139.ボルケノタートル
流紋亭の客室にて。
イエナはルームを呼び出し、中でいい子で待っていた2匹のモフモフたちを労っていた。いつも通り大好きな果物を献上し、丁寧にブラッシングをする。
「そんなわけでね、ちょっとカザドでの滞在期間が伸びちゃうかもしれないの。本当にごめんね」
「ごめんな。ちょっと地下室で窮屈かもしれないけど……」
「メェッ!!」
「めぇ~~~」
謝る飼い主たちにゲンはちょっぴり不服そうに、もっふぃーはいつも通りに鳴いた。なんだかんだ言ってゲンはカナタが大好きなので、たっぷりブラッシングして構えば許してくれる気はする。
「……1年もかかるんだったら、その間に私のレベル上げした方が良さそう」
「あ、そうか。ルームの拡張、そろそろだったっけ」
「どのくらい広くなるかはわからないけど、もっふぃーたちにはそっちの方がいいと思うのよね」
「結構広くなるはずだ。それこそ、ゲンたちの運動不足解消にはなると思う。……ただなぁ。この周辺イチコロリと相性が悪い魔物多くって、レベル上げも手こずりそうなんだ」
「メェッ!?」
「めぇ~~!」
イチコロリがダメなら自分たちが頑張るよ、とでも言いたげに2匹が鳴く。健気なモフモフたちだ。
「気持ちは嬉しいよ、ありがとうな。でも、この先はメリウールの相性も悪いんだ。マグマってわかるかな? むちゃくちゃ熱いドロドロを飛ばしてくるヤツとかもいるんだよ。この豊かなモフモフが黒こげのチリチリになって、しかも肌も焼けちゃうかもしれないんだ」
「メ、メェ?」
「……めぇ」
カナタの話を聞いて、勢いが削がれている2匹。この素晴らしい癒しのモフモフが台無しになるのは絶対に認められない。
「それ人間もヤバいわよね。火傷治しは作ってるけど、普通に戦いたくないし戦わせたくないわ。防具でなんとかなる場合もあるでしょうけど、そんな特殊な素材そうそう転がってないだろうし」
「そう。だから、ここでの戦闘は極力避けたいんだ」
「あ、そうそう。戦闘と言えば! カナタ、道を塞いでる魔物に心当たりはあるの?」
食堂で頑張って情報収集したのだ。酔っぱらって気持ち良くなったドワーフたちは色々と教えてくれた。特徴なら十分にわかったはずだ。そんな期待を込めてカナタを見ると自信ありげな笑みを返された。
「モチロン! イエナが色々聞きだしてくれたお陰だよ。実物を見てみないと確定とは言えないけれど、今この国にいるのはボルケノタートルだと思う」
ボルケノタートルは溶岩の甲羅を持つ巨大なリクガメ型の魔物で、やはり大規模討伐の対象になる大型魔物だそうだ。
「やっぱりそうなのね」
「ただ、珍しく弱点が設定されているんだよな。ドワーフも言ってたろ。魔法使いが倒したことがあるって。ボルケノタートルの弱点は冷気なんだ。冷やすと途端に動きが鈍くなるし、マグマで煮えたぎる甲羅も人力で壊せる程度の固さになる……はず。ごめん、実物が本当にそうなるかまではちょっと自信ない」
実践したことはないので、カナタの懸念は当然だろう。
それでも、大型魔物の中では比較的倒しやすい方なんだとか。
「話を聞いてる限りではテリトリーに入らなければ温厚っぽいものね。魔物なのに」
「メェッ!」
「あ、そうだね。もっふぃーも温厚よね!」
ゲンに抗議されて慌てて訂正する。確かに魔物であってももっふぃーは温厚だ。同じように温厚な大型魔物、というのもいないわけではないのだろう。
「いくら温厚でも、多分横をすり抜けて~っていうのを往復でやるのは困難だと思う。成功した人がいたって言ってたけど、たまたま寝てただけだったんじゃないかな」
「あ、寝るんなら眠り薬投げつけるとか?」
「いや、大型魔物は基本的に状態異常にかからないと思っていい。眠り薬を投げつけて眠らなかった場合、敵とみなされて攻撃されるぞ」
「うっ……それはイヤ」
