131.頂き物への戸惑い

「寝て起きてもある。やっぱりホントだったんだ……」


 イエナはルームの中で呆然としながら呟いた。

 昨日の夕方、イエナは聖鳥タタの祠と杖の修繕をした。そして、念願の重力魔法のスキルを貰ったのだ。

 そこまでは、良かった。

 聖鳥タタはカナタにもスキルを授けようとしたのだが、彼はそれを断った。彼の計画の中では、そのスキルは必要なかったらしい。すると、なぜか聖鳥タタはもう一度イエナに杖を振りかざした。そうして生えてきた(?)のがこれ。


「称号とか、(強)とか、夢じゃなかったんだぁ……」


 毎度おなじみ半透明の枠は、詳細情報が見たいと念じるときちんと教えてくれる親切設計である。

 昨日の夕暮れ時、暗くなりかけた林の中でもしっかりと貰ったばかりの能力を映し出してくれていた。すなわち、称号『聖鳥タタの加護を受けし者』とスキル・重力魔法(強)と。確かに重力魔法は欲しくて訪ねたくらいだから勿論嬉しいし、とても感謝している。だが、(強)とは? 称号に至っては何が何やら、だ。イエナはただ杖を直して祠をキレイにしただけである。そんなんで加護などを与えちゃって良いのか、聖鳥様!

 その場は暗くなってきたこともあり、カナタの説明(というか説得?)を聞いて引き上げることにした。それでも、ルームに戻ったらもう一度しっかり確かめようと思っていたのだ。けれど宿の食堂で有難くも普通の夕食を食べ終えると、どうしてか強烈な眠気に襲われてしまった。


「色々あったから自分が思ってる以上に疲れてるんだよ。今日はもう休んだ方がいい」


 そんなカナタの勧めに従って、シャワーもそこそこに自室へ引っ込んだ。


(もしかして明日起きたら全部夢だったりして……)


 それがその夜のイエナの、最後の意識だった。

 そして、話は冒頭に戻る。


「おはようイエナ。疲れとれたか? うーん、まだボーッとしてるみたいだな」


 ぼんやりと半透明の枠を眺めていたイエナの元へ、カナタが起きてきた。


「おはようカナタ。疲れの方はもう大丈夫だと思う。けど、この称号とスキルの方がね……」


「まだ気にしてたのか」


「だって、ただ直したってだけだし……」


 イエナからしてみれば「壊れ物をキレイにしたい」という自分の欲求に、ものすごく素直に従ったまでだ。勿論困っていた人(フクロウ?)を助けたいという気持ちもあったことはあったが。


「自力で直せなかったタタ様にとってはすごく有難いことだったんだよ。多分あの杖、タタ様にはとっても大事な物だったと思う。図書館のシンボルにも必ず杖が描かれてただろ?」


「……うん」


「だから称号もスキルもタタ様のお礼ってことで、感謝して受け取っておけばいいよ」


「お礼なんて……ちょっとあのモフモフの翼を触らせてくれるだけでよかったのに」


 聖鳥タタの翼はかなりのモフモフだった。闇に紛れる黒い羽ではあるのだが、とても柔らかそうに見えた。


「それ、口に出さなくて正解だったな。まぁ、あれだ。もらえたんだからいいんじゃないか? あって困るものでもないだろうし」


「でも、この(強)とかよくわからないよね。どういう意味なんだろう」


「強いんだろうな~とは思うんだけど、どう強いかは不明だよな。少ない魔力でたくさん打てるのか、純粋に威力が強いのか……。いきなり使って制御できなかったら問題だし、街を離れてからちょっと練習する時間でも取ってみようか?」


「それはありがたいかも……」


 魔法だろうがスキルだろうが、慣れないものを使うときは安全を確保するのが鉄則だ。成功するにしろ失敗するにしろ、重力魔法ならそこまで派手なことにはならないかもしれないが、そうだとしても(強)の存在が怖すぎる。


