第5話 転生した自分は美少女で

「くぅ〜……」


 お腹が鳴る音がする。


「つ、疲れた……」


 何度も〈先見の目〉を使っていると、物凄い疲労感が襲ってきた。


 いや、正確に言えば、使うたびに少しずつ疲れてきて、今はもう先見の目を使う気にならない。MP的なものを消費してるのかもしれない。


 とりあえず、さっきオバさんに貰った金貨で泊まれそうな宿と、あとご飯!ご飯を探しにいくわよ!

 そう意気込んで、わたしは公園のベンチから立ち上がった。



 商店街の方にやってきた。

 八百屋や、肉屋、魚屋さんなど、いろんな食料品のお店が出ていて、亜人の人たちが景気良く呼び込みをしていた。


「んー、調理済みの食べ物はないかしら?」


 キョロキョロしていると、もくもくと煙を上げるせいろを見つけることができた。いい匂いが漂ってくる。


「あの、これって?」


 わたしは、お店の中にいる猫耳の奥さんに話しかけた。


「あいよ!マーレル名物!海鮮肉まんだね!一個でいいかい?」


 なるほど、せいろの中身は肉まんなのか。


「おいくらですか?」


「大銅貨5枚だよ!」


「えっと……今、金貨しかなくって……お釣りってもらえるでしょうか?」


「もちろんだよ!お金持ちだね!お嬢ちゃん!」


「ははは……」


 わたしは適当な愛想笑いをして、金貨を差し出す。この金貨はいくらの価値があるのだろうか。

 猫耳奥さんから戻ってきたお釣りは、銀貨9枚と大銅貨5枚であった。


 ふむ?つまり、金貨は銀貨10枚分の価値で、銀貨1枚は大銅貨10枚分の価値ってことかな?


「はいよ!熱いうちにお食べ!」


「ありがとうございます」


 わたしは、肉まんを受け取ってかぶりついた。


「はふはふ……」


 あつあつですごく美味しい。噛むと肉汁が染み出してきて、魚肉ソーセージみたいな風味が広がる。野菜も入ってるみたいで、シャキシャキ感もあった。


「どうだい!マーレル名物の味は!」


「美味しいです!」


「はは!そりゃよかった!またおいで!サービスしてあげるからね!」


「ありがとうございます、それじゃあ」


 わたしは近くにあったゴミ箱に肉まんの包装紙を捨てて歩き出した。


 肉まんって前世でいくらだったっけ?と考える。

 コンビニだと200円くらいだっけ、高いやつで300円くらい?まぁ、お祭りとかなら500円とかもあるかな。


 仮にさっきの海鮮肉まんが500円だったとしたら、大銅貨は1枚100円で、銀貨は1枚1000円、金貨が1枚1万円ってことになる。

 名前からして中銅貨と小銅貨もありそうね。それぞれ、10円、1円ってとこかな。


 ざっくりだけど、通貨の価値がわかってよかった。肉まんも美味しかったし。


「次は宿ね」


 わたしは、その足で宿を探すことにした。



 町の中を観察しながら歩き回り、町外れの門のあたりまで歩いてきた。


 町の出入り口には、背丈くらいの石の門らしきものはあるが、衛兵とかはいない。門といっても、左右に石柱が立っているだけだ。


 門の外は、舗装されていない土の道なので、ここが町外れだと判断できる。


 わたしの隣を、デッカイ亀が引いた荷車が通り過ぎて、町を出ていく。成金オバさんに泥をはねそうになった、あのデッカイ亀だ。

 この世界では馬のかわりに亀が荷車を引くみたいね。


 で、ここが町外れということは、宿もきっとこの辺に……あ、あった。

 わたしは、宿屋のマークを発見する。

 ベッドの絵が描いてあるし、知らない文字なのに〈宿屋〉と読めるから間違いないだろう。


 言葉と文字がわかるのは、転生者特典なのだろうか。これに関しては、ゲバ爺に感謝だ。無一文で転生させたのは許せないけど。


 とりあえず、宿屋街の方に近づいていく。見える範囲で4軒、宿屋がある。どこが一番安くて、いくらで泊まれるのだろう。

 わたしはまず、1番近い宿の扉をあけた。


「いらっしゃいませ〜」


 眠たげな奥さんが受付で声をかけてくれた。そのまま近づいて、


「こんにちは、宿をどこにするか悩んでるんですが、一泊いくらか教えてもらえますか?」


「うちは、一泊銀貨5枚よー」


 なるほど、所持金の半分か、ちょっとキツイわね。


「そうですか、ありがとうございます 。ちょっと悩んできますね」


「はーい」


 一旦外に出て、周りを見渡す。他にも、あと3軒は宿屋がある。一通り、見て回るとしよう。



 宿泊代を調べて回ったところ、このマーレルという町の宿屋は、平均すると、銀貨4枚くらいで泊まれることがわかった。

 わたしはその中で1番安い銀貨3枚の宿に泊まることを決める。


 鍵を受け取って中に入ると、ビジネスホテルよりも少し広い部屋だった。いや、トイレと風呂がないから、ビジネスホテルと同じくらいかもしれない。シングルベッドと、机と椅子、窓が一つのこじんまりとした部屋だ。


