141.ドワーフ族の工具修理
数人のドワーフ(ガンダルフを含む)と、カナタの視線が突き刺さっている気がする。けれど、イエナは言わずにはいられなかった。職人の魂が疼くのだ。
「修理って……これらをかい?」
奥にいたドワーフの1人が、壊れたツルハシを指さした。
「はい、そうです。もうそのままの状態が忍びなくって忍びなくって……いいですよね? ね?」
こんな勢いで少々(?)強引にそこにいたドワーフたちを頷かせると、イエナは早速作業に入った。
この世界で、修理というのは何故か2種類に分別される。
1つはなんの素材が使われているかを見極めて、それらを適切に組み合わせる方法。
そしてもう1つは、魔物から落ちる「マナメンダント」という素材を使った修理だ。マナメンダントによる修理は素材の見極めがいらない半面、修理できないものも多々ある点に注意が必要だ。
今までは過去の職人たちの経験により、修理できるモノとできないモノの判別がされていた。が、イエナはカナタと出会ったことでその区別が簡単にできるようになった。
(製作手帳に載っているものであれば、なんでもマナメンダントで修理可能なんだもんなぁ……研究している学者さんに成果がでないはずだよ)
例えば、人魚の着る貝殻のビキニは製作手帳には載っていない。なので、イエナもリエルのビキニは素材を組み合わせての応急処置しかできなかったのである。
今目の前にあるツルハシは、製作手帳に載っている「アースフォージツルハシ」だ。カザドの特産でドワーフたちが好んで作業道具の素材に使うアースフォージという鉱石を使っている。
(本物のアースフォージだわ! 市場に出回ってはいたけど、見習いのときなんか高くて買えなかったもの……それが今目の前に! 柄の部分はダークオークね。力を込める部分がポッキリいってるけど、先端の消耗も激しいわ)
イエナが得意とする修理の方法は、通常の修理とマナメンダントを使う修理を複合したものである。素材の見極めも、繊細な魔力調整や器用さも必要になるが、成功すれば新品とほぼ変わらない性能に戻る。どちらか片方だと、新品と比べれば耐久力がどうしても下がった物になってしまうのだ。
幸いにもインベントリ内にダークオークがあったので素材とマナメンダントの複合修復は可能だった。
サクサク修理を進めながらも、ドワーフの技術をじっくり観察することも忘れない。
「……早くないか?」
「修理専門の店並み……いや、それ以上じゃ……」
「いやまさか。俺らドワーフ族の技術が使われてるんだぞ?」
趣味と実益をかねた楽しい時間はあっという間である。
時折インベントリから取り出したメモ帳に気付きを書き留めながら、イエナは十数本あったツルハシを全て修理した。
「はい! 大変お待たせしました!」
大満足の笑みを添えて修理を終えたツルハシを並べたところ、ドワーフたちから困惑の表情で見られてしまった。
「あれ?」
「ふむ。お嬢さん、腕を疑うわけではないんだが、試しに使ってみてもいいかね?」
お互いを見合っているドワーフたちの中から、スーズリが声をあげた。
「はい、勿論です! 今なら使いづらいところその場で直せます!」
使用者からの生の声は貴重である。
喜んで1本手渡すと、スーズリはシゲシゲと点検し始めた。なんだかちょっと気恥ずかしい。
「ふむ、とても良さそうに見えるが……ほれ、ちょっとそこをあけてもらおうか」
手で避けるようにジェスチャーをしながら、先程まで掘っていたであろう岩に向かってツルハシを振り下ろした。コォン、と澄んだ音が鳴り、岩が砕ける。
「おうおう。バッチリ修復されておるじゃないか。研ぎもいれてくれたのかね?」
「はい、先端が摩耗してましたので」
「うんうん、これなら作業もはかどるだろうなぁ。お前たちも使ってみるといい。まるで新品だぞ」
スーズリが促すと、作業場のドワーフたちはそれぞれツルハシを手に取った。訝し気な表情の者やちょっと不満そうなガンダルフなんていうのもいたが、実際に使ってみると口々に褒めてくれた。
