132.重力魔法(強)

 ルーム内のいつもの自由時間。

 だが最近の自由時間は結構な頻度で騒がしい。


――ガターン!


 何かが倒れるような音が響く。その途端、作業部屋に人とモフモフが駆けつける。ワタタ街を旅立って数日経つが、これが毎日繰り返されているのだ。


「いや違う! 今回は違うから! ちょっと重力魔法の加減を間違えて、ぺしゃんこにしちゃっただけ!」


 音の発生源であるイエナは、大慌てで言い訳を始める。

 イエナの前には潰れた木材。素材をできるかぎり無駄なく使うイエナにしては珍しい光景だ。


「めぇ~~~~~」


「メェッ!!」


 大きな音で心配して駆けつけてきたモフモフたちも、嗜めるように鳴いている。


「心配かけてごめん~! でもでも、初日みたいな魔力切れは起こしてないから、ね? ね?」


 聖鳥タタに念願の重力魔法、しかも(強)とかいう未知なるオマケがついたスキルを授かった。

 初めての魔法、ということでまずは本屋で『重力魔法の初歩』という本を買って熟読。次いでワタタ街から旅立ち、かなり離れたところで周囲に配慮しつつ初の試運転を敢行した。カナタはもちろん、もっふぃーとゲンにも見守られてのデビューだったが、結果はというと。


「発動したから初回にしては十分じゃないか? 追々上手くなればいいさ」


 そんなカナタの声掛けと共に、旅が再開されたのだった。

 そして、その日の夜にイエナはぶっ倒れたのである。原因は、重力魔法の使い過ぎ。凝り性のイエナが初めて手に入れた技術を使い倒さないワケがなかった。すっかり魔法に夢中になり、気付けば魔力をすっからかんにして倒れてしまったのだ。

 幸いなことに倒れたのはイエナの巣である作業部屋。そこには魔力ポーションも常備していたため、大事にはならなかったが。


「魔力切れは起こしてないのはわかるけど、それでも使い過ぎじゃないか?」


「そこはちゃんと気を付けてるよ! マジで! だって魔力切れ苦しかったし! 加護はすごーーーい有難いんだけど、めちゃくちゃ調整しづらいのよ~~~!」


 イエナは重力魔法(強)と一緒に、加護まで貰っていた。称号には『聖鳥タタの加護を受けし者』とバッチリ出ている。加護自体は人魚の村の長老のような、特殊なスキルを持つ人じゃないと見えないから良いとして。


「その話を聞いてると、加護ってやっぱり強力な重力魔法を使えるようになるためのものって感じがするなぁ。資格、みたいな?」


「ううう、魔法初心者にはちょっと扱いが難しいよぉ」


 自分の魔法のせいでぺしゃんこになった木材の残骸を撫でながらイエナは弱音を吐いた。素材の管理には気を遣っていたつもりだっただけに、この惨状は酷く胸が痛い。

 しょんぼりなイエナの様子に、もっふぃーが慰めるように近寄ってきてくれた。

 モフモフは正義。

 ということでちょっとモフらせてもらって、癒しを補充する。


「うーん、そうだな……。俺も基本魔法を使わないジョブだから、感覚はわからないんだけど……とりあえず、一旦リビングで話さないか? お茶いれるよ」


「ありがとー……そうするわ。なんか煮詰まってる自覚はあるし」


 モフらせてくれたもっふぃーと、心配して駆けつけてくれたゲンにお礼を言う。ゲンはツンッとそっぽを向いたが、尻尾は機嫌良さそうに揺れていたので大丈夫なはずだ。2匹が地下に行くのを見届けてから、リビングのテーブルにつく。

 カナタがキッチンにてお茶の準備をしてくれた。その姿をぼんやりと見つめる。


(毎日筋トレ頑張ってるもんねぇ……ちょっとたくましくなってる)


