128.情報収集の成果
静かなルームのリビングにて。
紙をめくる音や、何かをパチンと止めるような音が響く。時折イエナが文字を読み上げたり、カナタがなにごとかをメモしたり。そんな作業の時間がどのくらい続いただろうか。
「よし、これで終わり、かな? お疲れ様」
「サンキュー助かったよ」
図書館から帰ってからの数時間、2人は情報の整理に勤しんでいた。特にカナタは異世界出身のため、こちらの公用語を読み続けるのにかなりの労力が必要なようだった。カナタの分担は地図の整理で、元々大まかに知識はあったのだが、国境や地名など時代とともに変わってしまったものもあり苦戦をしいられていた。
そこで、先に作業が終わったイエナが手伝っていた、という状況だ。
「リビングの壁がちょっとオシャレになった気がする!」
今まで殺風景だったリビングの壁には、手持ちの紙を貼り合わせて作ったこの大陸の地図があった。手作りのため多少縮尺がおかしかったりするかもしれないが、大まかな位置を把握するだけであればこれで十分である。
「国ごとの色分けも結構わかりやすくできたんじゃないか?」
「残るは、カナタが言ってた「フセン」なるものを作ることね!」
むん、とイエナが気合を入れる。
カナタの世界には、貼る剥がすが自由自在の糊付き紙があるらしい。「良い糊とは、一度貼り付けたら絶対に剥がれないものである」と思っていたイエナにしてみれば目からうろこの情報だった。そんなフセンなるものがあれば、情報の整理がメチャクチャしやすいに違いない。
「急ぎではないけど、あると便利だよな。例えば次の目的地のドワーフの国はここ、とか情報共有しやすい」
「紙なんだからフセンにメモもできるわけよね? この土地で一番美味しかったものとか!」
そんなことを言いながら、イエナの脳裏はペチュンで食べたアイスに完全に占拠されていた。暖炉の熱気の前で食べるアイスクリームは本当に格別だったのだ。
カナタはイエナの脳内を察したように苦笑を漏らした。
「氷の魔石は山ほどゲットしたから、アイスクリームだけならいくらでも作れるんだけどな」
「それはそれで嬉しいわよ?」
暖炉の前で食べるのが格別なだけで、アイスはいつだって美味しい。オールウェイズウェルカムである。
「じゃあ作っておくか。冷凍庫も今何も入ってないしな。……ところで、俺の手伝いしてもらっちゃったけど、イエナの方はもう終わったのか?」
「あ、そうそう。カナタがカンで選んでくれた本が大当たりだったのよ! 流石は豪運スキルね」
「……本来そういう使い方するわけじゃないんだけどなぁ。で、俺が選んだの結局なんだったんだ?」
「魔法図案大全、みたいな感じかな。多少歴史とかも載っているけれど、メインは図案だったの。ここに載ってる図案はもう既に知られている情報なはずだから、使っても大丈夫ってワケ」
じゃん、とカナタの前に広げて見せたのはその「魔法図案大全」とミコトの資料。ミコトの資料の方には何か所か金属で作ったクリップが見えた。
「そっちの資料に印がついてるやつが、今後使っても問題なさそうだってことかな?」
「そういうことー! ちょっと本が古いから最新の情報ではなさそうだけど、それでも十分よね。あと、ミコトさんのこともチラッと書かれていたのは確認したわ。こういう本に名前が出てくるくらいだから、お尋ね者ってわけじゃないのかも。でも『彼女だけが知る図案もあるかもしれない』みたいに締めくくられてたから、印つけてないやつは使わない方が無難ね」
「なるほどなぁ。イエナが選んだ方は?」
「魔法図案の成り立ちって本なんだけど、こっちは折角借りたから夜にじっくり読む予定よ。何か見落としてるかもしれないし」
今後も魔法図案を利用すると仮定した上で、成り立ちなんかは知っていた方がタメになるだろうと思って借りた本だ。ミコトも解説を加えてくれてはいるのだが、カナタと同じく異世界人である彼女の文字は読みにくい部分も多い。基礎的な理論はここで学んだ方が良さそうである。
「魔法図案、色々とできることがありそうだなぁ」
「そうねぇ。でも、あんまり頼っちゃうと目立つ恐れもあるし、こっそり力を借りる程度に留めて置いたほうがいいのかも」
「了解。基本的にはいつもの安心安全のカタツムリ旅で。……にしても、欲しかった情報はだいたい手に入っちゃったな」
「ギルドからの報告ってまだかかるのよね。私はもう少し図書館に通おうかな~って思ってるけど」
こんなにたくさんの本に触れられる、またとない機会である。チラリと見ただけだが、色々な分野の本があるのはわかった。
現状、イエナはハウジンガーとして様々な分野の製作に手を出している。ただ、製作手帳頼みで基礎を疎かにしている部分がかなりあった。例えば製薬関係は理論をすっ飛ばしている自覚がある。製薬関係以外でも不思議な半透明の枠に頼りながら、勘で作っていることが多い。これを機に多少なりとも知識をつけられれば今後より旅が快適になるかもしれない、と考えているのだ。
そう説明すると、カナタも納得顔だ。
「イエナはそういうのもアリだよな。でも俺はなぁ……うーん、読めなくはないけど大量に読むのはちょっとキツイしなぁ。ここで貰えるスキルだって、ギャンブラーとは相性良くないし……あっ!」
今後どうしようかと考えていたらしいカナタが、突然大きな声をあげた。
というか、イエナとしても聞き捨てならない。「ここで貰えるスキル」とはどういうことか。
だが、それをツッコむよりも先に、カナタがイエナに向き直った。
「イエナって重力魔法欲しがってなかったか!?」
「重力魔法!? 欲しい!」
一も二もなく食いつく。
重力魔法は、魔法の中ではあまり威力がない魔法だ。ダンジョンの奥深くでゲットできるスキルの本で誰でも習得できるとされている。だが、かなりの希少品なのでとても高額だ。今ならば頑張れば買えるかもしれないけれど、そもそも、市場に出回ることがあまりないシロモノである。
「あれ、あんまり威力も派手さもないけど……」
「職人が耐久試験に使うなら派手さなんていらないわよ! なになに? また例のイベントってやつで手に入るの? なら、すっごく欲しいんだけど!」
「えっ、そんなに? 忘れててごめん。じゃあ、ちょっとスキル貰いに行こうか」
「今から!?」
てっきり明日から行動開始になると思っていたのだが、どうやら違うようだ。ていうか、スキルって「ちょっと兄弟子に道具借りに」的なノリで貰えるようなものだろうか?
「眠いか? なら明日でもいいんだけど」
現在時刻はもう少しで普段の就寝時間になるくらいのところ。普段であればそれぞれの自由行動にあてていた時間を資料整理に使っていたのだ。
確かに多少の眠気はある。が、憧れの魔法をゲットできるのであれば、眠気など二の次三の次四を飛ばして五六の次でもいいくらいだ。
「大丈夫! 行こう、カナタ!」
「よし、行こうか!」
そう言って、2人は夜のワタタ街へと繰り出したのだった。
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