第3話 異世界転生

「はっ!?ひどい夢を見た!」


 わたしは寝転んでいたみたいで、上半身だけを起こし、さっきのことを思い出す。


 なんだか、鉄骨の雨が降ってきて、突然真っ暗になった気がするけど、こうして目が覚めたんだ、ただの夢だろう。


「……だよねだよね。さすがにあんなひどい死に方ないよね?だって、こんなに真面目に生きてきたのに……」


「そなたは、不幸なことに、不慮の事故にて命を落とした。そなたの未練を浄化するため、儂がもう一度チャンスをやろう。同じ世界に生き返らせることはできないが、そなたが望む世界に転生させてやることはできる。さぁ、どの世界にするか選ぶがよい」


「……はい?」


 謎のセリフをつらつらと述べる声に頭を上げると、腰くらいまで髭が伸びてるおじいちゃんが立っていた。

 そのおじいちゃんは、眠そうな細い目でわたしのことを見ていて、髭と同じ白髪の髪、ガリガリの身体、それに、新興宗教の教祖みたいな真っ白の服を着ている。


「……なんだこの胡散臭い爺さん!?」


「なんじゃこいつ、無礼じゃな。神に向かって」


「かみ!?神とは!?」


「儂は、金銭を司る神、ゲバルト。そなたの前世の仕事に関連しておるから、わざわざ出向いてやったのだ」


「金銭を司る……ゲバルト……銭ゲバってことぉ!?」


「………儂、忙しいから次に行くのじゃ。そなたは、このなんもない空間で一生彷徨っておれ。ほな、さいなら」


「ちょ!ちょちょ!ちょっと待って!待ってください!神様!ちょっと落ち着くので!はぁはぁ……すぅぅぅ……」


 わたしは、大きく深呼吸して、周りを見渡した。


 よくみると、怪しい光景だったのは、銭ゲバ爺さんだけじゃなかった。


 わたしは、真っ白な空間に座っていたのだ。

 いや、座っている地面は、水のように青い、指でコンコンと触ると、波紋のようなものが広がる。水面に小石を投げ込んだときみたいな、そんな波紋だ。


 わたしはゆっくりと立ち上がった。わたしの両足に丸い波紋が広がって、すぐに消えた。


「ここはいったい……」


「転生の間じゃ」


「転生の間……」


 まわりには、銭ゲバ爺さんとわたし、それに、わたしたちを囲うように複数の扉が立っていた。


 扉ごとに形も色も違う。いやそれよりも気になることがある。扉はあるけど、その奥に建物がないのだ。扉だけが真っ白な空間に自立している。


「ちょ……なにこれ……わたしに何が起こってるの……」


「じゃから、死んだんじゃって」


「……あの扉は?」


「転生する世界へ繋がる扉じゃ。ほれ、どの世界にするか、はよう選べ」


「ちょ……だから、急にそんなこと言われても……わたし……死んだの?」


「そうじゃよ」


 わたしが死んだ?死んだだって?

 信じられない。


 でも、この不思議な空間が、現実だとは思えない。

 夢?……ううん。思考はハッキリしてきたし、ほっぺをつねっても目覚めるどころか痛かった。

 それらが、ここを現実だと教えてくれる。


「死んだ……」


 死んだときのことを思い出そうとする。店舗に戻ってきて、扉を開けようとしたら、鉄骨が降ってきた。


「あの塗装業者!訴えてやる!」


「めんどくさいやつじゃのう。もう、死んだそなたには関係ないことじゃろう?それに、そんなに楽しそうに生きていなかったじゃろう。生まれ変わるにはいいタイミングだったと考えてはどうじゃ?」


「あんたに何がわかるのよ!」


「神じゃからな、わかるのじゃ。異世界に転生したら今より楽しく暮らせるぞい。そなたの好きなケモ耳モフモフな種族もいるしのう」


「……なんだって?」


「とりあえず、転生先決めてくれんか?儂、次に行きたいのじゃ」


「……モフモフ」


 わたしは、神とかいう爺さんの言葉に心が踊り始めていた。

 まさか、そんな、アニメみたいなことが……

 アニメみたいなモフモフな子たちがいる世界にいけるの?