 このカタツムリ旅を続けていると、1人きりになれる時間はとても貴重だ。それをこんな風に使わせてしまっているのはとても申し訳なく思う。

 重力魔法を上手く使いこなせないせいで、イエナの思考は少々マイナス方面へと向かっていた。


「ほい、お茶。あんまり思い詰めなくてもいいんじゃないか?」


「……ちゃんと、魔力を使い切らないようには気を付けてるもの。ただ、全然上手くいかないだけで」


 最後の方の声がどうしても尻すぼみになってしまう。


「そもそもさ、異世界から来た俺からすると、魔法が使えるってだけで凄いというか……俺の世界は魔法ってものがなかったから」


「え? ないんだ?」


 それはとても意外だった。てっきり、カナタの世界にも当然のように存在しているものだと思っていた。


「ないよー。スキルも魔法も、なんなら魔物もいない」


「えぇ!?」


 カナタの説明だと、この世界はカナタの世界が創り出した「ゲーム」というものが元になっているらしい。


「存在しないモノをこんなにたくさん作ってるってこと!? 想像力ヤバくない?」


「確かに、そう言われるとヤバいよなぁ。いつのまにか共通認識みたいになってるしさ。だからこそ、イエナが苦戦してるのってある意味当然のことだと思うんだ。だって、その魔法も大元は人の想像から生まれてるんだから」


「想像から、かぁ……じゃあ想像力が足りないって感じなのかしら……」


 確かに、重力というものは想像しづらい。炎や水のように目に見えるわけではないからだ。


「少し発想を変えてみないか? 例えば、5の魔力を消費した場合、どのくらいの重さになるか、とか。重力って正確には重さのことじゃないけれど、イエナが重力魔法を使う目的って、製作物がどのくらいの重さまで耐えられるかってことだから」


「あ、そっか。重力だとイメージしづらいけど、重さって考えれば量れる! 目に見えないなら見える基準を作ればいいのね?」


 方向性が見えれば、イエナの行動は早い。カナタが食品の重さを量っている計量器を借りて、そこに重力魔法を使ってみる。


「……なんかこう……定まらない、かも。どこに向かって魔法を放てばいいんだろう?」


 重力魔法を計量器に向けて使ってみようとしたのだが、どうにも焦点が定まらない。魔力は減っているのだが、目盛りは全く動いていない。


「あぁ、じゃあこれでどうだ?」


 カナタは量りの上にリンゴを置いた。


「カナタ天才! じゃあ、もっかいやってみるわね」


 先ほどカナタが言ったように、魔力を5消費するイメージを持って、リンゴに重力魔法を使う。


「やった! イエナ、目盛り動いたぞ」


「ホント!?」


「今の感じで魔力ごとにどんな重さになるかやってみよう。俺メモするよ」


「え、そんな……悪いわよ」


 今は本来それぞれが自由に過ごせるはずの時間なのだ。その時間を自分のために割いてもらうのは申し訳ない。


「まぁまぁ、こういうのは1人でやるより効率良いだろ? ほら、地図作ったときみたいにさ」


 ニッコリ笑いかけてくるカナタの目線を辿ると、リビングの壁に貼ったこの大陸の地図があった。こちらの公用語に苦戦していたカナタを手伝って国別に色分けしたり、フセンなるものを教えてもらってあちこち貼り付けたり。見ただけで心が明るくなるような、それ。


「うん、でも…」


「あとはまぁ、やり過ぎ防止かな」


「うっ……信用ない」


「そりゃあ前科がたっぷりあるからなぁ。ほら、そんなことより、やろうぜ。基準ができればきっともっとスムーズに使えるようになるって」


「……じゃあ、お言葉に甘えて」


 それから、イエナたちは就寝予定時間まで、魔力と重さの関係を確かめた。

 基本的には魔力が多ければ重力は大きくなるけれど、キレイに比例しているわけではないらしいことがわかる。


「……バラつきがあるのね」


「それは当然じゃないか? 今のイエナは重力魔法職人の見習い3日目、みたいなもんだろ?」


「あ、そっか。そりゃ上手くできなくて当然だわ。……私、タタ様から加護もらってるんだし、上手くできて当然って思ってたのかも」


 目から鱗かポロリと外れる。もしくは、思い込みの枠が壊れた、と言うべきか。

 職人見習い3日目なんて何もできないのが当たり前。まずは色々な基礎を覚えるところから。


「肩の力抜いてやってけばいいよ。重力職人の道はまだまだ長いって感じでさ」


「そっか。そうよね。ありがと」


 とはいえ、少しだけ焦る気持ちはある。

 この次元の狭間へ向かう旅も、もう終盤。魔物も強くなっていくはずだ。少しでも役に立ちたい、危険を減らしたい。重力魔法がその一助になるのであれば、やはりできる限りの努力はしたいのだ。


(心配かけない範囲でがんばろーっと)


 心の内で、そう呟くイエナだった。

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