魅了眼令嬢 ~眼鏡の奥の瞳を見ると、好きにならずにいられない

アソビのココロ

第1話

 ウーナ・ハイアット子爵令嬢を知らない者は、王立ノーブルスクールの同学年にはいないと思う。

 成績優秀なこともあるが、大きな黒縁の眼鏡が目立つから。


 飾りっけのない地味な格好をしているが、小柄でとても可愛らしいと僕は思う。

 引っ込み思案なのか男が苦手なのか、挨拶程度ですら令息と話しているのを見たことがない。

 優秀で貞淑な女性、いいじゃないか。

 ああいう令嬢が婚約者だったら楽しいだろうなあ。

 父上にお願いしてみよう。


          ◇


 ――――――――――ハイアット子爵家邸にて。ウーナ視点。


「王家から縁談だ。ウーナを第二王子オニール殿下の婚約者にどうかと」

「ええっ?」


 緊急の家族会議です。

 お父様から衝撃の発表がありました。

 お母様もお兄様も憂慮の色が濃いです。


 オニール殿下といえば王位継承権二位のお方。

 見目麗しい文武両道の貴公子として有名です。

 何故に身分の低い子爵家のわたし?


「ウーナ、心当たりはないか?」

「ありません」

「ノーブルスクールでオニール殿下と接触したことは?」

「ない……と思います」


 王家から縁談が来るなんてと、手放しで喜ばれる展開になりません。

 お父様お母様お兄様に疑惑の目で見られていますが、これには事情があるのです。

 わたしの目は魅了眼と呼ばれるものでありまして。

 要するにわたしと視線が合った殿方は、私を好きになってしまうというものです。

 ですからわたしは常に魅了眼の効果を遮断する眼鏡をかけています。


 記憶にはありませんが、オニール殿下を魅了してしまったことがあるのでしょうか?

 でないとわたしのところに婚約の申し出が来るなんておかしいです。


「王家の正式な要請なんだろう? 変じゃないか。オニール殿下がウーナの魅了眼に当てられたのだとしても、身分が違い過ぎるよ」


 お兄様の言う通りです。

 仮にオニール殿下をどこかで魅了してしまったのだとしても、相手が子爵家の娘なんて、皆に反対されるはずです。


「いや、スターク第一王子殿下が大恋愛の末、伯爵令嬢を妃としただろう? スターク殿下が王太子となるのは規定路線だ。だから第二王子であるオニール殿下の婚約者は、伯爵以下の令嬢から選ばれるのではないか、という噂があることはあった」


 オニール殿下の妃が高位貴族の令嬢だと、スターク殿下とどちらが次代の王かで揉めるかもしれないということですか。

 では王家を取り巻く事情とわたしの魅了眼の合わせ技で、婚約の申し出となった可能性が高い?

 頭を抱えざるを得ません。


「まあまあ。ウーナは可愛いし、頑張り屋ですよ。案外オニール殿下がウーナのいいところを見初めたのかもしれません」

「我がハイアット子爵家は面倒な派閥に属しておらぬからな。臣籍降下するであろうオニール殿下に打ってつけと考えられたのかもしれん」

「何だかんだでウーナは賢いしな。オニール殿下が眼鏡っ娘好きなのかもしれないし」


 希望的観測『かもしれない』の連打!


「いいじゃないか。どうせ王家の要請なんて断われないんだから」

「問題は……魅了眼の仕様だが」


 魅了眼は自分が好きになってしまった相手には効かないのです。

 逆に言うと魅了眼の持ち主は、相手を好きにならない限りいくらでも殿方を侍らせることができます。

 『悪女の魔性の目』という異名の由来です。


 貴族の婚姻はほぼ家格の釣り合いでなされます。

 わたしが相手を好きになれなくても、魅了眼で相手から愛されれば幸せになれるかなあと、漠然と考えておりました。

 私のような小心者に、大勢の殿方を侍らせるなんてとてもとても。

 一人に愛されるなら十分ですから。 


 わたしはオニール殿下とどうにかなるなんて考えたことはありませんでした。

 何とも思ってないからオニール殿下がわたしの魅了眼の虜になった説は、十分考えられますね。

 でも一旦意識したら、オニール殿下ほどの貴公子を好きにならないなんてムリではありませんか。

 本当にどうしましょう?


「ウーナがオニール殿下を魅了している状態にあると仮定しようか。これもしウーナがオニール殿下を好きになっちゃうとどうなるの?」

「多分……魅了は解けるものかと」

「だよね」

「オニール殿下が夢から覚めたようにウーナに興味を持たなくなり、婚約破棄されることもあり得るわけか」

「まあまあ、オニール殿下は評判のいい方ですよ。不実なことはしないでしょう」


 どうでしょう?

 わたしみたいなちんちくりんは、オニール殿下の横に相応しくない気もしますが。


「どの道当家からは何もできぬのだ。ウーナの好きにやってみろ」

「は、はい」


 わたしの好きに、ですか。

 どうなるのでしょう?

 不安です。


          ◇


 ――――――――――王宮にて。オニール視点。


 今日はウーナと婚約して初めてのお茶会だ。

 王宮だと緊張するのかなあ?

 でもチラチラとこっちを見てくるウーナが、リスみたいで可愛いからいいや。


「あのう、オニール様」

「何だい?」

「わたしと婚約してくださったのは、そもそもどういう背景があったのでしょうか? 家の者も少々浮き足立ってるものですから、お教えいただけると嬉しいのですが」


 あれ、随分と真正面から来たぞ?

