135.『剛腕』ガンダルフ

 衝撃で巻き上がった土埃がやっと収まった頃、イエナはカナタの背中を見つめながらなんとか状況を理解した。


(……私たち、この人に攻撃された、のかな。でも、なんで?)


 茶色の髪は少々もじゃっとしており、無精髭も相まって長い間旅をしてきたであろうことが窺える。目つきがとても鋭く、その目でイエナたちをじっくりと見ている。背丈はイエナたちとそう変わらない。だが、体格の良さがまるで違った。足も腕もずっと太く、その体格に相応しい大きな斧がその手にある。


(やっぱり何度見ても見覚えない人なんだよなぁ。ん? あれ? でも、斧が……)


 手に持つ斧を注視しようとした瞬間、男が口を開いた。


「あぁ? てめぇ、紛らわしいカッコしやがって! 間違ったじゃねぇか!」


「なっ……じゃあ、人違いで攻撃されたってことか!?」


「えっ!?」


 カナタの言葉に思わず先程までいた地面を見る。大きく抉れたそこは、今までイエナたちが立っていた場所……とは若干ズレていた。が、カナタが引っ張ってくれなければかすっていた可能性が非常に高い。もしかしたら当てるつもりはなかったのかもしれないが、人違いでそれはないだろう。


「うるせぇ、避けれたんだからいいじゃねぇか。っつか、おめぇやっぱり一発殴らせろ」


 男はそう言ってインベントリに斧を収納してしまう。思わずああ、と声が出そうになったが、それで目を付けられるのもイヤなのでどうにか飲み込んだ。もう少し観察したかったのに。

 グルングルンとその太い腕を肩から回し、男はやる気満々な様子である。

 男の視界にイエナは微塵も入っていないらしい。


「イヤだ」


 対するカナタはうんざり顔である。こんなカナタはとても珍しい。イエナの前では大抵笑顔か穏やかな顔、ごく稀に叱ってくる感じの顔で、こんなにも不快感を表しているのはレアだ。


「あぁ? 腰抜けかよ」


「別にそれでいいよ、腰抜けで」


 男はわかりやすく挑発してくるものの、カナタは全く動じない。それどころか、物凄くめんどくさそうな塩対応だ。挑発返しに見えなくもない。

 実際、男は頭に血が上ったようだ。


「おいおい、カッコつけてんじゃねぇぞ。かかってこいや」


「カッコつけてないし。戦う理由がない」


「あーあれだ、ほら。いきなり殴りかかられてムカついたとかあるんじゃねえのか?」


「驚きはしたが別にもういい」


「じゃあ一発殴らせろ。ついでに反撃してこい。どうせおめぇもつえぇんだろ」


 この言葉にイエナはちょっと驚いた。

 正直言って、カナタはパッと見強そうではない。勿論イエナはカナタの強さはきちんとわかっているつもりだ。最近体も鍛えているから逞しくなっているし。

 それでも、例えば目の前の丸太のような腕を持つ男と比べると、どうしてもあちらの方が強そうに見えてしまう。が、それを、目の前の男は「お前強いだろ」とカナタに向かって言い切ったのだ。例の枠でレベルが見えているわけではないだろうけれど、もしかしたら肌で何かを感じ取っているのかもしれない。

 とはいえ、面倒なことにはかわりない。カナタもそう思っているようで、呆れた溜め息を隠しもしなかった。


「はぁーーー、めんど」


「ならさっさと武器を構えろ!」


「いえ、結構です」


「あぁん!?」


 実際カナタが反撃した場合の武器はイチコロリになる。魔物を一撃で倒すことが特徴の武器であり、その効果は対人間であっても変わらないだろう。イエナは解毒薬も持ってはいるけれど、イチコロリの即効性を考えると間に合うかちょっと怪しい。

 カナタが相手の挑発に乗らない人で心の底から安堵した。

 が、それはそれとして男は諦めなさそうだ。


(冒険者カード預けたままだからここから動けないし、どうしようこれ……)


 冒険者ギルドでカードを再発行すること自体は可能だが、それなりに時間がかかる。それにここからドワーフの国なので、また提示する必要があるかもしれない。そう考えると、この場を去るのも難しそうだ。

