140.採掘作業見学会

 ノヴァータの街にある冒険者ギルドに行くと、迂回路の場所はすぐに教えてもらえた。というより、熱烈な歓迎を受けた。


「ついでに迂回路の採掘作業手伝いの依頼を受けませんか!? 是非!」


 なんとなくデジャブを感じる勧誘だ。他にも採掘作業の警護依頼もあったのだが、そちらは勧められなかったことも含めて。

 ちなみに、ドワーフの国カザドでは冒険者ギルドの受付もドワーフが行っていた。冒険者ギルドには国境はなく、種族差別もない、とは聞いていたので納得である。

 依頼を断ったにも関わらず「作業場所までは貸しヌテールを使った方がいい」とアドバイスを貰ってしまった。親切な受付のアドバイスに従い、迷路のように入り組んだノヴァータの街中を探し歩く。


「やっぱり結構入り組んでいるわね」


「そうだな~。でも、面白そうな店もいっぱいあるよ。色々と落ち着いたらあちこち見て回りたいな」


 ノヴァータの街の特色としては、やはりなんといっても鍛治屋が多いことだ。そしてそこには買い付けにきたらしい様々な種族の商人の姿も多数見かける。表通りはそういった多種族の商人が行き交うスペースで、裏通りに入るとドワーフたちの食料品や日用品が売っている。きっちりと住み分けができてるようだ。地底産のキノコや根菜にカナタがとても興味を示していた。


「完成まで1年っていう余裕はあるけど、できることなら短縮してほしいわよね」


「本当にな。イエナの技術に期待してる……っと、あそこか。貸しヌテール屋」


 物珍しさにキョロキョロしながら街を歩いて行くと、無事に貸しヌテール屋を発見できた。本来であれば、移動は癒しのモフモフたちにお願いするところだ。だが、この街は海で隔てられた人魚の村とは違う。先程も表通りで人間の商人を見たし、羊に乗って移動すればどうしても目立ってしまうはずだ。ということで、泣く泣くモフモフたちはお留守番なのである。


「雪山でも思ったんだけど、私もう少し体力をつけたいなぁ。今回はこの子たちが運んでくれるからいいけど」


「騎乗するってだけでも結構体力使うし、そこまで気にしなくてもいいんじゃないか? まぁ体力はあって困ることもないだろうけど」


 そんな会話をする2人を乗せて、ヌテールは悠々と道を歩いて行く。地底の道は基本的に光苔や光茸などが照らしているのが常のようだ。

 途中に「迂回路工事中」の看板と矢印があり、そこから先は少々凹凸のある道になっていた。そちら側がドワーフたちが掘り進めている道なのだろう。作って間もないためか光苔などの光源がなく、代わりに魔石ランタンが等間隔に置かれていた。


「この子たちがギリギリ3匹並べるかな~くらいだから、本当に今のところは必要最低限って感じなのね」


「背筋あんまり伸ばさない方がいいかも。さっき出っ張っている部分におでこぶつけそうになったから。多分ドワーフサイズを想定してるんだろうなぁ」


 気を付けつつ進んでいくと、やがて軽快なツルハシの音が響いてきた。


「あそこに人がいそうだ」


 カナタは人の気配を察知したようで、少し先の通路を指さす。どうやらそこは道の脇を大きく削り、休憩スペースとしているようだった。


「おや、人間かい? 珍しいね。私は迂回路建設責任者の1人でスーズリ、というモンだ。君たちは冒険者ギルドで依頼でも受けたのかい?」


 スペースから出てきたドワーフが穏やかな声で話しかけてきた。その他にも何人か休憩中らしい。


「こんにちは。えーと、依頼は受けてないんです。実は私、人間の職人なんですけれど、ドワーフの技術を学びたくて実際に採掘しているところを見学したいんですが……大丈夫、でしょうか?」


 何を話そうか考えてはいたのだが、いざ本番となるとキレイに吹っ飛んでしまった。残ったのは「ドワーフの技術を見学したい!」という純粋な欲望である。辛うじてヌテールから降り、頭を下げはした。ギリギリオタクの早口にはなっていなかったと願いたいところ。


「あぁ、もしかして、夕べ街の食堂で話してたって人たちかい? 風変わりな人間がいるもんだと思ったが……。見ていく分には構わんよ。どれ、折角だから案内しようかね。すぐそこだからヌテールはここに置いていくといい」


