12.視線

 現在、雅の手持は台車が二台、バッグにして二十袋。清華のものは台車が三台、バッグにして三十袋。清華が優勢だ。


 しかし彼女には疑念が浮かび始めていた。


(もしや、雅もイカサマをしているのでは)


 どんなことをしているかは分からない。だが、雅には勝利を手繰り寄せる何かがあるように思われた。


 カードが配られ、雅は三枚を交換した。その様子を指先の傾き一つさえ見逃すまいと観察した。仕草にいぶかしいところはない。何をしている。何もしていないのか? さっきの勝利はただの偶然か?


 怪しみながらも手札にAのスリーカードを作り、一袋だけレイズした。


「リレイズ。二袋に」


 雅は乗せた。


 観衆の目にも清華が迷っているのは明らかだった。ただしこれは演技ではない。本心からの迷いだ。


(もしも雅がイカサマをしているのなら、スリーカードよりも強い手は作れるだろう。そして現在の十二袋の勝負なら、これで雅に後はない。イカサマをするのであれば今回は必ずしなければならない。しかしそんな様子は見られなかった)


 では本当に何もしていないのか?


(それならば私の手札は勝負に行ける手だ)


 清華は呟いた、


「リレイズ。合計四袋」


 雅は躊躇ためらい、それから言った。


「リレイズ。八袋へ」


 これで清華は確信した。こいつはイカサマをしている!


(たとえ次の勝負が出来なくとも、十四袋の時点で降りれば手元に六袋は残ることになった。もっともその後にレートを下げてそれも奪うつもりだったが。それは兎も角、告白するのに六袋もあれば充分だろうに。それを十八袋まで上げてしまえば、負けた時に残るのはたったの二袋。これでは告白に臨むのに心許ない。ならば雅はこの勝負に勝てることを確信している)


 しかし、ここで負けてしまえば自分の手持も十二袋か。内心で舌打ちをする。だが、相手のやっていることが分からない状況では致し方がない。


「フォールド。降りるわ」


 自分の台車が移動するのを横目に見つつ、カードを放った。Aのスリーカード。


 雅もまた自分の手札を卓に広げた。そこに出来ていた役は、3のワンペア。


 清華は目を疑った。


「馬鹿じゃないの。その手であれだけ載せたというの?」


 啞然とした。


「私がノーペアでなければ勝てないでしょう! 私はレイズをしたのよ! それなら何かの役が出来ていると考えて当然。なのに何で勝負をしたの」


 じっと睨んで、


「どうやって勝った」


「見ての通り、ブラフで」


 涼し気に言い放った。清華はキリキリと歯噛みをした。ところへ雅が、


「清華さん、私はね、あなたの心が分かるのよ」


 戯言たわごとを聞き流そうとした。が、彼女の霞掛かった瞳を見ている内に、はっとした。後ろを振り向いた。


 自分のほぼ真後ろには生徒会長の一条妙義が立っていた。彼は一心に雅を見詰めていた。その眼には熱意が籠っていた。


(まさか、彼が)


 試合が始まる前、彼と雅が視線を交わしていたのを思い出した。


(嘘でしょう。よりにもよって、一条くんが)


 頭の中がぐるぐると回った。


(二人はグルになって通しをしていた。彼が私の手を覗いて、雅に合図を送っていた。だからさっきのフォーカードでも私に勝てた!)


 顔が熱くなった。涙までも込み上げそうになった。


(この二人は出来ていたんだ。知らなかった。……知らなかった! それじゃあ、私は、今日は一体、何のために)


 清華はキッとなって雅を見据えた。


(馬鹿にしやがって! 許せない。こいつも、一条くんも!)


 雅は少し困ったような顔をして、


「清華さん。落ち着いて。勝負の最中だというのに感情がだだ洩れよ。悔しいのは分かるけれど、そんなに熱くなっては勝てるものも勝てないわよ」


(何を、何を! 私はもう負けているんだ! 勝者の余裕か? この二人は、もう既に)


 想像したくないも二人の睦まじくしている光景が、次から次へと、脳裏に浮かび上がって来た。


 長く息を吐き、


「いいわよ。別に。さ、次の勝負に行きましょう」


 そう言って、審判にカードを切るよう目で促した。カードのこすれる音を聞きながら、


(いい。もう。別にいい。だけどせめて、この勝負では私が勝つ!)


 二人への憎しみが彼女を満たしていた。

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