 普通の令嬢だったら思惑がわからなくても、僕と親しくすることを優先するだろうにな。


 確かに家格差がある。

 スターク兄上の妃を伯爵家からもらったので、派閥で割れないよう、僕の妃もより家格の低い令嬢からという理由は当然気付いているだろう。


 しかし伯爵家以下の令嬢なんか大勢いる。

 ウーナを選んだのは何故か、傍から理解しづらいだろうな。

 求められていることは何か、早めに知っておきたいということか。

 さすがウーナ・ハイアットは優秀だ。

 しからば。


「キングストン伯爵家は知ってるね?」

「はい、うちハイアット家からすると本家に当たります」

「では、キングストン伯爵家に直系の跡継ぎがいないことも?」

「存じております」

「実は僕はキングストン家を継ぐことになるんだ」

「えっ?」


 スターク兄上が次代の王だから、僕が跡継ぎのいないキングストン家を継ぎ、若干の加増を得て公爵となるうんぬん。


「……というわけ。キングストン家は昇爵だから喜んでるんだけどさ。本家を継げると思ってた分家連中を納得させるために、僕はキングストンの分家から妻を得る必要があったんだ」

「なるほど、よく理解できました」

「もちろんウーナの優秀さがあってのことだけどね。ただ先々の予定は変わることもあるから、子爵以外には話さないでくれるかな」

「心得ております」


 あってはならないことだが、もしスターク兄上が亡くなったらということも考えておかなければならない。

 その場合、僕が次代の王だ。

 もちろん第二王子妃なのだから、お妃教育に堪え得る能力は絶対に必要。

 賢いウーナならば申し分ない。


 にこっと笑顔を見せるウーナ。

 ちょっと緊張が取れてきたようだ。


「安心しました」

「安心? 何がだい?」

「オニール様がわたしを好きとか言い出したらどうしようかと」

「えっ?」


 好きと言い出さないから安心?

 どゆこと?

 逆じゃない?

 いや、僕はウーナが大好きだから婚約を打診してもらったのだけれども。


 真剣な顔になるウーナ。

 その顔もぐっと来るね。


「わたしもオニール様に言っておかなければならないことがあるのです」

「何だろう?」

「実はわたしの目は魅了眼でして」

「えっ?」


 魅了眼って、悪女の魔性の目ってやつ?

 男を意のままに操れるという?

 伝説上のものじゃなくて、実在するんだ?

 ウーナの侍女も頷いてるな。

 じゃあ冗談ではないんだ。

 清楚なウーナのイメージに著しく合わないけれども。

 

「ですからわたしはこの、魅了眼の効果を遮断する眼鏡を手放せないのです」

「……そういえば、ウーナは令息の側にいたり話したりしないよね。それも?」

「はい、なるべく近寄らないようにしていました」


 今日話していて、ウーナが特に男性が苦手なようには思えなかった。

 確かに眼鏡を外したところも見たことがない。

 魅了眼だからか。


「どこかでオニール様を魅了してしまっていたなら、申し訳ないですけれども婚約はないものにしていただいた方がいいのか、と考えておりました。わたしが婚約者であることの意味がちゃんとあることに安心いたしました」

「それで僕がウーナを好きじゃないから安心と」

「はい!」

「誤解があるな」

「誤解、と仰いますと?」

「僕はウーナのことが好きなんだ」

「えっ?」

「ずっと昔から見ていたよ。素朴で可憐なところも。真面目で勉強がよくできるところも。楚々として控えめなところも」

「……」

「全部好きだよ」


 ウーナが固まってしまった。

 しまったな、困らせるつもりじゃなかったんだが。

 そうだ!


「せっかくだから、眼鏡を外して僕を魅了してくれるかな? 婚約者なんだから、問題はないよね?」

「もうムリです」

「もうムリ、とはどうして?」

「魅了眼は、使い手が好意を持っている異性には通じないという制限があるんです」


 あ、何となく聞いたことがあるな。

 だから悪女の魔性の目なんだった。

 ん? ちょっと待てよ?


「……じゃあウーナも僕のことが好き、って理解でいいのかな?」

「……はい」

「いつから?」

「今日からです。だってオニール様のように凛々しくて優しい殿方が、わたしのことを昔から見ていた、全部好きって仰るんですよ? 好きにならずにいられないではないですか」


 うわあああああ!

 ウーナの赤い顔、潤んだ目で上目遣い、破壊力高い!


「でもせっかくでしたら、わたしの素顔をどうぞ。オニール様だけのものです」

「護衛騎士は下がれ。侍女のみ残れ」


 ウーナが眼鏡を外した。

 うはあ、何だこの可愛い生き物は?


「眼鏡をかけてても可愛いと思ってたけど、素顔はまた格別だね」

「……やっぱり魅了にかかってはいませんね」

「そう? 僕は完全にウーナに魅了されてると思うけど」

「うふふ、魅了眼の虜になると、自分の意思で冷静に喋る余裕はなくなっちゃうんですよ」


 そうなの?

 魅了眼ってすごいんだな。


「一度でいいから、魅了眼の虜になってみたかったものだ」

「もうムリですってば」

「でもウーナの素顔を見られるのは僕だけかと思うと、何となく得した気分だね」

「オニール様ったら」


 恥ずかしそうにするウーナもいいなあ。


「お妃教育にはなるべく女性教師を派遣してもらうようにしよう」

「御配慮ありがとうございます」

「いいや、僕も必ず参加することにするよ」

「えっ? オニール様だってお忙しいのでは?」

「ウーナと話す機会を逃したくないからね」

「もう、オニール様ったら」


 今日一日でかなりウーナと打ち解け、わかり合うことができた。

 ウーナも同じだろう。

 ともに歩める幸せと。

 ともに進める喜びを。

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