138.食堂での情報収集

「あの……その魔物ってどんなヤツか、わかりますか?」


 変わらずガヤガヤと賑やかな店の中。妙な空気にならないように注意して、イエナは尋ねてみた。


「お? 腕試しかぁ? やめた方がいいぞ嬢ちゃん」

「少なくとも2人パーティじゃあなぁ……」

「そうさなぁ。せめてあと2,3人はおらんと無理だろう」


 イエナとしても、挑むつもりは微塵もない。

 ただ、ストラグルブルの例があるから気になったのだ。


(なんか話を聞いてる限り、ストラグルブルみたいな大規模討伐の魔物っぽいんだけど……まぁ判断はカナタに任せればいいよね)


 カナタから聞いた話によると、大規模討伐の大型魔物は、自然発生というのはほぼ考えられないそうだ。

 例えばヴァナの近くに現れたストラグルブルの出現条件は「出現地点の近くで会心作のコーンサラダを50個作る」というもの。

 他にも「一定時間以内に特定の魔物を500匹狩る」とか「特定のペットを連れて出現地点をうろつく」など。意図してやらなければ発生することはないはずのものばかりだ。

 状況的にも似ている気がする。ストラグルブルの場合も『剛腕』と呼ばれるガンダルフがトドメを刺すまで、地元の人間では全く手に負えなかった。

 もしや、カザドに現れた魔物もそうなのでは、と反射的に思ってしまった。先程目を合わせたときに、カナタも同じことを考えていたのが伝わった。

 が、これらのことをそのまま話すわけにはいかない。


「腕試しなんてとんでもない! けど、冒険者の端くれとしては遠目からでもちょっと見てみたいなかなーって。どんな感じのやつなんですか?」


 どうにか思いついた言い訳をヒヤヒヤしながら口にすると、酔っぱらいドワーフたちはさして疑問に思わなかったようで、代わる代わる教えてくれた。


「えーとだなぁ。見た目はでっけぇ亀だな。甲羅がトゲトゲのグツグツなんだわ。そのせいで攻撃しようにも手が出せなかったって聞いたぜ」

「ただ、見た目ほど凶暴じゃあないみたいだ。近寄らなければ攻撃してこねぇらしい。……でもなぁあの道を塞ぐように棲みついちまってなぁ。上手く横を通り抜けた奴もいたみたいだが、戻ってくるのにエライ苦労したらしい」

「俺のひいじいさんが言うことにゃ、むかーーし現れたことがあるみてぇだぞ。そんときはたまたま来ていた魔法使いがどうにかしたとかなんとか」


「わぁ、聞いただけでめんどくさそう」


「それで死光石がとれないのか……。そんな魔物が現れたら確かにそうなりますよね」


「あ、でも今『剛腕』さんが里帰りしているみたいじゃないですか。彼なら倒せるんじゃ?」


 ストラグルブルを倒した猛者ならあるいは、とイエナは安直に考えたのだが。


「あぁん? 帰って来たのかあの洟垂れ坊主。まーた武器壊しやがったな。あの鉄砲玉が戻ってくるときゃ相場が決まってら」

「あのデカガメは素手じゃどう考えても無理だ。かといって『武器壊し』にいい武器渡してもなぁ……」

「ガンダルフの坊主に限らず、そんな危険を冒さなくても迂回路が完成すれば問題ねぇだろ」


 ガンダルフは故郷では『武器壊し』の印象の方が強いのだろうか。口々にアイツには無理だと言われている。確かに彼の斧は壊れていたし、いくら強いといっても溶岩の甲羅を持つ巨大亀相手に武器もなしでは危険すぎる。


「やっぱり安全第一ですよね」


「そうそう」

「穴掘りなら俺らの得意分野だしな」

「ちげぇねぇ。がっはっは」


「それで、その道ってどのくらいで開通するんですか?」


 イエナたちにとってそこが問題だ。もっふぃーたちには短期滞在の予定と告げていたのだが、少々予定変更になるかもしれない。

 が、返ってきた答えは少々どころではなかった。


「あぁ、あと1年もすりゃあできるぜ」


「1年ですか!?」


 そう言われてドワーフ族の特徴を思い出す。

 酒飲みで緻密な細工仕事が得意。職人気質な一方力持ちでもある。そして、短気な面もあるが、物事には数年単位で取り組むことも厭わない性質がある、と。

 何より、ドワーフの寿命はエルフほどではないが長いのだ。人間のだいたい倍くらいはあるらしい。そのことに酒飲みドワーフ衆も気付いたようだ。


「あぁ、人間の感覚だとなげぇか?」

「だがなぁ、新しい道っつーとそんくらいかかるのは普通だろ?」

「あと、崩落しないように硬い地層を選んだって聞いたぜ。ってなると地道にやってくしかねぇよなぁ」


 ドワーフの技術をもってしても難しいのであれば、待つしかないのだろう。

 だとしても、職人としてイエナにももしかしたら何かできることがあるかもしれない。あと、ドワーフの技術を生で見たい。こちらは完全に私欲だ。


「そこに見学に行くことって可能ですか?」


「見学ぅ? 邪魔にならなきゃいいんじゃねぇか? しらねぇけど」


「折角カザドに来たので、技術を生で見たくって! 大丈夫だと嬉しいなぁ」


「ほんじゃ詳しい場所教えとくか?」


「本当ですか? ありがとうございます」


 場所に関してはカナタにパスだ。断じてイエナが方向音痴というわけではないが、適材適所という言葉がある。そんな感じだ。断じて、方向音痴だからではない。


「ところで、アンタら追加注文はいいのかい?」


 そういえば、そんな話をしていた気もする。だが、誰かが意図的にその魔物を召喚したかもしれないという気味の悪さから、食欲が減退してしまった。もともとかなりお腹いっぱい気味だったのもある。


「カナタが食べたいなら任せるけど」


「うーん、話してたら結構お腹いっぱいになっちゃったかな。次来たときの楽しみにさせてください」


「まぁ、道開通まで人間にとっちゃかなりあるしな。何度でも来てくれ」


 確かにここの料理はとても美味しいので、何度でも通いたいと思う。しかしながら、1年もの月日となると正直ご遠慮願いたい。


(なんとか迂回路が早くできればいいんだけど。それか、その魔物を倒すか……どっちにしろ、これはカナタときちんと相談しないとね)


 そのためにはまず、目の前にある地底魚のパイをキレイに食べつくさねば。お残しをするのはイエナ的には絶対にナシだ。カナタの方は既に自分の分のパイを食べ終えており、譲ったジャガイモの最後の1個を口に入れたところだった。

 いつの間にか話題が移っていた酔っ払いたちの会話を聞きながら、イエナはせっせと食事をつづけたのだった。

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