「夕べ冒険者ギルドに行ったら、資料が完成してたから出発はいつでもできるよ」


「えっ!? もうできてたの!?」


 カナタの最終目的地は次元の狭間があるエバ山だ。そこに入るためには所有国の許可証が必要、とカナタと同じ異世界出身のミコトが教えてくれていたのだ。ただし、時代が変われば制度が変わることもあるし、なんなら所有国が変わることだって起こりうる。なので、しっかりと下調べをすることも同時に勧められていた。それを受けて、冒険者ギルドに正確な資料を依頼していたのである。


「うん。昨夜イエナが寝たあと、ダメ元でギルド行ってみたら丁度できたところでさ。帰ってきてから気が逸ってちょっと読んじゃったんだけど、やっぱり許可証は必要らしい」


 カナタと地図を作っていたときにも話していたのだが、やはりエバ山はベンス国の直轄地のようだ。入るためには国の許可証が必要というのも、ミコトの時代から変わっていないらしい。


「許可証自体はベンス国で発行してるみたいなんだけど、入るための名目がなぁ……」


「あぁそっか。なんのために入るのかーっていうもっともらしい目的が必要になるのね。そこに住んでる魔物のレアドロップが欲しい、とか?」


「理由にはなりそうだけど、それで許可が下りるかは別なんだよな」


「確かに。そのベンス国とやらの視点からすれば、それだけのためにわざわざ直轄地に受け入れる理由にはならなさそうね」


 ざっと資料を見る限り「何が何でも立ち入りさせたくない禁足地」というほどのモノでもなさそうだ。だが、やはりそれなりの理由は作らなければならないだろう。


「とりあえず、今はドワーフの国に向かおう。その間にいいアイデアが思い浮かぶかもしれないし、ベンス国に入ってからもっと詳しい情報が得られるかもしれない」


「カナタがそれでいいのなら私もオッケーよ」


「やり残したこととかは?」


「あ、うーん……出発前に本屋さんに寄りたいくらい?」


 本当であれば、ここの豊富な蔵書から勉強したい知識は山ほどある。

 今までなおざりにしていた製薬や革細工の基礎知識に、聖鳥タタから貰ったばかりの重力魔法。もっとも、後者は本を読んでどうにかなるかは怪しいけれど。なんといってもイエナの場合は重力魔法(強)なのだ。文献にある気がしない。

 とはいえ、だ。

 使い方のヒントくらいならば得られるかもしれない。


「色んな技術の基礎知識の勉強したいって言ってたもんな。本当なら腰をすえてじっくりやりたいところだろうけど……」


 カナタもイエナが学びたがっていたことは知っている。だから、凄く申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 気持ちは嬉しいけれど、そんな顔をしてほしいわけではない。すぐさま話題を変える。


「カナタが先に行きたい気持ちもわかるから平気よ。それにここのご飯は……ねぇ?」


「ご飯な。……普通って素晴らしいもんな」


 2人揃って遠い目をしてしまったが、引け目を感じられるよりはずっと良い。


「ちょっと本屋さんに行って、基礎的な本を数冊選ぶ時間がもらえると嬉しいかな。ワタタ街を出ちゃえば重力魔法の実践も思い切りできるだろうし。書物は結構なお値段がするからちょっとお財布はイタいかもだけど」


「いやいや、これから役立つんだから先行投資ってことでいいと思う。イエナのレベルアップは本当に有難いから」


「そうと決まれば早速本を買いに行こうかな」


 なんだか御大層なものを貰ってしまった気がするけれど、カナタのいう通り受け取ったからには上手く活用できる方法を模索しよう。弱いのではなく強いのだから良いではないか、と半ば無理やり自分を鼓舞する。


(それに、上手く使いこなせたら戦闘面でも少しは役立てるかもしれないし)


 前途は多難だろうけれど、やるべきことがわかっている分少しは気持ちが楽だ。


「じゃあ一緒に行くよ。いくら研究者ばっかりの都市だって言っても女の子が一人歩きするのは危ないもんな」


「そう? じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」


 カナタの気遣いにちょっとドキッとしつつ、揃ってワタタ街へ向かったのだった。


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