129.ワタタ街のタタ様

 夜のワタタ街は思っているよりも人通りが多かった。

 と言っても、酒場で飲んで騒いでクダを巻く、というようなパターンではない。夜にしかできない研究をするために、研究者たちが外に出てきているのだ。遠くに見える研究院や学園の宿舎なども煌々と明かりがついているので、意外と夜行性の研究者が多いのかもしれない。

 そんな人の流れを横目に、2人はワタタ街の北へと向かっていく。


「うわぁ、森……ううん、林?」


「規模的には林かな。あんまり大きくないはず」


 ワタタ街に到着するまでに見てきた荒地とは違う、しっかりとした土の匂いがした。月明かりに照らされた木々から、微かな葉擦れの音と虫の声が聞こえてくる。


「ここに何かいるの?」


「うん、ワタタ街を見守ってるっていう聖獣……鳥、なのかな? ともかくそういう扱いの、ちょっと変わってる魔獣がいるんだ」


「……それってもしかして、あの図書館のシンボルになっていたフクロウ?」


 図書館でその意匠を見かけて、なんだか気になっていたのだ。フクロウの魔物は見たことはないけれど、いてもおかしくはないとは思う。


「よく見てるな。正解。だからわざわざ夜に出歩いてるってワケ」


「フクロウって言えば夜のイメージがあるものね」


「あと知恵のイメージもあるんじゃないかな? だからこの研究都市のシンボルになったのか、それとも元々この林にいたからシンボルになったのかはちょっとわからないけど」


 そんな会話をしながら奥へと向かっていく。


「この林には研究者の人たち入ってこないのね」


「確かに。盲点になってるのかな? 身近過ぎて」


 街中には出歩いている人がそれなりにいたし、街の外の荒地に向かう一行も見かけた。しかし、街から近いこの林には人の気配がない。


「……聖鳥っていうのがいるのなら、怒られないように立ち入り禁止になってる、とか?」


「ありえるかも。でも、そのスキルが貰える祠まであと少しなんだよなぁ……どうする?」


 もしかしたら何か曰くがあって人が入ってこないのかもしれない。そう思いつきはしたものの、欲しいスキルが目の前にあると言われて思いとどまれる人がいるだろうか。いや、いない。反語。


「ここまで来たら行くっきゃないでしょ!」


「了解。まぁ、大丈夫だとは思うけれどちゃんと警戒はしてるから」


 微かに月明かりが照らす林の中。正直1人であれば不気味すぎて入る気にはなれない。危機察知というスキル持ちのカナタがいるからこそ、ズンズン進んでいけるのである。


「お、あの辺りかな?」


「ホントだ、何かある」


 林の中の、ほんの少しだけ開けた場所。そこに木ではない何かがあるのが見える。一応周囲を警戒しつつ、その場所へと向かう。

 そこにあったのは、小さな石造りの祠だった。

 石の表面は苔に覆われており、ところどころ風雨に削られた痕も長い年月を感じさせる。まばらな月明かりが木々の隙間から差し込み、なんとなく神聖な空気が漂っているような気さえした。


