4.譲渡 ②
「待って、朱莉沙さん」
振り向いた彼女は見るからに落ち込み、これから告白をするようには見えなかった。そこで初めて、風花は親友の様子に心を痛めた。
確かに自分の恋は大切だ。しかし親友の想いも大事にしたい。バカラの最中にもそれに気が付くべきだった。馬鹿だった。おずおずとして、
「ねえ、朱莉沙さん。少しだけ、話をしない?」
人気はなくとも体育館内の熱気は聞こえて来た。しかし外壁に遮られ、窓や通気口から漏れて来るだけのそれは、その場の静けさを際立たせるだけだった。
風花が
「ね、朱莉沙さん。あなたは、告白するつもりなの」
軽い溜息とともに答えた。
「さあ。どうしましょう。私にはチョコレートが一個しかないし、上手く行くかどうか、分からない」
もしも勝負で熱くなっていた時であったら止めていたに違いない。しかし、
「私は、応援する。あなたの恋が上手く行くように」
そう言ってから
「ごめんなさい。私、本当は、あなたの恋が上手く行って欲しくないの。あそこで賭けをしていた時も、ずっとそう思っていた。ごめんなさい。自分が勝つことよりも、あなたが負けることを願っていた。ごめんなさい」
朱莉沙は相手を見詰めた。
「そうなの。でも、いいのよ。もう勝負は終わったのだし」
「だけど聞いて! あの時にはそう思っていたけれど、今は違う! 今は、あなたの恋も応援している。嘘じゃない。信じて」
「ありがとう。嬉しいわ。……だけど、実はね、私も同じだったの。あなたに負けて欲しかった。あなたの恋が実らないのを願っていた。ごめんね」
「そう。あなたも同じだったのね」
「ええ。私もあなたを応援するわ。だけど、あなたは私を応援してくれなくてもいい。冷たくしているんじゃないの。私にはチョコレートが一個しかないんだもの。これじゃあ気持を伝えきれない。私の想いはこんな小さなものじゃない」
風花は相手を可哀想に思った。
「ううん、きっと上手く行く。いいえ、きっとじゃない、必ずよ。信じてる」
「ありがとう」
「だから、チョコレート、半分、あげるわ。あなたの恋が上手く行くように」
朱莉沙は少し眉根を寄せた。
「気持は嬉しい。だけど、私はもう駄目よ。分かってるの」
「そんなことはない!」
風花の瞳からぽろぽろと涙が
「上手く行くわよ! だって、あなたは私の親友じゃない」
「ええ。嬉しい」
「断ろうとしても無理やりにでも押し付けるわ」
「……ありがとう」
「だけど、ねえ、聞いて。チョコレートを渡す前に一つだけお願いがあるの。どうか聞いて欲しいのよ」
「もちろんよ。それにお願いならチョコレートを貰わなくたって聞くわ。だって、私はあなたの親友だものね」
「ありがとう」と、言葉を区切り、「実はね」
と、
「どうしたの。何でも言って。私に出来ることなら何でもするわ」
「うん、だけど」
「あなたのためなら何でもするわ。大丈夫。信じて」
風花は顔を濡らしていた。そして朱莉沙の言葉を聞いて、最後の勇気を振り絞った。
「実はね、朱莉沙さん、実はね。私が今日チョコレートをあげようと思っていたのは、告白しようと思っていたのは、私が好きな人というのはね、あなたなの。あなたに告白するために、この交換会に参加したのよ。
どうか、お願い、私の告白を受け取って。どうか、お願い、笑わないで。変だと思わないで。どうか、お願い、受け止めて。……」
耳まで赤くして顔を伏せる風花を、朱莉沙はまじまじと見詰めた。予想もしていなかった言葉に何も答えることが出来なかった。自分のことをそんな風に思っていただなんて知らなかった。驚きのあまりに見開かれた両目が、彼女の意志とは関わりなく、キラキラと輝いていた。
「言ったわ。これが私の気持。それじゃあ、チョコレートをあげるわね。返事は、あなたの告白の後でいい。あなたの恋の結果が出たら、それから答えて。いいえ、あなたの恋は絶対に上手く行くのだから、私は結局、振られるのね。ふふ、駄目ね。やっぱり私は、あなたの恋が失敗するのを願ってしまう」
彼女はボストンバッグを差し出した。だが朱莉沙は微動だにせず手を伸ばそうとはしなかった。
「風花さん、これ、受け取れないわ」
「ええ、そう。そうよね。ごめんなさい。変なことを言って。ごめんなさいね。だけど、これが私の気持なのよ」
「そうじゃないの。だって、その前に私があなたに渡すものがあるんだもの。これ、このチョコレート、たった一個しかないけれど、私があげようと思っていたのは、あなたなの! あなたに、これをあげようと思って。あなたに、告白しようと思っていて……」
風花は朱莉沙の顔を見上げた。彼女の
「お願い、受け取って」
差し出されるチョコレートへ向かい、風花はゆっくりと手を伸ばした。互いに見詰め合う二人は春の気配に包まれた。
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