13.行方

 清華は配られたカードを素早く取ると、一瞥だけして直ぐに卓へと伏せた。自分自身ですら見えたのは一瞬。これならば背後の一条は手札を覗けなかっただろう。その一瞬にカードのすり替えも済ませていた。


 雅はとろとろと迷ってから、カードを三枚交換した。審判は清華にチェンジするかどうかを聞いた。


「いい。私はしない。このままでいい」


 配られた後にもう一度開き、背後から覗かれる危険をおかしたくなかったのもある。しかしそれ以上に、彼女は役を完成させていた。


(これで私は勝負する)


 雅は自分の手札を確認すると、小さく頷き、相手と同じように卓へと伏せた。それを見て清華は訊ねた。


「雅さん。どうするの? 降りる?」


「いいえ。私は当然、勝負する」


「そ」


 清華は自分の台車を眺めた。台車が一台と二袋。これが自分の全てだった。


「レイズするわ。オールイン」


 十二袋の全てを賭けた。これが彼女の全力だった。この勝負ではたったのこれだけしか賭けれない。だが次以降も全てを賭けて勝負する気になっていた。必ず、雅は、打ちのめしてやらなければならない。


 その覚悟のほどが伝わったのだろうか、雅は口元をほころばせて、


「一袋だとか、二袋だとかじゃなくて、オールインなのね。やっぱり清華さんは、そうでなくっちゃ」


「知ったようなことを言うのね」


「知っているわよ。だって私はあなたと勝負をするために交換会に参加したんだもの」


「どういうこと」


「今日はね、ずっと、あなたと戦える機会を伺っていたのよ。あなたと対決するにしては手持が少なすぎたり、タイミングが合わなかったりして中々出来なかったけれど、だけどこうして勝負が出来て本当に良かった」


「……。理由を聞いてもいい?」


「すぐに分かるわ」


 清華は、自分の後ろにいる一条が雅へ視線を送っていることを、背にしていても分かっていた。惚れた男が、恋人といちゃつくために自分を出しにしている。悲しかった。


(いったい私が何をしたと言うんだろう。そしてこの女は何で私に目を付けたんだろう。ああ、そうか。どうせ揶揄からかうのなら、自分の男に惚れている女を揶揄った方が面白いのか)


 どうせ。まあ、いい。


「それで、雅さんはコール? フォールド?」


「私も清華さんと同じ」


「そ。せっかく私と対決するのを楽しみにしていたのに、レイズだって一度限りの、たった十二袋の勝負になってしまって申し訳ないわね」


「いいえ、違うわ」


 雅は高らかに宣言した。


「私もオールイン!」


「は?」


 観衆もどよめいた。雅の手持は三十八袋。この勝負は十二袋さえ出せばいい。それ以上は必要ない。それだと言うのに、彼女はあえて三十八袋の全てを賭けるという。


「あのね、雅さん。もうそんな駆け引きは必要ないのよ。私は全てを賭けたのだから。あなたの宣言を聞いて、私が負けを確信したとしても、負けようが降りようが失うものは同じなのだから、降りはしないの」


「そうよ。だから私は賭けたの。清華さん。これは駆け引きじゃない。勝負よ」


 雅は続けた。


「あなたは自分の全てを賭けた。持てる全ての、全力を出した。だから私も全力を出さなければ。そうでなければ、あなたに勝てない。あなたに勝つために私は自分の全てを出すの。これは私の勝負なの」


「そんな精神論……」


「そうよ、これは精神の問題。どちらの気持が強いのか、それを問う勝負」


「……、あなた、負けるわよ。いえ、まあ、いいわ。言ってしまうけれど、私はこの手札に自信がある。私が勝つわ」


「そうかも知れない。その可能性ももちろんある。だけど清華さん、思い出して。私達が何のためにこの勝負をしているのか。それはつまり愛のため。チョコレートを通して愛を勝ち取るためにしているのよ」


「あなたが、愛、ねえ」


 鼻で笑った。


「何かおかしい?」


「他人を笑い者にしようとしている人間が、愛。可笑おかしくて堪らないわ」


 雅は眉をひそめた。


「何を言っているの?」


「あなたは私を嘲っているのでしょう。馬鹿にしている。侮辱している。そんな、他人を踏みにじって喜んでいる人間が、愛だなんて口にするな!」


「私はそんな」


 青褪めた。


「私はあなたを馬鹿になんかしていない!」


「いいえ、馬鹿にしているわ。だってこの勝負は十二袋さえ出せばそれでいいのに。あえてわざわざ要らない分まで賭けようと言うのだから。馬鹿にしている!」


「そうじゃない! 私はこの手札に全てを賭けているのよ! これで負けたのならそれでお終い! もうこれ以上はない! もうこれが全てなの! いい? それじゃあ言うわね、私もこの手札に自信がある。私が勝つわ」


「そう。あなたは負けるけどね」


「いいえ、勝つわ。それにね、清華さん、さっきの話を続けると、私は愛を勝ち取るために勝負をしている。つまりは、この勝負に勝っても愛を得られなければ、こんなものは無意味なの。私はただ愛のため、そのためだけにやっている。


 愛を得る、そのためには清華さん、あなたとの勝負で、完全な勝利を収めなければならないのよ。絶対的な私の勝利。そのために私は覚悟を見せた。全てを賭けた!」


 清華は舌打ちした。


「つまりは、私を完全に叩きのめして、チョコレートだけじゃない、精神的にも叩き潰して、どちらが上かを完膚なきまでに叩き込んでやらないといけないと言うわけね」


 雅はイラっとした。


「それでいいわ」


 二人は審判に目配せした。その執行委員の彼女は気迫に呑まれながらも、


「それでは、清華さん、雅さん、ショーダウンです!」


 両者は同時に手札を開けた。勝負の卓に、十枚のカードが広げられた。


 清華の札は、ダイヤの10、ダイヤのJ、ダイヤのQ、ダイヤのK、そしてダイヤのA。ロイヤルストレートフラッシュ。最高の役だった。もうこれ以上はない。彼女はこの最後の勝負であの一瞬しかない間にこの手札を作り切った。


 対する雅。彼女の札は、ハートの10、ハートのJ、ハートのQ、ハートのK、そしてハートのA。同じくロイヤルストレートフラッシュ。……。


 観衆は静まり返った。審判ですら息を呑み、一瞬、判断に迷った。が、そして、


「ダイヤとハート! スートの強さで雅さんの勝利です!」


 スートの強さは上から順に、スペード、ハート、ダイヤ、クラブ。役すら同じの、ほんの僅かな差でしかなかった。


 清華は卓上のカードをその瞳に映して言葉を失った。そして目にしたものを受け入れられないままに卓にせった。


 雅は息を整えながら、静かに彼女を見詰めていた。

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