136.カザド国ノヴァータの街
ダンの勧めに従い、乗合馬車に揺られること十数分。
馬車と言ったが正確には馬ではなく、もっと足が短くてずんぐりむっくりとした生き物が車両を引いていた。御者に尋ねたところ、この生き物は地底に住むヌテールという動物らしい。温厚な性格ながら力持ちということでドワーフ族では重宝しているそうだ。
地底の旅はなかなか面白かった。洞窟ではあるのだが、あちこちに光苔や光茸が生えていてぼんやり明るい。もちろん太陽の光にはかなわないけれど、思っているよりはずっと明るかった。それこそ、この光源だけでも採掘できそうなくらいである。
ノヴァータ街まではきちんと整備されており、道の脇には等間隔に魔石ランタンがつけられていた。馬車を引くヌテールも慣れた道らしく、危なげなく進んでいる。
「ほい。着いたぜ。ここがノヴァータ。人間の国に繋がる出口の街さ。アンタらにとってはカザドへの入り口かねぇ」
御者に示された先には武骨な石造りの家々が立ち並んでいる。先程通ってきた道よりも明るく感じるのは、ちょうど真上から太陽が顔を出しているからだ。どうやら此処は地盤の裂け目の下にあるらしい。
「ありがとうございました!」
「あ。すみません、ついでに流紋亭ってどの辺りにあるか教えていただけませんか?」
「えーとなぁ……めんどくせぇ乗ってけ!」
教えようと言葉を選んでいたみたいだったが、説明が面倒になったらしい。確かに家々は密集して建っており、チラリと覗き込んだだけでも道が迷路のようになっているのがわかる。お言葉に甘えて乗せてもらうことにした。
「流紋亭はアンタらにはいいと思うぜ。外の種族向けだからなぁ」
ヌテールがノシノシと狭い道を歩く。街中には子どものドワーフも女性のドワーフもいて、とても珍しく感じた。
御者の話によると、入り口の街というだけあって様々な種族がやってくることが多いらしい。確かに行き交う人の中には異種族も見かけた。
「あぁそうか。種族によって体格が違いますもんね」
ドワーフよりも小さなハーフリングはともかく、人間や獣人、エルフなんかはドワーフ仕様の宿だとどうしても窮屈になる。街並みも人間の街よりは全体的に低く作られているようだった。
だからダンはイエナたちに人間も楽に泊まれる宿を紹介してくれたのだろう。
「でも皆が集まってくる気持ち、すっごくわかる! 鍛治と言えばドワーフですものね」
「へっへっへ。そう言ってもらえるのはドワーフ冥利に尽きるってもんだ。ま、俺はそっちの道にゃあ進んでねぇがよ。さ、着いたぜ」
「「ありがとうございました」」
2人は声を揃えて礼を言う。御者はヌテールとともにゆったりと帰っていった。
「おやおや、よくいらっしゃったね。あんたたちなら特大の部屋じゃなくても良さそうだ」
流紋亭の女将は自分よりも倍近く背丈のある2人組を愛想よく迎えてくれた。予想通り他種族への対応にも慣れているようだ。
「特大の部屋というのは?」
「人間の中でもでっかい人とか、あとは滅多にないけどエルフが来たとき用だね。ま、高慢ちきなエルフだったらわざと普通の部屋に案内してやることもあるんだけどさ」
と、ケタケタ笑いながら教えてくれた。
エルフとドワーフというのは種族的に相性が良くない、と聞いたことがあったがどうやら事実のようだ。
「身長、どうやったら伸びるんだろうな」
ポツリとカナタがこぼしていたのは、一応聞こえなかったフリをしておく。年頃の男の子はやはり気になるのだろう。
「あんたたち、ご飯はどうするんだい?」
流紋亭は朝食は最初から込みの値段。そして希望があれば夕食も用意してもらえるスタイルのようだ。
「夜はちょっと食べ歩きしてみたいわね……」
ワタタ街では食の欲求が残念ながら満たせなかった。勿論、泊まった宿のご飯は普通に美味しかったが、あくまでも普通。イエナの望む、その土地の食べ物を楽しむということはできなかったのだ。そのせいもあって、今はドワーフの国の食事にとても興味が向いている。