「あ、ありがとうございます!」


 イエナの勢いにさして驚くこともなく、スーズリはやはり穏やかにうんうん、と頷いた。

 彼の言葉に甘えてヌテールたちを預け、後ろをついていく。


「今、作業はどんな感じですか?」


「まあまあ順調といったところかねぇ。けれど油断はいけない。何かの巣にぶち当たったりすることもあるんだ」


 この辺りには来る途中で戦ったマルマルマジロや、まだ見ぬロックモールという魔物が生息しているらしい。特にロックモールは鋭い爪を持ち、固い岩盤も掘り進めるため注意が必要なんだそうだ。


「ロックモールもはそこまで素早くないから、爪にさえ気をつければいいんだが、不意打ちを食らってしまうと流石になぁ」


「ギルドに出ていた迂回路の警備依頼は、そういう魔物対策なんですね」


 スーズリの話を聞いて、カナタはなるほどと相槌を打った。


「まぁ今なら無駄に強い助っ人が来たから、警備はそうそういらないけどね」


「「……無駄に強い」」


 そう聞いて、2人の脳裏に同じ人物が思い浮かんだようで、うっかりハモッてしまった。

 と、そのとき奥の方から大きな声が聞こえてきた。


「何かあったんでしょうか?」


「噂をすればロックモールが現れたのかな? まぁ、大丈夫だとは思うが……お2人さんは自分の身は守れるかね?」


「一応は」


 カナタはインベントリからすぐさまイチコロリを取り出した。


「頑張ります」


 それに対してイエナは丸腰である。といっても、最近練習している重力魔法があるので、足止め程度なら頑張れるはずだ。


「うんうん。大丈夫そうだ。……正直そんなに警戒しなくてもいいはずなんだが一応な。助っ人が来ていると言っただろう? どっちかっていうとそいつが揉めてるような気がするよ」


 そんな話をしながら奥へと進む。すると次第に言い争う声がはっきりと聞こえてきた。


「だから、もうお前さんは採掘するな!」


「なんでだよ! 俺がやった方が速いじゃねえか!」


「確かに速さはそうかもしれんが修理する方の身にもなってくれ!! そんなに掘りたいなら素手でやってくれ」


「いくら俺でもそいつは無理に決まってんだろうが!」


 揉め事の中心にいたのは「剛腕」ことガンダルフだった。正直言って、予想通りである。ただ、カザド入り口で見たときよりもずっとスッキリしていた。モジャモジャだった髪の毛はカットされており、無精髭もキレイに形を整えている。


「やっぱりあいつが揉めているようだ。腕力はあるんだが道具を使うっていうことがどうにも下手でいかん」


 スーズリはそんなことを呟きながら、仲裁をするためか、揉め事の方へと向かって行った。


「何を揉めているかと思ったらまたかガンダルフ」


「しょうがねえだろ。こいつらがよぉ……あっ、てめえ! 何でこんなところいやがるんだ!」


 言い訳をしようとしていたガンダルフだったが、スーズリの後ろにいた2人組、正確に言えばカナタを見た瞬間に目つきが変わった。


「おや、知り合いかい?」


 スーズリがそう尋ねると、ガンダルフはバツが悪そうにそっぽを向いた。


「ちょっと入り口で喧嘩ふっかけただけだよ。そしたらダン爺の野郎が……」


「あーなるほど。その罰として、ダンはお前さんをここに寄越したのか」


「うるせえ、ちげえよ! ここが開通しねえと俺の武器も直んねえだろうが」


 ガンダルフとスーズリが何やら話しているが、イエナ的にはそれどころではない。彼らの後ろにいくつも積み重なっているものに目がいってしょうがないのだ。

 なりゆきを見守っていよう、大人しくしていようと思ってはいたのだが、堪えきれなかった。


「あのっ!!」


 周囲にいたガンダルフを含むドワーフたちの目線が一斉にイエナに向く。一瞬ひるみそうになったが、やはりここは言わねばなるまい。


「……その壊れたツルハシたち、直してもいいですか?」


 イエナがそう言い出した途端、カナタは小さな声で「また始まったよ」と呟いたのだった。

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