142.提案却下

「…………え?」


 突然のガンダルフの言葉に、イエナは一瞬脳の処理が追いつかなかった。一言で表現すると「何言ってんだ、コイツ」である。


「却下。というかそもそも『水に流す』は殴りかかってきたアンタじゃなく、俺たちの言葉だろう? まぁどっちみち水に流す気はサラサラないけどね。何しろアンタは非戦闘ジョブのイエナまで巻き添えにするところだったんだからな」


「なにぃ!? ガンダルフ! お前嬢ちゃんに攻撃したってのか!?」

「女子供に殴りかかるたぁふてぇ野郎だ!」

「ダンの奴、仕置きがここたぁ生ぬるいことしやがって……」


 イエナがフリーズしている間に、カナタが珍しく怒気も露わに切り捨てた。その内容を聞いて、ドワーフたちが一斉に色めき立つ。頑固なイメージが先に立つが、案外フェミニストな面もあるようだ。


(おお、カナタだけじゃなく、ちょっと手厳しいこと言ってた人も味方してくれてる。みんな優しいなぁ……)


 思わぬところでの女の子扱いにジーンと感動したイエナだが、そんな気の良いドワーフばかりではないようで。


「てめぇ、卑怯だぞ! バラしやがって!」


「卑怯? 本当の話だろうが。ともかく、アンタと組むのはゴメンだ。戦闘中に後ろから殴りかかられたらたまったもんじゃない」


 口外しないなどと約束した憶えは全くない。なので、これはガンダルフの一方的な言いがかりだ。カナタにすげなくあしらわれている。当然だろう。


「しねぇよ、んなこと!」


「突然殴りかかりはしただろうが」


「いつまで過去のこと引きずってやがる、しつけぇ野郎だな……」


 ドワーフたちにわらわらととりまかれて説教攻撃を受けながらも、そんなことを叫んでくるガンダルフは、結構根性があるのかもしれない。もっとも、最初の出会いが不意打ちだったのだから、その言葉は信用できたものではないが。

 とはいえ、だ。


「ねぇねぇ、カナタ。彼の言うこと聞くのはめちゃくちゃ癪……とは思うけど、それはそれとして修理する分には私は構わないわよ」


 ガンダルフへの感情は置いといて、壊れたまま放置される道具たちのことを考えると、やはり修理はしたい。その前に壊すな、と大声で言いたい。が、『武器壊し』という不名誉な二つ名がつくくらいだ。ガンダルフの壊し癖が直るのはほぼ無理なのだろう。

 ガンダルフのためではなく、壊される道具のために、修理することはしてやらなくもない。そんな気持ちのイエナに答えたのは、カナタではなくスーズリだった。


「イエナさん、だったかね? ガンダルフを甘やかしちゃあいかんよ」


 彼はガンダルフを取り囲む説教の輪には加わっていなかったらしい。

 ただ、思いもよらない言葉を返されてちょっと眉が寄ってしまう。


「えぇと、甘やかす気はないです。でも、私たちもここの迂回路が早く完成してくれれば助かるので……」


 誰がガンダルフを甘やかそうと思うものか、と言いたいところを堪えて言葉を選ぶ。自分たちにも利があるからこその提案だ。そんなイエナの心情を汲み取るようにスーズリは頷いた。


「うんうん、それはわかるよ。私たちも同じ気持ちだからね。けれど、迂回路は街にとって事業でもある。事業には予算が決められておるものでね。先だっての修理、マナメンダントを使っていただろう? アレは高価というほどではないが、決して安価でもない。更にイエナさんの技術に対する適正な修理代を考えれば、現場責任者として頷くわけにはいかんのだ。わかってもらえるかな」


「それは……!」


 修理代はいらない、と喉元まで出かかった。瞬間、ロウヤの顔が脳裏に浮かばなければ、きっと口に出していただろう。適正な価格での取引。それが行われなかった場合どうなるか。大商会の元会頭がこんなヒヨッコの冒険者に、懇切丁寧に説いてくれたのだ。その教えを無にするわけにはいかない。


「俺たちはこの先にある鉱石が欲しくて……修理代とそれの交換では等価にはならないでしょうか?」


「ふむ、なるほど。君たちは死光石が欲しくてここまで来たんだったね。それならば一考の余地はあるだろうが……」


 懸命に言葉を飲み込んだイエナの代わりに、カナタが交渉を買って出た。元よりカナタの方がその辺りは一枚も二枚も上手うわてである。それを聞いてスーズリは考え込む様子を見せた、が。


「その件はあとで話し合うとしても、やはり現場責任者の一人としてガンダルフの採掘への参加は認められん、というのが結論になるな」


「どうしてですか? 彼が用具を壊すのが問題だというのであれば、不本意ですが全面的に協力します。それさえ解決すれば彼は相当な戦力になると思うのですが」


「カナタくん、だったか。君とイエナさんはパーティを組んでるのだろう? ならば、彼女の修理スピードが尋常ではないことくらい気付いているはずだ。門外漢の私でさえわかるくらいだからね。一緒にいる君が気付かないはずがない」


「それは……ですが」


「では、手が早ければこれほどの修理が可能だろうか。そうではあるまい。イエナさんの技術の確かさがあってこそだ。違うかね?」


「その通りです」


 カナタはあっさりと認めた。照れくさい気持ちがこみ上げてきたが、今はそんな場合ではない。口元を意識して引き締めていると、スーズリはひとつ頷いて長い顎髭をしごいた。


「掘削も同じでね。君たちにはただの穴掘りに見えるかもしれんが、これで結構な技術が必要なんだよ。ガンダルフのように力任せで掘り進めればとんでもない災難にぶち当たる可能性があるからね」


「災難……落盤とかですか?」


「それもそのうちのひとつだね。水脈やガス溜まりなんてのも考えられる」


 鉱山の落盤事故はよく聞く話だ。誤って水脈を掘り当ててしまえばどうなるかも想像に難くない。火山地帯であれば有毒なガスが溜まっている箇所もたくさんあるだろう。それらの危険に少しでも思い至れば、部外者が迂闊な口出しなどできるものではなかった。

 揃って口を噤み、すっかりうなだれた2人をどう思ったものか、スーズリは朗らかな声で続ける。


「とまぁ色々言ったがね、それらの大半は私たちが慎重に掘り進めれば避けられる災難なんだよ」


「そうなんですか……?」


「伊達に何十年も穴掘りしとらんよ」


 そう言ってスーズリは呵々と笑った。その笑顔に少しだけホッとしたイエナだったが、スーズリはすぐに真顔に戻る。


「ただね、そんな私たちにもどうにもできない災難があるんだ」


 笑顔を消したスーズリの目には、苦渋の色が浮かんでいた。

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