「ふぅん? 酒はいけるのかい?」
「いえ、まだ飲んだことがないです」
ドワーフは酒好きな種族としても有名だ。だが、残念なことにイエナたちは酒は飲まない。一応飲める年齢ではあるが、カナタはあちらの世界ではまだ酒が禁止な年齢なんだとか。
「だったら飲み屋じゃない方がいいねぇ。部屋に観光案内の紙を置いてるから、それ参考にしておくれよ。使ってくれれば私も作った甲斐があるってもんさ」
そんな話をしながら女将は部屋に案内してくれた。
案内された部屋はやや小さめ。とは言えドワーフの感覚としては人間用に広く作ってくれたのだろうと推測できる。どっちみち、寝るときはルームを利用するイエナたちには気にならないことだ。きちんと鍵がかかる個室であれば問題ない。
(ドワーフ独特の感性って言うのかな? 置物とか、小物とか。そういうのはちょっと興味わいちゃうよねー)
所変われば品変わる、というが、ここは住んでいる種族すら違う街である。部屋の作りから装飾品に至るまでとても興味深い。あとでじっくり観察したいところである。
「ほんじゃまぁごゆっくりー」
軽く室内の説明をした女将は鍵を手渡して出ていった。
説明通り、小さなテーブルの上には観光案内と大きく書かれた紙がある。夕飯はありがたくそこから選ばせてもらおう。
そして、2人きりになれたところで、やっとイエナは言いたかったことを口にする。
「まさかストラルグルブルを倒してくれた『剛腕』があんな人だったとはね……」
ダンは彼に対して「里帰り」という言葉を使っていた。ということは、どこに彼の知り合いがいるかわからない。そんな状況で悪口に近い感想を言うのは憚られたのだ。
「まあ……ある意味で予想通りっていう感じもするよ。シャルルさんもそれらしいこと言ってたろ。腕自慢ってなるとやっぱり戦うことが大好きなんだろうし」
しつこく戦いを挑まれたカナタは苦笑を零す。小さく「ある意味で、絡まれるってのはテンプレだしな」と言っていた。例によって意味はわからなかった。
「でもでも、武器を壊すのは良くないと思うわ! だって商売道具でしょう?」
「まあそれは確かに。武器の扱いが下手くそっていうのは冒険者として結構致命的な気がする。……でも、それであそこまで強いんだから、やっぱ凄いんだろうな」
商いの都と呼ばれるヴァナの物流を止め、大勢の冒険者を苦しめた巨大牛を退治した、言わば勇者。どんな人なのだろうとは思っていたのだが、実物はアレ。正直ちょっぴり落胆してしまった。ただ、カナタとしてはこんなもんだろうという感じらしい。
「ちらっと見ただけだけど、あの斧かなり良い素材使っていると思うのよね……もったいない。あとじっくり見せて欲しかった……」
「本音そっちだろ」
「否定はしないわよ~。はぁ~、もったいない、ドワーフの技術が詰まった凄い斧が……」
「ドワーフにしては高い身長っていうのも、もしかしたら関係しているのかもな。誰だって武器は壊したくないものだろ?」
「あ、そういう可能性もあるか……。え? じゃあ直させてもらうチャンス?」
じっくりは見れなかったけれど、それでも多少修理の方法は思いつく。
(柄の部分が壊れていたように見えたから、そこをキチンと補強しなきゃよね。材質を調べて重さを量らないとなんとも言えないけど、ここなら鉱石も豊富な種類があるはずだし……)
脳内で修理シミュレーションをしていると、焦ったカナタの声が聞こえてきた。
「いやいやいや。俺はもう関わりたくないからな!?」
「毎回喧嘩売られちゃったら身が持たないものねぇ」
「それより、折角の女将さんの好意を無駄にしないためにもそれ読み込んで街に行こう?」
「それもそうね。楽しみだわー」
ワタタ街では満たされなかったリベンジとばかりに、2人は女将手製の案内を熟読するのだった。
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