 どうしたものかと一人焦っていると、別の方向から声がかかった。


「こりゃ! どえれぇ音がしたと思ったら『剛腕』のボンズでねぇか! 誰彼構わず喧嘩売るなっちゅーとるじゃろうが!」


 奥で入国の手続きをしてくれていたダンが飛び出てきた。……タイミングとしては若干遅いような気もするが、これが効果てきめんだった。


「ゲッ……今日はダン爺さんの日かよ」


 2人は恐らく知り合いなのだろう。

 それにしても、剛腕、とは。たしか、ヴァナの街近くに現れたストラグルブルにトドメを刺した男の二つ名がそれだったはずだが……。


「まずは今回の里帰りの理由をちゃあんと聞かねばならんの。どーせ『武器壊し』の名に恥じねぇやらかしをしたんだろうが……」


「うるせぇ! 俺は悪くねぇ。バカデカクソ牛がわりぃ!」


「はいはい、中でよぉーーく聞いちゃる。ほら、入れ!」


「あんだよ、俺はアイツと……」


「……ガンダルフ?」


 ガンダルフ、というのがあの男の名なのだろうか。

 低く静かな声で名を呼ばれると、ガンダルフは一瞬詰まり、それから戦闘への意欲のようなものが見る見る萎れていくのがわかった。そして、促されるまま、ダンが入国審査の手続きをしていた部屋に入っていく。ドワーフ用の入り口は彼には少し窮屈そうだった。

 ガンダルフの姿が見えなくなってからダンは穏やかに微笑んでみせた。


「ガンダルフのクソガキがすまんのう。ちょーっとばかし血の気が多くて敵わんでなぁ。街でお前さんらに絡まんようよーーーーく言い聞かせておくから、安心して観光しておくれ……おや? 観光だったかな? なんだったかな? ともかく、楽しんでおくれ」


 そんなことを言いながらダンはイエナたちの冒険者カードを返してくれる。手続きは完了したらしい。


「えーと、あの、さっきの、ガンダルフっていう人はどういう……?」


「まぁ気になるわなぁ」


 ダンはのんびりと髭を撫でる。そして、やれやれといった表情で語りだした。


「あんなナリでもアヤツはドワーフでのぉ」


「えっ!?」


「あ……でもガッシリした体型とかは確かにそうかも」


 カナタが物凄く驚いている。無理もない。だってガンダルフの身長はイエナたちと大差ない。確かに成人男性としては少し小さい気もするが、ドワーフだと思えばかなりの長身に分類されるはずだ。

 言われてみれば、目の前のダンを自分たちと同じくらいの身長まで引き延ばせばガンダルフと似たような感じになるかもしれない。


「ほんでまぁ、血の気の多いこと多いこと。国を飛び出して冒険者として大暴れしとるんだ。『剛腕』とかいう大層なあだ名も貰ってるらしいが、儂らにとってはハナタレの『武器壊し』じゃなぁ」


「あの調子じゃさぞかしトラブルが絶えないのでは……」


「でも、クソ牛って言ってたし、ストラグルブル倒したのも彼なんじゃないかしら? だとしたら相当な腕利きよ?」


 巨大牛にトドメを刺せる男に喧嘩を売るような人間は果たしているのだろうか。いたとしても無事では済まない気がする。


「まーたあの小僧はデカブツ退治して武器壊したんじゃろうなぁ」


「あ、やっぱり。あの斧壊れてたんですね」


 イエナが先程から気になっていた違和感はそれだった。斧の柄の角度が微妙におかしかったのである。


「壊れた斧であの威力かよ」


 カナタの言葉に思わず攻撃された跡地を見る。壊れた斧での攻撃にも拘わらず、無残に抉られた地面にゾッとした。


「まぁお前さんらには関わらんようによーく言い含めておくよ。おぉ、丁度良くノヴァータの街までの定期便がきた。アレに乗ってくとええ。お前さんら人間なら宿は流紋亭がええぞ。足を伸ばして休めるからのう」


 確かにガンダルフがこの場にいる以上、長居をするのも得策ではないだろう。

 ほっほっほと笑うダンに見送られ、2人は乗合馬車に乗り込むのだった。

 

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