126.ワタタ街の食

 旅暮らしのイエナたち一行の朝は遅い方だ。少なくとも、職人見習い時代の朝に比べるとのんびりしていると言えるだろう。あまりにも遅いとお腹を空かせたモフモフたちが起こしに来るので、とんでもない寝坊というほどではないはずだが。

 ワタタ街のそれなりの宿に泊まっても、そこは変わることはなかった。自然と目が覚めるまでぐっすりと眠り、体力全回復、というのが常である。

 が、今朝はそうはいかなかった。


「うえええ、目が覚めても気持ち悪い……」


 胃の辺りを押さえつつ、イエナは日課のもっふぃーの手入れに精を出す。だが、体の中から込み上げてくるモノに眉を顰めっぱなしだった。


「昨日のアレは強烈だったな……」


 カナタも爽やかな目覚めに似つかわしくない、げっそりとした顔のまま、ゲンのお世話をしていた。


「メェッ!?」


「めぇ? めぇ~?」


 2人のあまりの様子に、モフモフたちも心配そうに鳴く。

 その原因は、昨日の夕食にあった。


「私、アレは絶対に食べ物の分類にいれちゃいけないと思うんだけど!」


 もっふぃーのブラッシングも終わり、イエナはブラシ片手に勢いよく立ち上がりながらそう宣言した。

 研究者が多く住むワタタ街で、恐らくそういった類の人が経営しているのであろう店から夕食を購入したのが間違いだった。

 イエナは嫌な予感があまりしないものを、カナタは面白半分で見るからにヤバそうな保存食のようなものを購入。街での情報収集後、宿に帰ってそれらを食べたのだが、それが、あまりにもあまりだった。


「イエナはまだ食べれてたじゃないか。半分くらい。俺は一口でギブだった」


「半分食べたのが間違いだったのよ! うわーん、寝て起きても胃から異臭がする気がする~! ニンニクマシマシ料理を食べた結果なら我慢できるのにーーー!!」


 イエナはあまり好き嫌いはない。人によっては憎しみさえ覚えるというニンニクであっても美味しく食べる。というか、アレは空腹時には暴力的なほどに美味しい匂いであると感じるタイプだ。故に、カナタが遠慮しながら出してきたガーリックトーストもモリモリ食べるし、獣肉をニンニク含めたスパイスで味付けたものも大好物だ。それらを食べたあとにちょっと己からニンニク臭がするのも甘んじて受け入れられる。だって美味しいから。

 だが、昨日のアレは無理だ。


「ヘドロを固めたらあんな味になるんだろうか……」


 カナタはイエナのように騒ぐ元気すらもないらしい。生気が抜けているように見える。たった一口でカナタをここまで打ちのめす食べ物とは。

 その後、カナタが0に等しい気力を振り絞って軽食を作ってくれたので、空腹で眠れないという最悪の事態は避けられたのだけは良かった。とりあえず睡眠もとれているし、意外なことに体に悪影響は出ていない。ただただ精神が削られただけ。


「私のは健康に良いとされる薬を全て粉状にして焼き固めた感じだったわ」


 苦くて、酸っぱくて、えぐい甘みがあって、口に含むと唾液と合わさってぬめるような食感になり……食レポをすればするほど不味さが際立ってしまう。ただ、香りから判別するに体に良い成分がたっぷり含まれているのはわかった。


「俺さ、ここにいる間は料理しようかなって思う。怖いよ、外食」


 実際大通りにあった店を選んでこの結果である。食堂と呼べる施設が見当たらず、辛うじてお持ち帰りできる店の食べ物でこんな目に遭っているのだから、カナタの気持ちはよくわかる。


