に唾を吐いて、頭を落ち着かせた。めまいはもうほとんどない。


 ……よし、何が起こったのか整理しよう。


 わたしは、レースの結果を知るために選手たちの未来を見ようとした。


 第一カーブまでは未来が見えて、そのとき、突然気持ち悪くなってしまい、先見の目を使い続けるのは困難になった。


 その理由はなんだろう?


 魔力切れ?MPみたいなものがあるかな?


 もしくは、数秒以上の未来を見ようとすると気持ち悪くなるとか……


 それか……未来を見ようとした対象が多すぎた。


 これらのどれか、または全部かもしれない。


「……気持ち悪いけど……実験しないと……」


 わたしの所持金は銀貨6枚、今日宿に泊まれば銀貨3枚だ。もう後がない。今日中に、どこまでできるか把握する必要がある。


 そしてわたしはまたレース場へと歩き出した。



 それから、2回、橋まで戻ってきて盛大にリバースした。といっても、何も食べてないから吐くものなんてないけど……胃液をぺっぺっするだけだ。


 でも、この苦しみのおかげで、成果はあった。


 まず、魔力切れ、ということは無さそうだった。レース場に戻ったら、また先見の目は使えたのだ。


 じゃあ何が原因なのか。


 まずわたしは、未来を見る対象を選手1人だけに絞った。すると、第一カーブを抜け、ストレートも通過して第二カーブの中腹くらいまでの未来を見ることができた。

 そこで気持ち悪くなりリバース。


 それからもう一度レース場に戻り、じゃあ、未来視の秒数に制限はないとしたら、対象を小さくすればいいんじゃないかと算段を立てる。


 レースの順位がわかるもの……選手以外だとすると……旗だ!


 レースの順位は、3本の旗で表示される。


 わたしは、未来を見る対象を一位の旗だけに絞って、先見の目を使用した。まもなくして、3番という旗が上がってきた。


「……っ!はぁ!はぁ!」


 集中をといたら、そこには旗がない。選手は……今、まさに、入場してきたところだった。


「……いける……これなら……ぐっ!?」


 わたしは両手を握りしめ、成果を喜びながら橋に向けてダッシュした。


 ゲボがでちゃう!!


「はぁ……はぁ……」


 くぅ〜……

 橋の上でグッタリ座っていたら、お腹が鳴る。


「お腹すいた……」


 もう夕方だ、昨日の肉まんからなにも食べていない。


「……今日はちゃんとしたものを食べよう……」


 お金を稼ぐ算段は立った。だから、食事を取ろう。

 わたしは疲労困憊の身体を持ち上げて、食堂に向かうことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る