10.開始

「ねえ、分かりやすくするために、台車には十袋ずつ載せましょうよ」


 清華の提案だった。彼女達のボストンバッグは台車に均等に分けられていた。雅は合意し、清華の手持はボストンバッグ十袋の台車が二台と、バラが七袋になった。雅のものは台車が二台と三袋。


「雅さんも、ちんたらするのは嫌でしょう。参加費アンティは台車を一台。どう? あと三十分しかないのだしね。レイズの額は袋単位に」


 清華としては少ない勝負で片を付けたかった。いくらイカサマに自負があり、バレない自信があるとしても、それでもリスクは下げたかった。


 雅は笑んだ。


「構わないわ」


 二人は背後に下げていた台車の内の一台を、それぞれ前の方へと移動させた。少なくとも一度の勝負でこれだけは動く。


「それでは」


 と、執行委員が二人の元へカードを配った。両者は同時に手に取った。


 清華の手さばきは鮮やかで素早く、伏せられた札が手の甲で覆われるように拾われて目の前に立てられる一連の動作はまさに一瞬。じっと動きを観察していても彼女のカードを見失ってしまうかと思われた。


 対する雅は鷹揚おうように拾い上げ、カードをゆっくりと手鏡のように広げた。


 手にした札には既にAのワンペアが出来ていた。クラブの2を捨て、一枚だけ交換した。新たに来たのはダイヤのA。スリーカードだ。


「私はこの手で勝負する。あなたは?」


 清華もまた一枚だけ交換していた。


「私もこれでいい」


 静かに呟いた。冷たく硬直した瞳からは何もうかがえない。そして、


「レイズ。二袋」


「リレイズ。四袋に」


 雅の言葉を受けて清華は暫し口を閉ざし、それから、


「コール」


 彼女はこれまでの勝負でも、イカサマをしてほぼ勝ちが見えている局であっても、必ずこうして考える振りをしていた。当然だ、真剣勝負を演出しているのだから。


 執行委員が互いの意志を認めると、


「ショーダウンです」


 手を見せ合うよう促した。


 雅の役は、Aのスリーカード。そして清華の役は、Qと7のツーペア。雅が勝った。


 清華は眉根をピクリと動かし、台車一台と四袋が審判とは別の執行委員の手によって雅の元へと動かされるのを見届けた。これで手持は十三袋になってしまった。


 次も負ければもうその次はない。表情や仕草には現れていないが、見る者には彼女の焦りと苛立ちが感じられた。


 だがこれは清華の思惑通りだった。大金を賭けることをこちらから提案し、そして負ける。イカサマをしているなどとは思われないだろう。もしも勝ってしまっていたならその時はその時だ。


 これまでの対戦で彼女は強いと思われていた。そんな「強い」彼女が調子に乗って大勝負をし、痛い目を見る。指を差して笑ってしまうような展開だ。


(しばしば見られるストーリー。私に負けた者の胸もすく。思わず納得してしまう)


 清華は冷静に悔しさを表に出さないように振る舞っている、と傍目からは思われるように振る舞った。


「次に行きましょう」


 淡々と言った。

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