「じゃ、じゃあ、どの扉がどんな世界に繋がってるか教えてもらえますか?」


 わたしは、ちょっとだけ前向きになって、神様に質問してみる。


「……扉の横に説明が書いてあるじゃろう?」


 そうなんだ?と思いながら、扉の一つに近づく。


 真っ白な洋風の扉で、上側がアーチ状になっていて、金のドアノブがついている。そして、その扉の横に看板が立っていた。


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【人族と亜人の世界:ベスティーア】

 人族と、二足歩行の亜人たちが暮らす世界です。

 ほとんどの亜人たちは、人族と友好的な関係で、同じ都市で暮らしていることも少なくありません。亜人たちの外見は、ぱっと見は人間と変わりませんが、種族ごとの特徴である耳や尻尾だけが人間と異なります。


 文明レベル:中世ヨーロッパくらい。

 世界観:魔法は存在しますが一般には普及していません。

 治安:よさげ。

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「ふむふむ?神様?」


「なんじゃ?」


「ちょっとざっくり過ぎませんか?もっと詳しく知りたいんですが?」


「こんなもんじゃろう。文句があるなら儂が決めてやろうかのう」


「いえいえ!すみません!自分で決めます!もうちょっとだけ待って!」


 わたしは隣の扉に移動した。


 今度は、無骨な鉄の扉だ。すごく重そうで、デッカイ南京錠までかかっている。扉の説明は、こうだ。


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【戦争の世界:グエーラム】

 人間よりも3倍以上の身体を持つ巨人たちが種族ごとに争い続けている世界です。

 物騒です。争いを暴力で解決する価値観で、警察なんてものはありません。


 文明レベル:西部開拓時代(カウボーイ的なあれ)

 世界観:魔法なし、剣と暴力。

 治安:すごく悪いよ。

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「ここはないわね……」


「そうじゃろうなぁ、そなたには合っておらぬな。もうベスティーアでよいじゃろう」


「一応、他のも見せてください」


「めんどうじゃ……儂、即断即決がもっとうなのじゃがなぁ……」


 嫌そうにしている神様を無視して、わたしは、10枚以上ある扉を一通りチェックした。


 そして結局、最初の扉の前に戻ってくることになった。扉の前で腕を組んで考える。


 ケモ耳たちの楽園、ベスティーア、治安も良さげらしいし、もふもふたちに会えるかもしれない。すごく気になる世界だ。


 でも、他にも気になっている世界はあった。本当にこの世界に決めていいのだろうか?