「ホントに人が来ないんだな」


 よくよく見ると苔むしているだけではなく、石の隙間から雑草まで生えている。手入れをするような人がいないことが窺えた。


「う、うーん。ちょっとケアしたい。手入れしたい~……でも、暗いからなぁ」


 流石のイエナも木々に遮られた月明かりの下で作業は難しい。特に祠という神聖なものなのだから、やるのであれば万全の状態で臨みたいところだ。


「とりあえず今日のところはお供えしよう」


 カナタはそう言うと、インベントリからツヤツヤのリンゴを取り出した。そして、祠のちょうどくぼんでいる場所に捧げる。


「ホントにリンゴ1個でいいの?」


 事前に話を聞いてはいたものの、イエナはちょっと納得がいかない。

 確かに、重力魔法は派手さもないし攻撃魔法としても不便だとは思う。それでもスキルの本は目の玉が飛び出る値段がするし、クラフターにとっては垂涎の的だ。

 それが、どこにでもある、ありふれたリンゴ1個を対価に貰える、というのである。正直信じがたい。


「俺が知ってる通りならな。ダメならそれはそれだろ……っと、大丈夫そうだ」


 カナタの言葉と同時に、空気が変わる。

 敵意を感じるわけではない。けれど、確実に「ナニカ」はいる。そんな気配をイエナですら感じるのだ。


「ホーーーゥ……」


 祠の裏手から、風と葉擦れの音に混じって何かの鳴き声が聞こえた。

 次いで、バサリという大きな翼の音。

 一度空中を旋回し、祠の前にそれは降り立った。図書館で見た意匠はこの姿をデフォルメしたものだったのだと納得できる姿だ。夜の闇に溶け込むような暗い色の羽は意外にも柔らかそうな印象を受ける。だが、フワフワの羽に気を緩めれば黒色の鋭いくちばしがグサリとしてきそうだ。

 ただ、道中で出遭う魔物たちとは違い、敵意を全く感じない。それがイエナとしてはとても不思議な感覚だった。


「聖鳥タタ。リンゴをお供えします。どうか彼女に重力魔法のスキルを授けてくれませんか?」


(えっ!? 聖鳥相手にめっちゃフランク!? いいの? っていうか、なんかこう聖鳥相手って難解な呪文とかいらないの? ていうか言葉通じるの!?)


 心の準備ができていないうちに登場された上、カナタが敬語とはいえとても気軽に話しかけているのを見てイエナは心の中でツッコミを炸裂させる。声に出していないのは聖鳥の前で怒涛のツッコミをするのが失礼になりそうだったからだ。そうじゃなければ裏拳もコミでツッコんでいる。


「……ホーーーーゥ」


 フクロウの聖鳥、タタは返事をするように鳴いた。そして同時に緩く首を振った。その鳴き声は、何故かとても悲し気に聞こえる。


「なんだろう。拒否っていうか、無理、みたいな感じ?」


「うん、俺もそう思った。……何故か教えてはもらえませんか?」


「ホーーーーゥ」


 カナタが尋ねてみるも、やはり悲し気な鳴き声を出すばかり。ただ、どこかに違和感を覚える。なんでフクロウがこんなにも大きいんだ、とか。目がたまに赤く光って怖いね、とかそういうことではなく、何故か酷く違和感がある。

 暫しジーーーっと見つめていたところ、やっとその正体に気付いた。


「タタ様、杖がない!?」


「ホーーーゥ」


 タタは頭を大きく縦に動かす。正解だ、と言ってくれているようだ。


「ホントだ。街で見かけたシンボルはどれも杖があったのに……」


「ホーーーーゥ……」


 ついてこい、と言うように首を回し、タタが祠の後ろ側へと回る。促されるまま付いていくと、祠の裏には朽ちた木のような物が落ちていた。


「……暗くて見えないです」


「タタ様、少し明かりをつけても大丈夫ですか?」


「……ホーーーーゥ」


 ちょっと嫌そうな声を出したあと、タタはイエナたちに背を向けた。それを、了承と受け取り、イエナは簡易ランタンを取り出す。


「おわ、壊れてる」


「経年劣化っぽいわね。材質は……シャドウバーチかしら? あとでじっくり見させてもらえればわかるかも」


 言いながら、一旦ランタンを消してインベントリにしまう。タタは人工的な眩しさを嫌うようだったので。折角のスキルを授けてくれるかもしれない有難い存在である。嫌われるのは得策ではない。


「タタ様、もしかしてこれが壊れてしまったからスキルを授けるのが無理なんですか?」


「ホーーーゥ」


 眩しくなくなったことで安心したらしいタタがこちらを振り返り、鳴き声とともに大きく頷いた。


「あ、じゃあ直しますね。明日明るいうちにここ来ても大丈夫ですか?」


「……ホゥ?」


 何言ってんだこの人間、とタタが言ったような気がした。

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