「倒すのであれば正攻法で、凍らせてから倒すのが一番だとは思う。ボルケノタートルは凍結っていう状態異常には必ずかかるから、少ない人数でも倒せるタイプなんだ」
「……まぁ、その凍らす方法っていうのがないんだけどね。私たち、魔法スクロールとか全然持ってないもの」
魔法スクロールというのは、魔法を巻物に封じたものである。魔法は火でも氷でも様々な種類があるが、どれもこれも高価だ。
スクロールを作れる職人と、スクロールに魔法を封じられる腕を持った魔法使いが必要なのだが、その両者が揃うことが極めて稀なのだ。スクロールを量産して大儲けしようとする人たちは後を絶たないが、ほとんどが喧嘩別れで終わってしまう。
(製作手帳にスクロールはあったからそこまでは私でも作れるけど、そこに魔法を込めることはできないものねぇ。ていうか、魔法を込められる人がいたら討伐に参加してもらった方がてっとり早いし)
魔法をスクロールに込めるとどうしても威力が落ちる。仕方がないことなのだが、試作品を使用してみて双方が納得できずに、相手に不信感を持ってしまうのだ。自分の技術や魔法はこの程度の威力ではない、相手の腕に問題があるのだ、と。
まぁそんな揉め事を起こすくらいなら最初から威力の強い氷魔法をぶちかましてもらう方がよっぽど良い。
ただし、そんな知り合いに心当たりは皆無なので、ただの夢物語である。
「そうなんだよ。まぁ何らかの道具で凍らせたとしても、倒すには2人じゃ全然人数が足りない。だから、倒すルートは基本的に考えなくていいと思う」
「……ちなみになんだけど、大型魔物なら発生条件ってあるわよね? 自然に発生してしまうようなものなの?」
正直話を聞いたときから、倒せるなんて微塵も思っていなかった。
ただ、「何者かが大型魔物を意図的に出現させているかもしれない」という可能性がイエナを不安にさせるのだ。
だが、カナタは明るめの声音で言う。まるで、イエナを安心させるように。
「ボルケノタートルに関しては自然発生はありうると思う。食堂でドワーフもひいじいさんが見たとか言ってたろ? 正式な条件はマグマ釣りで特定の魚を100匹釣ることなんだけど……」
「マグマ釣りって……ちょっと想像つかないけど、要するにやっぱり人為的なものなんじゃ……」
「ドワーフたちはマグマ釣りってやるのかも。料理にもあったろ? 珍しい魚。俺たちが選んだのは結局地底魚だったけど」
「あ、あーメニューの中にあったわね」
マグマ魚の香草焼きや煮込みなんていうメニューも書かれていた気がする。なんだか口内を火傷してしまいそうなので、今回は勇気が出ずに注文しなかったが。
「食堂のメニューに並ぶくらいだし、ストラグルブルよりは自然発生する方だと思う。それに、ボルケノタートルの説明には「少なくなった餌を求めて陸上に顔を出してしまった」みたいにあったから、住んでいたところの餌がたまたま少なくなったっていうのも考えられるな」
「……そっか。じゃあ、今回は余計な不安抱えなくてもいいのね」
誰かが大型魔物を意図的に発生させている。
それはストラグルブルの時によぎった考えだった。考えすぎだとは思う。けれど、どうしても胸の奥の気持ち悪さが消えてくれないのだ。
「そうそう。ということで、とりあえず迂回路の方で何か手伝いができないかっていうのを考えてみよう。うまく工期が短縮できればいいんだけどなぁ」
「1年は流石に長いわよね。まず現地で見学させてもらいましょう」
そんな会話で一旦この場はお開きになった。モフモフたちのモフモフも素晴らしい仕上がりになっている。
問題は山積みな気がするが、できることから始めようと気合を入れて作業場に向かうイエナだった。
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