4.譲渡 ①

 バカラの卓。ただしこのバカラでは実際の人間がバンカー役とプレイヤー役をやっている。この二人もまた賭博の参加者だ。彼女らに関しては単純なカード勝負であり、チョコレートは二人の間だけで交わされていた。


 この勝負に賭けている者達の配当は、負けた側のものを勝者で分配する。負けられない戦いがここでも繰り広げられていた。


 ただし、特に相手に負けられないと思っている二人というのはバンカーとプレイヤーではなく、勝負を見、賭けている側にいた。梅渓うめたに風花ゆき錦織にしごり朱莉沙ありさ。大勢の参加者達の内にいて、彼女らは互いに特別な意識を向けていた。


 この賭事とじは特定の相手のチョコレートを奪うものではない。自分の賭けが当たればチョコが増え、外れれば減るだけの、自身の資金が上下するだけの、他人がどうなるかは一切関係がないものだ。


 それでも彼女らは自分が勝つのと同時に相手が負けることを願っていた。自分の勝敗と同時にもう一人の勝敗にも気を配っていた。


 カードが開けられた。バンカーの勝ちだった。こちらに賭けた風花は勝ち、プレイヤーに賭けた朱莉沙は負けた。


 最良の結果になって風花の胸は高鳴った。自分のチョコが増えるのは嬉しい。そして朱莉沙のチョコが減るのも嬉しい。むしろ自分が勝ったことよりも相手が負けたことの方が嬉しかった。朱莉沙に告白をさせてはならない。


 自分の恋が上手く行かないのもそれは嫌だが、朱莉沙の恋も阻止したかった。朱莉沙もまた風花に対して同じことを思っていた。


 彼女達は仲が悪いのではない、逆に傍目からは親友のように思われていた。普段からいつも一緒におり、休み時間も昼食も登下校も共にしていた。二人は如何にも仲睦まじく見られていた。


 この場で審判をしている執行委員がカードを切り始めた。カードが一度、卓に置かれて、どちらに賭けるかを参加者達に聞いた。


 少し迷ってから風花はプレイヤーの側に賭けた。直前の回ではバンカーが勝ったが、それでもプレイヤーの方が多く勝っていた。運の流れというものはプレイヤーに来ているのでは? 前回はそろそろバンカーが勝つ頃だと思いそちらに賭けて思い通りになってはいたが。


 彼女の賭けを見て朱莉沙は悩んだ。自分は今回もプレイヤーに賭けるつもりでいた。だが風花と同じ方に賭けたとしたら、自分が勝っても相手も一緒に勝つことになる。これでは本当の勝利にはならない。


 ではバンカーに賭けるべきか。いや、と彼女は思った。根拠も何もない話ではあるが、朱莉沙にはバンカーの運が何となく信じられなかった。理由はないが、負けるような気がした。


 そしてまた考えた。確かに同じ方へ賭けたら負けも勝ちもないイーブンだ。しかし、別の方へ賭けて負けたとしたら、自分の負けは当然として、相手が勝つ。つまるところが最悪の結果だ。


 それは駄目だ。


 それでは矢張り自分もプレイヤーに賭けるべきか。それであるなら勝敗の結果がどうなろうとも悪くてもイーブンだ。


 いやしかし、とまた考えた、それでは、いつまで経っても自分と風花の勝負は着かない。勝つことを考えるのであれば、別の方へ賭けるべき。


 そして朱莉沙はバンカーに賭けた。


 賭けが出揃うと執行委員が再度カードをシャッフルし、バンカーとプレイヤーのそれぞれに配った。


 結果、今度はプレイヤーの勝ちだった。


 風花は興奮し、朱莉沙はほぞを嚙んだ、やはり自分の直感を信じてプレイヤーに賭けるべきだった。


 後悔している内に執行委員が次の勝負に参加する者は賭けるようにと促した。


 今度は朱莉沙はプレイヤーに賭けた。


 負けた。これで三連敗だ。悔しがりながら次の勝負に挑んでいった。


 何度もの勝負が行われ、朱莉沙は勝ちもしたが負けも多かった。そして遂に手持のチョコは残すところたったの一つになってしまった。


 最後の逆転を願ってこれも投げるべきか? いや、いい。もういい。彼女は意気消沈して立ち上がり、卓を離れた。


 それを見た風花は自分のチョコを急いでボストンバッグに詰め込んで彼女の後を追った。


 女生徒らはこの交換会で必死にチョコレートをやり取りしているが、これの多寡たかは結局のところ告白の相手を喜ばせるためのものでしかない。願掛けのようなものだ。だからチョコレートが少ししかなくとも、相手が受け入れれば告白は成功する。


 朱莉沙の相手が彼女のことを好きならば、たった一個のチョコレートでも恋は当然、成就する。


 風花は焦りで口の端が引きっていた。体育館を出てピロティに跳び出すと、そこで革靴に履き替えたばかりの朱莉沙に追い付いた。

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