130.聖鳥タタ

「いやぁ、押し売りした甲斐があったな」


 時刻は昼過ぎ。

 聖鳥タタと初めての邂逅のあと、イエナは言葉が通じない相手に色々と質問したり、確認をとったりと魔物使いもかくやという活躍をした。最終的に2つの約束を勝ち取ったのである。あちらが承諾したかは正確にはわからないので、勝手に勝ち取り宣言をしたような気もするが。

 1つ。夜目が利かない人間なので、明るい時間帯に杖の修理を行いたい。明日の日中に再び祠を訪れることを了承して欲しい。

 2つ。祠を訪れた際には、聖なる場に相応しい清めの儀を同時に行いたい。

 この2点を願い出たのだ。

 断じて押し売りではない。


「どこが押し売り? ちょっと修理を申し出ただけじゃないの」


「確かに売ってはいないけど……相手は聖鳥だぞ?」


「……カナタだって大分フランクに話しかけてたじゃない。それに、私は敬意を感じたからこそキレイにしたいって思ったの」


 職業病のようなものだろう。壊れたものを見ると、直したくなってしまう。それが、長い年月を感じさせるものであるならば尚更だ。最初に作り上げ、更に継いできた歴史を途絶えさせるのはもったいない気がする。

 あと、実物に触れてその歴史を感じたい。


「でも確かに、改めて日の下で見ると修理いるなぁって思うよコレは」


 カナタは今、苔むしまくった祠の表面を掃除中だ。モフモフたちのために作った携帯シャワーがとても良い仕事をしている。いくら歴史を感じるといっても限度というものはあるだろう。下手をすれば祠そのものの耐久性にも悪影響が出かねない。イエナとも話し合って苔たちには一旦退場願うことになった。

 日中とは言え林の中なのでとっても明るい、とまではならないが、昨日の月明かりよりはマシである。作業も十分しやすい。


「杖の方はもうすぐ修理完了かな。素材が手持ちにあって助かったわ。ここに生えている木が素材ではあるけど、聖鳥が住んでる林の木を切るってなんかバチが当たりそうだもの」


 この林に生えている木はシャドウバーチと呼ばれており、杖に使う素材としては割とメジャーなものだ。ストラグルブルに追われた植物系モンスターを倒した際に、同じものを手に入れていたらしい。お陰で杖の修理は順調に進んでいる。


「うーん、杖もそうだけど、祠だって経年劣化するわけだしなぁ……」


「誰かが定期的に手入れしに来てくれればいいんだけど…」


 そう言ってイエナは少しの間だけ修理の手を休めた。聞こえてきたのは木々の葉擦れの音と虫の鳴き声。まだ陽も高いというのに人の気配は相変わらず皆無だ。

 イエナたちには好都合ではあるけれど、街を見守る聖鳥と言われている存在の祠と思えば淋しい限りだろう。夜間ですら人出が絶えていなかったワタタ街の様子を見たあとでは尚更だ。


「そりゃリンゴとスキルの話を流せば集まってくる人間はいるだろうけど、それが祠の管理に繋がるかは疑問だよな。そもそもタタ様、人で賑わう感じって好きじゃなさそうだし」


「……自動洗浄機能つき祠? いやでもなんか自然に溶け込めない感じがしてちょっと……だいぶかなりイヤね」


 そんな会話をしているうちに、着々と修繕は進んでいく。

 苔むしていた祠はすっかりキレイになり、ところどころひび割れていた部分もキチンと補修した。とはいってもそこは石造りの祠である、ひび割れが目立たないように、そしてこれ以上広がらないようにコーティングする程度だが。

 杖に対しての修復はほとんどが作り直しのようになってしまった。手元にあった素材を活かしつつ、杖としてきちんと魔力が通りやすいように試行錯誤した結果である。イエナは今まで杖を作ったことがなかったので、万全を期すために納得がいくまで試し作りを繰り返した。