「その申し出はすっごく嬉しいけど、昨日戻ってきてすぐに宿の受付で夕食お願いしたじゃない? それに朝ごはんは普通に宿代とセットになってるし」


「あ、あ~~~……」


 カナタはあまりの味のショックに記憶がスッポリと抜け落ちていたらしい。一口だけでこの破壊力、もはや食物兵器と呼んでもいいのではないだろうか。


「お金も払っちゃってるし、もったいないよ」


「それは、そう……」


 みるみるうちにカナタが萎れていく。ここまで元気がないカナタは初めてかもしれない。

 どうにか元気づけたくて、イエナは言葉を選ぶ。


「えーとほら、ここって街の外部の人が泊まる宿でしょ? 外部の人向けなんだから、あそこまで酷い味にはならないよ、きっと!」


「そうだといいな……いや、そうに違いない。どのみち行くしかないしな」


 自分に言い聞かせるようにカナタは呟く。実際イエナも口にしてみたはいいが、半信半疑な部分は正直ある。

 そのくらい、すごい味だった。ので、保険はかけておきたい。


「ただ、朝食に行ってみて、どうしてもダメそうだったらカナタにお願いしたいなぁ、なんて……」


「それはもちろん」


 快諾するカナタ。

 2人の脳裏には、キレイなテーブルの上、真っ白なお皿に置かれた昨日の固形食が浮かんでいる。ナイフとフォークで頂く固形食、絶対に遠慮したい。


「……つくづく、イエナと旅してて良かったよ。万が一があっても、ルームで自炊できるもんな」


「カナタの趣味が料理っていうの、私としてはすごく有難いわ。アレを食べたあとだと特にね。ただ、昨日の夕食、味はその……ねぇ? アレだったけど、多分栄養価は物凄く高いわよ。もしかしたらカナタのも体には良いものだったのかも」


 匂いから察するに、かなり薬効が高い薬草も入っていると思われた。なんで食事で薬草を摂取しなきゃならないんだと言いたくはあるが。


「なんで味を度外視するんだ……こだわれよ、そこは……」


 味を思い出してしまったのか、打ちひしがれるカナタを連れて、宿内の食堂へと移動する。

 食堂はかなり高級感があり、それなりの身分の人にも対応できるだろうことが予測できた。それだけに、高級そうな食器に盛り付けられるヤバめな色彩と匂いのアレが出てきたらどうしようと思ってしまったのだが。

 案内された席で待つこと数分。


「よ、良かったぁ……」


「……」


 運ばれてきた料理を見て思わず喜びの声をあげてしまった。料理が、普通だったのである。

 なんの変哲もないサラダに、野菜の入ったスープに、変な色が混ざっていない固焼きのパンとバター。

 普通であることがこんなにも有難いとは。

 素直に喜んでいるイエナをよそに、とっっっても刺激的な体験をしたカナタはまだ疑いのまなざしをしている。


「あぁ、お客様方は昨夜外で食事をなさったのですね」


 配膳をしてくれた初老の店員が沈痛な面持ちで話しかけてきた。


「えっと、はい」


 後ろめたいことではないのだが、なんとなく街批判しているような気になってしまい、返事の歯切れが悪くなる。


「それはそれは……大変なご苦労をなさったことでしょう。当店の料理は「普通」をモットーにしております。物珍しくもなく、街の特産品もなく、薬効も、効能もございません。ごく普通の食事になります。お楽しみ頂ければ幸いです」


「あ、ありがとうございます」


 店員の丁寧な説明を聞いて、カナタもやっと疑いを解いたようだ。


「ありがとうございます。……あの、気になったんですけど、この街の特産品ってあるにはあるんですか? その、食事的なもので」


 研究を中心とする街なので、便利な道具方面の特産品であればそれなりの数があることは予想できる。しかし、食べ物方面となるとどうなのだろうか。尋ねながらも脳裏にアレがちらつく。

 そんなイエナたちの考えを察したのか、店員はゆるゆると首をふった。


「食事は残念ながら……。しかし、薬、栄養補助食品、といったあたりも含めればある、と言えるかもしれません。食料生産の研究の傍ら生まれた増産マンドラゴラなども一応、食品の範疇には入るかと思いますが……」


「ぞうさんまんどらごら」


 引き抜くときの悲鳴で人を殺せると言われる植物である。リスクが高いため高級品であることは知っているが、それが増産されている、らしい。ただ、それを食べたいかは別問題だ。


「お食事は是非、当店の普通の料理をお楽しみ頂ければと思います」


 そんな店員の言葉を胸に、イエナたちは普通の味を噛み締めるのだった。

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