第4話 チートスキル〈先見の目〉

「はっ!?……なんだ夢か……ひどい夢だった……」


 わたしが死んだとか、なんとか、それに適当な神様だったし、なによ、先見の目って、明よ明。

 それに、フラン・ペソ?フランスとフィリピンの通貨の名前でしょ?適当すぎるわよ、わたしが銀行員だったからって……そりゃあ、ドル・エンとかよりマシだけど……


「ざわざわ」


 頭を抱えるわたしの周りがなんだか騒がしい。


 というか、わたしは今どこにいるんだっけ?

 えっと、営業から帰ってきてお店に戻ってきて……えっとえっと……


「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」


「はい?」


 お嬢ちゃん?わたしもうアラサーなんだけど?アラサーにお嬢ちゃんとかなんかの嫌味か!


 キッと声をかけられた方を睨むと、60歳くらいの男性がわたしのことを覗き込んでいた。パッと見は普通の男の人に見える。


 でも……その頭には、鹿の角のようなものが刺さっていて……


「……」


「お嬢ちゃん?こんなとこで寝たら風邪引くよ?」


「寝てた?え?」


「じいじ!遊んでよー!」


 小さな男の子が、駆け寄ってきて、鹿の角を持つ男性の腕を引く。それに、その男の子にも、同じような角が生えていた。


「じいじ!じいじ!」


 男の子の角がじいじのほっぺに突き刺さる。


「いたた、ちょっと待ってね。このお姉ちゃんとお話ししてしてるから」


「えー?おねえちゃんなにしてるの?」


「え?えっと……」


「おねえちゃんも遊ぶー?」


「んー……ちょっと今はいいかな……」


「お嬢ちゃん、大丈夫なのかい?」


「あ、はい。お構いなく、遊びすぎて疲れちゃって、もう家に帰りますー」


 自分の状況はよくわからないが、心配させてしまったようなので、誤魔化しておいた。


「そうかい?それなら、いいんだけどね。こんなとこで寝たらダメだよ?」


「はぁい」


 わたしは、座ったまま、鹿角じいじと男の子に手を振った。


 改めて、周りを見る。


 わたしが寝てたというのは、噴水の受け皿になっているコンクリの上だった。大きな円形の噴水で、その円になっているところに、わたしは寝ていたらしい。


「どこココ?それにさっきの人の頭……」


 もう一度、周りをみると、普通の人間に見える人もいれば、鹿の角や犬の耳、キツネのような耳にモフモフの尻尾を生やした人たちが歩いているのが確認できた。


「もっふもふ……」


 わたしは、つい、その尻尾や耳に目がいってしまった。


 いやいや、今はそんな場合じゃない。現状把握よ。現状把握しないと!


「わたしは今、どこに……人族と亜人の世界、ベスティーア……」


 さっきまでいた、転生の間とかいう不思議空間の扉のことを思い出す。わたしが吸い込まれた扉だ。


「夢じゃなかった?……わたし……転生したの?」


 こうして、わたしは、フラン・ペソとしての第二の人生がはじまったのだ。



「うーん……」


 頭をひねりながら、公園のベンチに座って、考え込む。


 わたしは転生した。ケモ耳たちがいる世界、ベスティーアに。じゃあ、これからどうするのか。


「とりあえず……衣食住を確保しなくては……」


 そう、わたしの身体は、ぱっと見普通の人間だ。耳や尻尾はないし、人間ならば衣食住が整っていないと生きていけない。


 まずは、衣食住の衣、服装はどうだろうか?


 自分の身体を見ると、白いTシャツと茶色の短パン、白いスニーカーに白靴下、という装備だった。初期装備感がすごいが、普通に外を歩く分には問題なさそうであった。


「ん?なにこの模様?」


 わたしは、自分のTシャツの柄が気になって、Tシャツの下の方を持って、前に引っ張った。

 そこには、金貨のようなものが大きくプリントされていて、


「ZENI……GEBA……銭ゲバ!?」


 金貨の下には、ローマ字で銭ゲバなんて文字が入っている。最悪だ。クソださTシャツである。


「こっちの世界の人って、ローマ字読めないよね?……読めたら最悪なんだけど……」


 とりあえず、さっきの鹿角じいじとは会話できたので、転生時に言語翻訳能力は付与されていそうだった。文字がどんなものかはまだわからないけど、今は、このクソださTシャツの文字が普及していないことを祈るばかりだった。


「いやいや、そんなことよりも、現状把握に努めないと。よし!町を散策しましょ!」


 わたしは気合を入れて、ベンチから立ち上がり、公園を出ることにした。



 ベスティーアの世界では、どこに行っても、もふもふなケモ耳たちが歩いていた。町中を歩いているだけで、多種多様な亜人の姿を拝むことができる。


 わたしは石畳で整備された町中を歩きながら、建物や往来している人たちを観察していた。


 建物の雰囲気は洋風で、カラフルな外観から、日本っぽくはなかった。木造のお家を好みの色で塗っている建物が多い。

 お店っぽい建物を見ると、見たことない文字が掲げられていたが、不思議と読める。あそこは雑貨屋、あそこは服屋、なるほどね。


 建物を見ていると、わたしの隣を、小さな猫耳少女が2人、楽しそうに駆け抜けていった。


 あ!あの子はたぶんロシアンブルーの亜人ね!可愛い!お持ち帰りしたい!