「うーん……」


「もうそこでいいじゃろ」


「待ってくださいってば、考えてるので」


 ゲバ爺がさっきからせっついてくる。

 神様なんだからもっと優しくしてほしい。


「もう20分じゃぞ……このあと、キャラ設定もあるのに……めんどうじゃ……」


「キャラ設定ってなんですか?」


「名前とか外見とか、スキルとか、好きに決めさせてやることじゃ」


「なにそれ楽しそう!それは吟味しないとですね!」


「……吟味?……吟味じゃと?……そなた、キャラ設定に何分使うつもりじゃ?」


「そりゃあ!スキルの種類次第ですけど!1日くらいじっくり確認したいです!あ!スキル全部くれるっていうなら悩みませんけど!」


「……1日?……1日じゃと……」


 ゲバ爺がよろりとフラつく。


「大丈夫?おじいちゃん?」


 わたしは肩を貸そうかと、ゲバ爺に近づいた。下を向いて、ふるふると震えている。


「そんなに付き合ってられるか!とっとと転生しろ!強欲女め!」


 ゲバ爺がキレた途端、正面の扉が勢いよく開き、すごい風が中から溢れ出る。


 そして、その扉は、わたしを思いっきり吸い込みだした。


「わわ!?」


 踏ん張るが耐えれない。


 ジリジリと扉に吸い込まれそうになり、わたしは、必死で扉のヘリにしがみついた。


「ちょっと!わたしまだココにするって決めてない!」


「うるさいやつじゃ!自由に行き来できるようにしてやるから、嫌だったら戻ってこい!儂はもう付き合ってられん!」


「それどういう意味!?」


「通行税を払えば、世界を行き来できるようにしてやる!」


「……お金とるの!?」


「当たり前じゃ!」


 ビシ!


「いたいっ!あっ……」


 ゲバ爺にチョップされる。

 その衝撃で、わたしは手を離してしまった。


「ちょ!?あーー!!!」


 風にもみくちゃにされ、扉の中に吸い込まれた。


 ゲバ爺がどんどん小さくなっていく。


 扉の中は星空のような、宇宙のような空間だった。すごい速度で周りの景色が変わっていく。宇宙空間をワープしているようだ。ゲバ爺はもう見えない。


「ねぇ!キャラ設定は!どうするの!」


 必死で大声を出す。すると、


「今決めろ!1分じゃ!」


 キレたままのゲバ爺の声が聞こえてきた。姿は見えない。声だけが聞こえる。


「1分!?そんなの無理!」


「まずは年齢と性別!」


「へ!?」


「性別を言わぬか!男にしてやろうか!」


「お、女のままで!」


「年齢!」


「じゅ……」


 異世界転生したら若返ってみたい、なんて思ってたけど逡巡する。さすがに痛々しいかしら……


「10歳か!」


「ちがくて!じゅ!17!」


「次!外見じゃ!どんなのがいい!」


「ええ!?わかんないよ!すごく可愛くしてほしい!なんちゃって!?」


「じゃあ!日本人らしい可愛い子にしてやるのじゃ!」


「せっかくの異世界なのになぜ!?金髪とかもっとこう!」


「次!スキル!」


「す、スキル?どんなのあるの!?」


「たくさんある!そなたの脳みそで思いつくものならなんでもな!」


「そんなのわかんないよ!ゲバ爺!」


「誰がゲバ爺じゃ!ほら!早く決めろ!あと10秒!」


「ひどい!あんまりな異世界転生だ!」


「あと5秒!4、3、2…」


 わたしは考えた、カウントダウンが進む中、そしてそのときに思いついたのは、死ぬ前にあったあの社長との会話だった。


『がはは!また5000万儲けてしまった!』

『〇〇様には、先見の明があられるのですね……』


「せ!先見の明!」


「〈先見の目〉じゃな!了解じゃ!それでは新しい人生を楽しむが良い!」


「明だよ!?目って言わなかった!?なんか違う!」


「いってらっしゃー……」


 ゲバ爺の声がフェードアウトしそうになる。


「待って待って!名前!それと異世界に飛ばすなら死なないように自衛できる能力もください!」


 わたしは必死に抵抗した。わたしのキャラ設定はこれからよ!


「なんじゃ、こいつ、強欲じゃのう……仕方ない、金銭の神の儂の力を少しわけてやろうかのう……」


「どんな力なんですか!」


「使えばわかる。あと名前はどうするかのう?」


「えっとえっと……


「遅い!即決即断せんか!儂が決めてやる!そうじゃな!そなたは!フラン・ペソじゃ!」


「フラン……ペソ……それ!どっかの国の通貨じゃねーか!」


「強欲なそなたにはお似合いじゃな。それでは、新しい人生を楽しむがよい。いってらっしゃーいなのじゃー……じゃー……じゃー……」


 そして、ゲバ爺の声がフェードアウトするとともに、宇宙空間には目も開けてられないほどの眩しい光が満ちていった。


 ツッコミを入れる気力も溶けていき、わたしの意識は、無くなった。

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