 気付けばもう陽は傾き始めている。


「うん、こんなものかなぁ」


「流石だな。なんか風格みたいなのを感じる。きっとタタ様も気に入ってくれるんじゃないか?」


「だといいわねぇ。……にしてもちょっと時間が半端かも。タタ様が出てこれるのって夜なんでしょう? 一旦街に戻る?」


「多分夜だけなんだと思う。俺もタタ様の生態をよく知ってるわけじゃないけど。夕飯食べてきたら丁度良いくらいじゃないか?」


 インベントリに道具をしまいながら、一旦宿に帰る準備をする。

 と、そのとき。


「ホーーーゥ」


「わぁっ!?」


「すごいな、危機察知に何もひっかからなかった。敵意がないとやっぱりこれは働かないスキルなのか、それともタタ様クラスは特別なのか……」


「……カナタもっと驚こうよぉ」


 ふむ、と冷静に分析しているカナタとは対照的に、イエナは心臓が口から飛び出そうなくらいバクバクしている。

 とはいえ、まだ陽のあるうちから出てきてくれたのだから、と精一杯気持ちを静めて向き直った。


「タタ様、祠と杖の修繕終わりました。どうぞ、お納めください」


「ホーーーーーゥ」


 タタ様がグリンと首を傾げて祠を凝視する。次いで、地面に置いてあった杖を羽で器用に拾い上げクルクルと振り回した。


(あああああ、緊張する! 聖鳥様だよ? 相手。私の技術って、聖鳥様に気に入ってもらえる? いや、聖鳥様だからこそ、気持ちを受け取ってくれそうな気もするんだけど……)


「ホーーーーゥ」


 クルクルと杖を回していた聖鳥タタが、その勢いのまま杖をイエナの方へと突き付けた。


「ひえ!?」


 もしや気に入らなかったのだろうか、と心配した次の瞬間、杖の先から何かがイエナに向かって迸った。

 電流が体に走ったような感覚。

 痛みや痺れがあったわけではないけれど、そう表現するのが一番近い気がする。

 そして次の瞬間、イエナは唐突に理解した。


「あ、重力魔法?」


「ホーゥ! ホーゥ!」


 聖鳥タタは満足そうに頷く。どうやら、修繕した杖はきちんと動いてくれたようだ。思わず安堵の溜め息が出た。頑張って作ったはいいけれど、本来の役割を果たせませんでした、では職人の名折れだからだ。

 聖鳥タタは続けてカナタの方へグリンと首を動かした。大きな瞳がカナタをジーッと見つめる。


「……もしかして俺にも何か授けよう、みたいな?」


「すごーい、太っ腹」


「ホーーーーゥ!」


 カナタは少しだけ悩む素振りを見せたが、すぐに手を振った。


「俺は大丈夫です。気持ちだけ受け取っておきますね」


「ホーーーゥ?」


 グリンッと首を傾げる聖鳥タタ。

 納得がいかないようだが、カナタの決意は変わらなさそうだ。イエナも以前からカナタのスキル取得計画を聞いているので、本当に必要ないということはわかっている。

 やがて、根負けしたように聖鳥タタが鳴いた。


「ホゥ、ホーーゥ」


 そして、何を思ったのか、イエナの方へ再び杖を向けた。


「へ? わわっ!?」


 そして何故か、イエナに再度電流が迸る。二度目であってもこの感覚は慣れることができそうにない。


「えっえっ!? どういうことですか?」


「ホーーーゥ、ホーーーゥ」


 聖鳥タタは満足そうに頷く。そして、音もなく祠の裏手に消えていった。

 残されたのはイエナとカナタのみ。


「説明、なし」


「イエナ、ステータス確認してみたらどうだ?」


「あ、確かに!」


 カナタに言われて、イエナはステータスを確認する。すると、そこにはーー。


「『重力魔法(強)』……ってどういうこと?」


「……なんだ(強)って。ん? いや、ちょっと待って。イエナ、自分の称号って確認できるか?」


「称号? えぇと……」


 称号とは、その人が「成し遂げたなにか」を表示するものだ。魔法を究めたり、はたまた悪事を働いたり。

 人魚の村の長老は、その称号を見る不思議な力を持っていた。彼女が見たカナタの称号は『異世界より来たりし者』というもの。それで、長老はカナタが異世界人であると確信し、色々と話を聞かせてくれたのだ。


「……『聖鳥タタの加護を受けし者』って称号があるわ。どういうことだろ?」


「俺も効果とかは全然わからない。でも、多分タタ様の感謝の気持ちなんじゃないかな」


「ええ!? 私そんな大層なことしてない、と思うんだけど……」


「いや、聖鳥が認めるほどの修繕の腕ってことなんだと思う。職人として胸張って受け取っていいんじゃないか?」


「そう、なのかな? いいのかな……?」


 イエナにしてみれば当然のことをしただけなのに、大層な称号を貰ってしまった。勿論返品制度などあるわけもない。そもそも返品相手がいずこかへ消え去ってしまったわけだし。

 結局イエナは感謝の気持ちをリンゴの山でしめすしかないのだった。

 2人が林から去ったあと、祠に山と詰まれていたリンゴは忽然と消えていた。

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