 トイレは共同で、風呂はない、銭湯があるらしいので場所だけ教えてもらった。ちなみに銭湯は大銅貨5枚、肉まんと同じ値段らしい。


「ふぅー……」


 わたしはため息をついてベッドに寝転んだ。固いが、疲れた身体にベッドは魅力的だ。眠気を誘ってくる。


「……とりあえず、今日の寝床は確保できたけど、問題は仕事だよねー……」


 わたしの現在の所持金は、銀貨6枚に大銅貨5枚、お風呂には入りたいから、残り銀貨6枚しかない。

 食事をとったら、後一泊して野宿人生に転落だ。


 ダメだ、こんなところで寝てる場合じゃない、もっと町のことを調べよう。

 そう考え、気合を入れてから部屋を出た。


 まだ日は高い、ギリギリまで情報を調べようと思う。



 わたしは、町の中をぐるぐる回り、バイト先になりそうな場所やすぐになれる職業とかを探し回った。


「今日はここまでね……」


 空が赤く染まり、暗くなってきたところで、区切りをつけて、銭湯に向かうことにした。

 銭湯は宿屋街の近くにあって、おっきな煙突がもくもく煙を立てている古びた建物だった。和風の雰囲気はなく、レンガでできた洋風の建物だ。


 とりあえず、中に入ってみる。


「らっしゃーい……」


 番頭さんらしき若いお兄ちゃんが、わたしよりも高い位置の受付から気怠そうに声をかけてくれた。


「えっと、女性1人です」


「んー?じゃ大銅貨3枚ね」


「え?大銅貨5枚だって聞きましたけど?」


「子どもは3枚だよ。ん……」


 にいさんが片手をだして催促してくる。


 こ、こども?こいつは何を言ってるんだ?と思いながら、懐事情が苦しいわたしは大銅貨を3枚渡す。


「女湯はあっちね」


 ピッと指をさされる。


 赤いのれんがかかっている入り口があった。反対側は青だ、こういうのは前世と同じなんだな。


「あの、タオルとかなくって」


「レンタルなら大銅貨1枚」


 言いながらまた片手を差し出された。


「じゃあ……」


 わたしは大人しく大銅貨を差し出す。


 大銅貨を渡したら、手提げバッグみたいなものを渡された。中身は小さいタオルとバスタオルだ。


「……」


「なんかよう?」


「いえ……」


 にいさんのことをじっと見ていたら、眠たげな顔で聞かれてしまった。


 こいつには、アラサーのわたしが子どもに見えんのか?もしかしてナンパか?

ふむ?わりとイケてるにいちゃんな気もする。とか考えていたところだった。


 わたしは気まずくなり、そそくさと女湯ののれんをくぐる。


「ま、いいや、若く見られるのはいいことよね。とりあえずお風呂入ってさっぱりしよ」


 わたしは服を脱いでカゴに放り込む。改めて見るとダサイ服だ。金貨のプリントにZENIGEBAと書いてある。

 もっとオシャレな服を着たい。いやいや、わたしにはそんなお金はない。我慢よ。


 というか、アラサーでこの服装は痛くないか?

 そう考えながら、フェイスタオルを持って、浴室の扉に向かおうとする。


 そのとき、目の横に映ったのだ。


 鏡に映るわたしの姿が……


「ん?」


 わたしは足を止め、そのままの姿勢で固まる。


 横には鏡、なんだか見知らぬ人が立っていた。


 下を見る。


 あれ?わたしの胸ってこんなに小さかったっけ?


 おそるおそる横を向いた。


「………だれこれ!?」


 だだっと鏡に駆け寄り、自分の姿を確認する。


「だれこれ!だれこれ!かわいい!」


 わたしは、黒髪ロングの超絶美少女に変貌していたのだ。


 目はまんまるで、まつ毛は長く鼻もスッと通っている。困惑顔でも可愛い、なんてことだ。

 髪の毛は前世でも黒かったけど、すごくサラサラで、ツヤツヤだ。そういえば、腰まで伸びてるし、前髪や長いもみあげのところはパッツン切り、純和風の美少女、という感じだった。


 そういえば、こっちにきてから〈お嬢ちゃん〉とか〈子ども〉とか言われたけど、こういうことだったのか。

 だって、わたしの顔は、どこからどう見ても10代のそれだった。


 中身はアラサーなのに……


「ふ……ふふ……あははは!サイコーね!だれよこの美少女!わたし!わたしなのね!ゲバ爺ありがとう!転生サイコー!」


「……最近の人族はナルシストなのねぇ……こわいこわい……」


 後ろからそんな声が聞こえる。

 かっぷくのよい犬耳のおばちゃんが呆れ顔で浴室に入って行った。


「……んん!……落ち着きましょう、わたし」


 とにかく、わたしは美少女の10代に転生した。


 そういえば、キャラ設定のとき、「17歳の可愛い子にして!なんちゃって!?」とか言ったわね。

 我ながら恥ずかしいが、結果オーライだ。


 身体の方を見ると、ちっぱいで幼児体型なのが気になるが、まぁいい、他の容姿で十分カバーできる。むしろ、これくらいのサイズの方が需要があるかもしれない。


 まぁ、男にはあんま興味ないけど。


「ふ、ふふ……んふふ……かわい……」


 わたしは不気味な笑い方をしながら、もう一度自分を見る。


 いかんいかん、またこんな顔をして、不審者扱いされてしまう。


 とりあえずお風呂に入って落ち着くことにしよう。

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