第7話

1985年、1月。藤原一凛より宗形薫へ


 お手紙拝読。

 冬のロンドンを、三人で楽しんでおられるようで何より。

 リューチンからも手紙をもらったけど。あなたが同行すると知っていれば、付き合わなかったと、あっちはそうぼやいてた。せっかく結婚したんだ。たまには二人の時間を持ったらどうですかと、俺もそう思う。

 あなた方ご夫婦は、女の趣味でも気が合うようですね。白いコートを着た魅力的なご婦人を巡って、二人で張り合っておられるとか。


 しかしさ。

 センパイが街中で見て、ウキウキしてる人って、いつも女だから。あなたの恋の相手は女で、リューチンただ一人が例外。リューチンが求婚しないかぎり、あなたは結婚なんて制度とは、一生無縁で終わりそう。俺はそう思ってた。

 結婚しても、目下あなたの生活は全然変わらないし。

 クゼッチが、あなたの特別な男になったようにも見えない。

 彼の求婚を受け入れたのは、何のためなんだろう。

 夫を一人持ってもいいかもしれないと思って。ハスミンにはそう言ったみたいだけど。一人持って、どうなさるおつもりですか。

 親戚がうるさい?親御さんはこの結婚で、ご安心なさったようだけど。そんなこと、気にするあなたじゃないでしょう?

 気まぐれ?弾み?

 クゼッチは先輩に、特別な思い入れを持っているように見える。それに宗形龍の親類縁者になったことを、心底喜んでるみたい。離婚するのは、なかなか大変だと思いますよ。入籍して半年過ぎた今、あなたはこの結婚を、どう思っているんだろう。


 先だっての手紙で頂いた、ご質問にお答えします。

 トモ兄とは。 以前通りで行きたい。そう思っています。血縁はないけど兄貴というか。幼馴染の年上の友人というか。これからもずっと、そんな具合で行きたい。

 依頼があれば、仕事を受ける。今は、そんなクライアントの一人でもあるし。交際を断つ気はないから。そこはご心配なさらず。

 三十半ばで、昔馴染みを切るのは寂しい。それに私の一番親しい人たちは、みんな繋がってるから。一人切るのは、難しい気もする。 

 仰る通り、離婚してから、ちょいちょい、食事や飲みに誘われます。今のところ、毎度断っているのは、その先の付き合いを望んでいる様子が、あっちに、ありありだからです。まったくその気にならないのに、気をもたせるような真似は趣味じゃない。

 何だろうな。俺は振ったのに、あの人らしくなく、なかなか退いてくれません。

 早く良い相手を捕まえるか、良い相手に捕まるかしてほしいですね。

 昔みたいに、リューチンと三人で、気兼ねなく、兄弟分みたいな感じで、愉快に過ごせるようになりたいというのが、俺の現在の希望です。


 うん。俺はもう、どちらとも、女として付き合うつもりはありません。でも男も女も、目下紹介は無用です。

 女に関して言えば。可愛い女の子に慕われるのは、悪くない気分ですし、多くの男に共通する、いくつかのことにはうんざりする。俺が良い人だと思う相手は、女のほうが多い気もしますが。俺は女と恋をするようには、できていないようです。

 男に関して言えば、目下どんなに良い男とも、付き合う気になれません。

 もしかしたら、そもそも俺は恋というものに、向いていないのかもしれない。

 リューチンとの結婚生活には、わくわくするようなことがたくさんあった。男との付き合いも、なかなか素敵なもんだと思いましたが。そんな気もします。 

 一人が淋しいときは、リューチンか先輩かハスミンに、付き合ってもらえばいいし。もう恋人は不要かなという気もしています。

 三人とも滅多にいない、面白い人間だ。一緒にいれば文句なく楽しい。

 ハスミンは今シノリンに夢中だし。センパイの好みは知っています。俺のことも時々口説くけど。俺はあなたの、好みじゃないでしょう?でも二人からは、俺へのたしかな愛情を感じます。だから一緒にいると、安心できる。

 そしてリューチン。

 彼は今俺にとって、一番安心できる人間かもしれない。

 俺は今、結婚する前よりさらに、彼が大好きだし。彼からは未練を感じないのに、親愛を感じる。一緒にいると、ほんとうの父か兄といるように安心できます。

 友だちが三人いれば。

 いや。もう少し時間が経てば。トモ兄もそんな相手になってくれるはず。

 四人ほんとの友達がいれば、恋人なんて不要だと思いませんか。

 

 昨日、怜於と、ゴーストバスターズを見ました。

 どうかなと思ったけど。電話で誘ったら、有楽町まで出てきました。

 映画を見て、食事をして、半日程度、一緒に過ごしました。少しぎこちなかったけど。楽しかった。箱根に行く約束もとりつけた。あの子との関係を修復する、その糸口はできたみたいです。


 あの子は、男より女に優しいよね。俺の生活を、心配してくれていたみたい。

 怜於は男として生きていくほうがと。リューチンがそう言うのも、わかる気はする。話していると、こいつまだガキだけど、結構良い男だよなと、俺も思う。

 でも彼が渋々許して、開始したホルモン療法のせいかな。外見は随分冴えてきましたね。俺は久し振りに、間近で向かい合ったわけだけど。こいつはかなり良い女になるかもしれないと、感心しました。

 リューチンが帰ってこないことに、じりじりしていたし。しょぼんとしていたな。

 その様子を見ていて、なぜか、はじめて会った頃の、まだ小さなあの子を思い出しました。

 小さな体で、瘦せていて、目ばかりがぎょろぎょろしていて。俺が手を握ると、おずおずと握り返してきた。

 リューチンかトモ兄を、いつも追いかけまわしていた。

 俺も十代の頃は、トモ兄の言動に、一喜一憂していたけど。あの子はほんとに、ずっとあの二人が好きすぎる。

 クゼッチの誘いに乗って、ロンドンに行ったリューチンは、さて。あの子から逃げたかったのか。あの子にぐらつく自分から逃げたかったのか。

 あいつはどうしてあんなに、あの子の誘惑に抵抗するんだろう。

 俺とは別れたのに。まだあの子を養子にしたいとか言ってるし。

 どう思います?

  

 トモ兄はリューチンがそちらに向かってから、度々船に顔を出しているようです。

 律さんも善さんもいるし。ハスミンとシノリンもいる。ハスミン以外の、先生方もついておられる。でも怜於の様子が気にかかるのでしょうか。

 怜於は顔を顰めて、いかにも嫌そうに、このことを教えてくれたので、少しばかりトモ兄を不憫に思いました。

 以前の強い思慕の裏返しで、現在の怜於のトモ兄への拒否は、なかなか烈しいようですね。

 

 先週、ご依頼のことのために、先輩宅に伺いました。女と恋をするようにはできていない俺ですが。女子校育ちのせいか。センパイのオタクは女の園で、たいそう気楽です。久し振りにその空気に触れて、気持ちが和みました。

 女の子たちはみんな元気でしたが。センパイがいないと、家の中が淋しい気がするな。

 白いコートのご婦人には、リューチンもときめいたみたいです。俺の知らないところで、彼にガールフレンドを作られるのは、俺としては、癪に障ります。

 怜於も待っているし。トモ兄もハスミンも淋しそうです。 

 早く彼を連れて、日本にお戻りください。

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