9.集中

 桐生門清華は美礼のチョコレートを全て取り上げた。これで彼女のチョコはボストンバッグ六個になった。


 十一時まで間もなくともなると、未だに参加をしている者は勝者と敗者に分けられるようになった。破産をするか、大勝ちをするか、ここを出る時にはそのどちらかだ。終了時刻が意識されるようになり、手持の全てを賭ける勝負が頻発した。


 負けた者は持てる全てを勝った者へと譲り渡した。一回の勝負で大量のチョコレートが遣り取りされた。ボストンバッグが一度に丸ごと移動するのもしばしば見られる光景となった。


 次に清華が行った美奈とのポーカーでもそうだった。レイズが交わされ続けた結果、ショーダウンの時には賭け額はボストンバッグ二個になっていた。これは美奈の持っているチョコレートの全てだった。そして負けて無一文になった。


 それから清華は彼氏持ちの卓へも行き、美波に勝負を申し込んだ。美波は最初それほど乗り気ではなかったが、自分の恋人を喜ばせたいという願望に押し流されて結局は勝負し、そして負けた。


 チョコレートは勝ちを重ねる少数の元へと加速度的に集まって行った。


 十一時二十分、清華の手持はボストンバッグ十五個となっていた。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 おいちょかぶをしている卓では、秋津宮雅がバラのチョコレートを自分のバッグに仕舞い込み、また差し出されたボストンバッグを足元の台車に積み上げた。


 敗者達、涙ぐんでいたり、自失していたり、恨めしそうにしていたり、様子はそれぞれ違っていたが、皆一様にチョコレートを失った者達、彼女らの顔を、雅は強い意志を持って見渡した。


「正直に言えば、申し訳ないけれど、私はあなた達に同情もする。私がそうなっていたかも知れないのだし、それに、それ以上に、愛の切っ掛けを失ってしまったのだから。


 チョコレートを取り上げた本人がこんなことを言えばきっと腹も立つでしょう。だけど、私は、あなた達が本気で相手のことを愛していて、その人と恋人になるために交換会に参加したことを、その真剣な気持を、真摯な想いを、恋心を、愛の強さを、受け止める。


 私はあなた達のチョコレートを奪った。だけどそれは愛のため。私は、あなた達の愛よりも、自分の愛を優先している。それをはっきりと認識している。だから私はあなた達のチョコレートを奪った。自分の、その愛のために。


 私は自分自身の愛を何よりも大事に思っている。たとえあなた達を失望の淵へと追いやったとしても。必ず、絶対に叶える決意を持っている。何を犠牲にしたとしてもこの愛だけは成就させる。


 犠牲、……ええ、犠牲ね。あなた達の恋心は私に捧げられてしまった。


 だけれども、私は決してあなた達を敗者などとは思わない。あなた達のチョコレートを貰った私は、これに込められた愛をはっきり感じている。あなた達の手から離れてしまった愛は私がしっかり握っている。


 とても尊い愛の心。あなた達が本気だったと分かっているから、これらのチョコレートには価値がある。あなた達の愛する気持を私は確かに受け取った。その強い想いを私は握り締めている。


 このチョコレートはあなた達の真心、熱意、願い、望み、祈り、そして愛。私はあなた達の愛をもって自らの愛に臨もうとする。


 この手の元に集められた真実の愛は決して無駄になんてしない。ならない。何故ならばこれらはあなた達の恋心なのだから。私は自らの愛が必ず叶うと信じている」



◆◆◆◆◆◆◆◆



 十一時半、丁度。


 清華のチョコレートはボストンバッグ二十七個になっていた。それらを三つの台車に分けて載せ、風紀委員の二人に手伝って貰いながら移動していた。


 雅の台車もまた三つ。ボストンバッグは二十三個だった。


 体育館全体を見回してもこの二人こそが勝者だった。


 そしてポーカーの卓付近、この二人の目が合った。清華は雅のボストンバッグを見、必ずそれらを手に入れようと、気を引き締めて相手に強い目配せを送った。雅は清華に熱い視線を返した。


 導かれるようにして二人はポーカーの卓に座った。


 大量獲得者トップツーの対決に、体育館に残っている者達の目が向けられた。そろそろと歩み寄り、観客達の輪が出来た。


 手の空いている執行委員達も見物しに来た。生徒会役員の数人もこの勝負を見届けようと集まった。その中には生徒会長である一条妙義の姿もあった。清華の想い人である。


 清華は彼がそこにいることを意識した。華麗に勝利するところを見せたいと思った。


 しかし妙義の視線は雅の端正な横顔に注がれていた。


 彼は雅を愛していた。彼女のためであればどんなことでも出来た。たとえ自分の信念に背くことであろうとも、わずかな躊躇ためらいすらなく行えた。彼女こそが自分の全てだった。彼女のためであれば喜んで地獄にも墜ちた。


 切っ掛けは一年生の時、一目惚れだった。美しい女性だと思った。しかしもしも彼女が醜かったとしても必ず惚れていただろう。愛に理由は存在しない。ただ、彼女に惹かれた。


 生徒会長になったのも言ってしまえば彼女のためだ。彼生来の気質もあるとは言えたが、それは問題ではなかった。彼女に対して格好を付けたかった。少しでも凄いところがあるとアピールをしたかった。


 ふっと雅が振り返り、自分を一心に見詰める彼に気付いた。視線が交わされた。彼女はにっこりと笑い掛け、そして卓へと視線を戻した。


 妙義の心は浮き立った。天にも昇る心地がした。彼女に勝って欲しかった。本心からそう思った。そして、どうか、彼女が自分に愛を注いでくれるように、心の底から願い込んだ。


(そのためならば何でもする)


 清華と雅は卓に着き、互いを見交わし合っていた。その二人の元へ審判役の執行委員が歩み寄った。彼女はトランプの束を手に取って、


「種目はポーカー、ファイブカードドローでいいですか?」


 確認をする。両者は頷いた。執行委員は鮮やかにカードを切り始めた。


 秋津宮雅。桐生門清華。この日最大の勝負が始まる。

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