127.ワタタ中央図書館
食べる物はともかくとして、ワタタ街は調べものをするにはとても良い環境だった。登録した研究者しか見ることができない資料も存在するらしいが、基本的にはどの図書館でもほとんどの文献を無料で閲覧できるという。
「はわぁ……」
その中の一つ、一番ポピュラーな蔵書が多いと聞いたワタタ中央図書館を訪れたのだが、もはや感嘆の溜め息しか出なかった。
故郷の図書館が子ども向けに思えてしまうような蔵書量。書架は規則正しく並んではいるが、どれもこれも背が高く、まるで迷路のように思えてくる。柱や案内板など、ところどころに杖を持ったフクロウのような生物が描かれているのがちょっと微笑ましい。
「……ここは地震の影響ないんだろうか」
カナタは身長の倍はある書架を見ておっかなびっくりな様子だ。こんな風なカナタは珍しい気がする。
カナタは独り言のつもりで呟いたのだろうけれど、思いがけずその疑問に答えが返ってきた。
「魔法大戦以来、都市の防衛機能は強化され続けていますので大丈夫ですよ」
「わ、びっくりした」
声を掛けてきたのは先程この図書館の案内をしてくれた司書だ。立ち入り禁止区域などの説明も実に丁寧だった。
「驚かせてしまいましたか、申し訳ありません。短期滞在者用の貸し出しカードをお持ちしました」
「もうできたんですか? ありがとうございます!」
前述の通り、基本的にこの図書館は誰でも利用できる。しかし、貸し出しをする場合はこの街の住民が対象で、籍のない冒険者や旅人への貸し出しは行っていない。本の紛失を防ぐためにもそれは当然の措置だと思う。
しかし、イエナたちが今泊まっているような、それなりのランクの宿に滞在している人間であれば手続きが済み次第貸し出しを許可されるという。研究都市ならではのサービスがあると宿の受付から聞いて、すぐにその手続きにとりかかったのだ。
受け取ったカードは特になんの変哲もないように見える。しかし、手にしたときに微弱な魔力を感じた。
「改めまして、この度はワタタ中央図書館をご利用頂きありがとうございます。当図書館は幼児用の絵本から貴重な古書まで実に多種多様な蔵書が特徴となっております。それらの保全が
丁寧な口調と穏やかな笑顔。物腰も柔らかでとても好印象な女性だ。だが、「何よりも」と口に出された瞬間、何故か背中に冷たいものが走った、気がする。どうやら横にいるカナタも何かを感じたようで、急に背筋を伸ばして固まっている。
「え、え~と……お借りする本は絶対大切にさせていただきます……」
「蔵書の保全が何よりも優先されますこと、ご理解頂き感謝します」
もう一度繰り返された!
それほどまでに大事なのだろう、ということでおさめておきたい。怖すぎる。
「あはは……」
あまりの怖さにイエナの口から乾いた笑いが漏れた。
「それから、先程の「地震の影響はないのか」という疑問についてですが、詳しくお知りになりたければ調べることもできますよ。ご興味がおありでしたらあちらの『ワタタ街の成り立ちコーナー』をご利用ください」
手で示された先には、『ワタタ街』と書かれたフクロウモチーフの案内板が見えた。
「あ、あそこなら魔法大戦のこととかもありそうね」
「えぇもちろんございます。その他わからないことがありましたらお気軽にお尋ねください」
司書はそう言って一礼してからこの場を離れた。恐らく業務に戻るのだろう。
「……ちょっと怖かった」
「私も」
司書が完全に離れるのを待ってから、カナタが小さく呟き、イエナもそれに心の底から同意する。
2人の間に一瞬気まずい沈黙が流れたが、すぐにカナタが口火を切った。勿論、図書館なので小声だ。万が一大声を出して先程の司書に見とがめられでもしたら怖すぎる。
「気を取り直して、調べ物しようか」
「うん。私はとりあえずアレかな」