 いやいや……これじゃ変質者よ……

 でも……せめてモフモフはさせてもらいたい……


 そんなことを考えていると、大きな港に到着した。


 大きな船が何隻もとまっていて、亜人と人間が協力して荷物をおろしている。


「へー、ここって港町だったのね」


 前世の最後にいた田舎も海辺の町だったので、なんだか親近感が湧いて安心する。異世界とは言っても、何もかもが未知というわけではないようだ。


 こうして、知っている景色だってある。わたしはちょっとだけ不安が和らいだ。


「くぅ〜……」


 安心したらお腹が鳴る。


「……まずは腹ごしらえね。というか、わたし、この世界でどこで寝泊まりすればいいのよ……ゲバ爺め……」


 わたしは、サポートが全然なってない神様のことを恨めしく思う。異世界転生させるなら、もっとチート能力を与えたり、所持金をたくさん渡したりしてほしいものだ。

 歩きながらポケットの中を漁ったが、一円も入っていなかった。つまり無一文だ。

 

 サポート!神様サポートプリーズ!!


「……」


 少し待ってみても、ゲバ爺の声が聞こえてくることはない。諦めて、これからの生活について考えることにした。


「まずは、なにをするにしてもお金よね」


 ご飯を食べるにも、宿に泊まるにもお金は必要だ。どうやってお金を稼ぐかを考えないといけない。


「バイト……をするにしても身分証とかいるのかしら?あとは……今持ってる所持品や服を売って元手を増やすとか?」


 わたしは、グルグルと同じところを回り続ける。考えを整理するために身体が自然と動いていた。


「んー……考えててもなにも変わらないよね。とりあえず、バイトができそうなところを探してみよっかな。

 お決まりのパターンだと、冒険者ギルドとか行って、冒険者になってお仕事もらうのかなー。戦うのとかは……気が進まないんだけど……」


 わたしが、そう思って、港から町の方に戻ろうとしたところ、前から身なりの良さそうなオバさんが歩いてくるのが見えた。

 高そうなコートに、高そうなカバンを持ってる。見るからにお金持ちだ。


 そして、オバさんの後ろから、でっかい亀のような生き物が荷台を引いてやってきていた。


 ……なんだか怖い……見たことない生き物だ……危険はないのだろうか?襲ってきたりとかしないのかな?


 未知の巨大生物をみて、不安に思ったそのとき、その亀車?が通ったときに、おばさんに泥をはねたのを目撃した。


 あちゃー……かわいそうに、高そうな服なのに……


 と思ったが、


「え?」


 次の瞬間、亀車はまだおばさんを追い抜いていなかった。


「え?え?時間が?」


 わたしは疑問に思いながら、おばさんに駆け寄る。


「あの!」


「あら?わたくしかしら?どうしたの?お嬢さん」


 不思議そうにしながらも、足を止めてくれるオバさん。


「ちょっと待ってもらっていいですか?そこに水溜りがあるので」


「あら?それがどうかして?」


 バシャ!


 亀車が通り過ぎ、車輪が泥をはねる。成金おばさんは、無事、泥を回避した。


「よかった。せっかくの素敵なお洋服ですもんね」


 わたしがそう言うと、


「……あらあら!なんていい子なのかしら!ありがとうね!おばさんお小遣いあげちゃうわよ!」


 なぜかいたく感動したようで、高そうなバッグから財布を取り出すオバさん。


「え?そんなつもりじゃ!結構です!」


「もう!若いんだから遠慮なんてしないで!はい!お駄賃!美味しいご飯でも食べなさいな!」


 そう言いながら、成金おばさんは、半ば強引に金貨を1枚握らせてくれた。


「あ、ありがとう、ございます……」


「いいのよ!あなたはそのままいい子でいてね!それじゃあ!」


 成金おばさんはそう言い残して機嫌良さげに離れていった。


「いい子でって……わたし、アラサーなんだけど……それにこの金貨……いったい、いくらなんだろ……」


 なんだか申し訳ないな、と思う。だって、ただなんとなく未来が見えたから助けただけなのに……


 それにしても、さっきの未来視のような現象はなんだったのだろう?


 そういえば、転生するときに、ゲバ爺に頼んだスキルって、先見の明じゃなくて、先見の目、だっけ?

 もしかして、その力なのだろうか……


「だとしたら……すごすぎない!?」


 つい大きな声を出して、周りから注目されてしまう。わたしは、自分の口を手で塞いで慌ててその場を後にした。



「よし、実験してみるわよ……」


 わたしはさっそく、さっきの未来視の実験をすることにした。


 だって、もしこの〈先見の目〉が本物だったとしたら、わたしってば予知能力者ってことなんだもん。

 それだけで、色んな方法でお金儲けができそう、と算段を立てる。


 とりあえず、街頭沿いのベンチに座って、行き交う人たちに集中してみた。


「むむむむ……集中、集中……」


 なんも起こらない……

 なんでだろう?さっき未来が見えた時はどんなだった?


 でっかい亀を怖い、と思ったからだ。

 恐怖がトリガー?

 それとも、なにか悪いことが起きないとダメなの?


 んー……当たって欲しくない予想だ。


 それか、もっとざっくりと危機感、みたいに考えてみようか。


 『もしかしたら、あの人が転ぶかも、危ない危ない』そう思いながら、たぬきっぽい尻尾の女の人を凝視した。


 すると、その人が分身したように見え、同じ人物がその人の前を歩き出した。


「できた……」


 集中を途切らせると、すっとその分身は消える。

 なるほど、単に集中してればいいのかな。


 わたしはあの亀をみたとき、『自分のことを襲ってこないかな、このあとどんな行動を取るんだろう』って考えたと思う。

 だから、あの亀がどこに向かうのかを気にしていた。


 つまり、未来を見たい対象がどこに向かっているのかに集中すれば未来が見えるんだと思う。そう仮説を立てた。


「よし!もっと実験するわよ!」


 ということで、わたしはしばらく先見の目の実験を行った。どんなことが出来る能力なのか、わくわくしかない。

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