「くっ……人間にしちゃあやるじゃないか」
「いやいや、街でもここまで早くキレイにできるヤツって……いるか? いるよな? ドワーフ族だもんな?」
「いやぁ、助かったよ。街まで行って修理しなきゃいけないかと思っとったわ」
「概ね好評みたいだな、イエナ」
「ありがと、カナタ。いやぁ、ついつい……。でもこれで少しでも作業が早くなってくれたら嬉しいわよね」
ちょっと安心しながらカナタとそんな会話を交わしていたところ、何故かまた不穏な空気が漂い始めた。
「あっ、こら! ガンダルフ、お前は使うんじゃねぇ! 折角直してもらったんだぞ!」
「あぁん!? 俺がやった方がはえぇだろうが!」
ツルハシが直ったことにより、先程の揉め事も再燃したようだ。
「お前がはえぇのは壊す方だろうが! 次々道具を壊しおって」
「そうだそうだ。素手で掘るのがイヤなら、いっそそこらで昼寝でもしとれ!」
「お前に採掘は向いとらん。道具の有難みを何一つわかっとらんお前にはな」
「そんなもんコイツにパパッと直させればいいじゃねえか。さっきの作業スピード見ただろ、頭おかしいぜ」
そして揉め事の火の粉は何故かイエナに飛んできた。
ガンダルフがイエナを指さしながらそんなことを言い出したのだ。
「人を指さすな!」
「そうじゃ、失礼なことを言うんじゃない」
「お前が壊したツルハシをこんなにも早く直してくれたんじゃぞ!」
「使えるモン使ったほうが効率いいだろうが」
ドワーフたちは抗議の声をあげてくれるが、ガンダルフはどこ吹く風だ。
(う、うーん。そりゃ手伝って作業が短縮されるのは嬉しいけど……どのくらいの期間なのかしら?)
手伝うこと自体はやぶさかではない。イエナとしても壊れていくツルハシを放置するのは忍びないので。
けれど、それは恐らく数泊レベルでは済まないだろう。数カ月単位の泊まり込みは流石に嫌だ。
そんなイエナの気持ちが伝わったのか、騒ぎの中からスーズリがついと進み出てきた。
「こりゃ、ガンダルフ。ワガママを言うでない。こちらのお2人は見学に来ただけなんだ。それに、お前が言うように彼女に修理をお願いしたとして、それ相応の修理代金を払えるのか?」
「あぁ? 街から金出てるんじゃねぇのかよ」
「出とるよ。しかしなぁ、お前が壊す分は想定外だよ。そもそもお前はこの迂回路新設の正式な従事者じゃないしなぁ。もしお前がどうしても採掘に参加したいなら、自分が壊した道具の修繕費はポケットマネーから出しなさい」
「俺は今金欠だっつってんだろ」
大型魔物を退治した際、最も多くダメージを与えた者には特別なドロップ品が与えられる、らしい。そうじゃなくても、ストラグルブルを倒した人皆が何かしらのドロップ品を持ち帰り、適正に売ればかなりの金額が貰えているはずなのだが。
一応、口に出しはしなかったけれど、どうして金欠になってしまったのかは気になるところだ。
「このお金は街の皆が納めた大事な税から出とるんだ。悪いが、そこは譲れんよ」
「……くそ」
スーズリはまるで子どもに言い聞かせるように説明すると、ガンダルフはふてくされたようにそっぽを向いた。
「まったく……腕っぷしはあるんだから稼げてるだろうにどこで散財したんだか。誰かに騙されでもしたか?」
「ちげえよ! くそ、知った風な口ききやがって」
「ともかく、お前はしっかり警備の仕事をやってなさい。それできちんと給料は支払われるんだから」
「待ってるだけってのは性に合わねぇんだよ。そもそも、そのクソガメを退治しちまえば……」
そこでガンダルフの言葉が途切れた。そして、何故かカナタの方をじっと見つめる。
「おい、てめぇ。今までのこと水に流してやるから、手ぇ貸せ。クソガメぶん殴るぞ」
と、そんなことを言い出したのだった。
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