一応言葉を濁すが、イエナが調べるのは魔法図案のことだ。この図案に関して、どこまで表に出して良いのか。それには今ミコトがどういう扱いになっているかが、大きく関わってくるだろう。その辺りをしっかり調べたいと思っている。
「俺は地理だな。冒険者ギルドに任せてる部分はあるけど、旅するなら改めてきちんと知っておこうと思う」
調べ物の分担を確認して、一旦別行動となる。
図書館の中央には、フクロウのような生き物が杖で時間を教えてくれる大時計があった。こんなにあちこちで見かけるということは、この生き物は図書館のシンボルなのだろう。時間を決めて、その下で待ち合わせをする。
「えーと……どっちから行くべきか」
イエナの担当は魔法図案全般。しかし、それだと範囲が広すぎる。ところどころにある案内表示を頼りにイエナはまず魔法図案の歴史を探ることにした。
(魔法図案関連で一番大事なのって、これを人前で使って良いかどうかってことだしね。ミコトさんの研究を引き継いだ人がいるなら比較的大丈夫そうだとは思うんだけど……)
流石魔法の総本山の図書館、魔法関係の蔵書は当然ながら膨大な量になる。その中から魔法図案について書かれた本を探し出すのかと考えたら、ちょっと目眩がしそうになった。司書に尋ねることも考えたが、できることなら印象に残りたくない。もしミコトが指名手配なんかになっていた場合、万が一にも関連付けられるような行動は避けるべきだ。
「……!! あった」
かなり長い間魔法関係の棚をうろつき、ようやくそれらしいコーナーを発見できた。通路まで引き返して大時計を覗いてみると、待ち合わせ時間まではもう少し余裕がある。
(たくさん借りたら目立つかな? うーん、情報が得られそうな奴をとりあえず2,3冊がベストな気がする……パラ見して厳選しよう)
魔法図案に関する本は棚が1つと半分くらい。その中から必要そうな情報を吟味するだけでも一苦労である。分厚い辞典のような本から、背表紙に文字が書き込めないほどに薄い本まである。また、タイトルから中身が想像しづらいものすらあった。
(だめだぁ、どれに良い情報があるかなんてわかんないよー。……いっそカナタに選んでもらった方がいいんじゃない? 豪運スキルに頑張ってもらおう!)
そうと決めたイエナは少し早いが待ち合わせ場所へいそいそと向かった。
「あれ、イエナ手ぶら?」
フクロウの大時計の下には貸し出し手続きを終えたらしいカナタが立っていた。手には2冊の本。見えている本の表紙には「ノイツガルド旅行記」と書かれている。この大陸を旅行した人がいたのかという驚きに一瞬目が奪われた。
「ちょっと量が多くて決めきれなかったから、カナタに決めてもらいたいなーって思って」
「……俺のスキル、そこに発揮される気がしないんだけど?」
「まぁまぁモノは試しって言うじゃない? 私も1冊選ぶから、カナタも棚から1冊選んでよ」
勘の良いカナタはイエナの思惑をあっさり見破ったらしい。説得に応じてはくれたものの渋い顔をしていたけれど。
誰かがページをめくる音が聞こえるくらいに静かな館内を歩く。床にはフカフカな絨毯が敷かれているので足音も聞こえづらい。
「ここから、そこまでがそれっぽいんだよね」
声のボリュームをできる限り落として、カナタに場所を教える。一応自分でも目星をつけていた「魔法図案初級」という本を手に取ってから、カナタに選んで貰うことにした。
カナタは戸惑いつつも、ざっと棚全体を見渡してから1冊を選んだ。本当に直感のようだ。
「あんまり期待するなよ?」
「おっけーおっけー。じゃあ借りてくるわね」
そう言って、イエナは足取りも軽く貸し出しカウンターへと向かった。
その背中を眺めながら、カナタがやれやれといった溜め息を落としたことを、イエナは知らない。
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