121.銀世界からの旅立ち

 翌朝、一行はペチュンの街から少し離れた場所に集合していた。

 イエナとカナタ、そしてヨクルと銀狼のルプス、そしてもっふぃーとゲン。

 2匹のモフモフはお別れであることと、早朝の街の外だからセーフだろうということで先程ルームから出してあげた。ご挨拶を終えたらそのまま頑張って走ってもらう予定だ。


「おはよう。今日はまだ穏やかっぽくて良かったよ」


 最後にこの場所に到着したのはヨクルだった。彼にとってはハラリハラリと雪が舞うくらいの天気は穏やかに分類されるようだ。確かに風が強いわけではないのでマシな気もするけど。


「フロスティもお別れしたいよな。おいでおいで」


 ヨクルはインベントリから冷凍庫を取り出して、雪の上に置く。開けると中から雪だるま型のフロスティが出てきた。表情がなんというか「これから何して遊ぶの?」というように見えてちょっと胸が痛い。


「フロスティにはとってもお世話になったわね」


「ヨクルさんとルプスの言うこと聞いて、おっきくなるんだぞー」


「スノースライムが大きくなるとどうなるんだろ? 冷凍庫たくさん作ったはいいけど、サイズアウトしちゃうんじゃ……」


 たくさん雪を食べて大きく成長した雪だるま。見た目は可愛いのだが、季節が巡ると大変そうな気がする。

 そんなイエナたちの想像をよそに、フロスティは何事かをヨクルに伝える。


「……たぶんだいじょうぶ、って本人が言ってるから、物理的に大きくはならないんじゃないかな?」


「それなら良かった」


 楽しそうにクルリクルリと回る雪だるまの姿はとても癒しだ。もちろん、我らがモフモフも大変な癒しではあるけれど。癒しはいくらあっても良い。

 可愛らしい姿に笑顔を浮かべながら、イエナはヨクルに話しかけた。


「じゃあヨクルさん、例のブツ、渡しますね」


「イエナ、言い方……」


 カナタにほんのり注意されつつ、昨晩頑張って作った製作物を取り出した。冷気遮断のための模様を編んだレース付きの冷凍庫が6個と、イエナ特製の小型掃除機である。


「うわ、すっごい量。大丈夫? 徹夜したんじゃない!?」


「徹夜は阻止されました」


「阻止しました」


 ルームの外に出てコッソリもう1個くらい追加しようとしたのだが、何故かバレた。解せぬ。


「阻止されてこれなんだ。ホントすごいなぁ。ありがとう。大切に使わせてもらうよ」


 そう言ってヨクルはひとつひとつ丁寧な手つきでインベントリに仕舞い込んだ。

 ブツを渡してしまえば、さっさと出発するのがいい。それは理解しているけれど、やはり名残惜しいものがある。


「んー……雪国文化、もっとじっくり味わいたかったなぁ~」


「ははは、確かにちょっと慌ただしかったね。俺も君たちと出会ってからの日々がなんかもう非現実的過ぎてはやいことはやいこと」


 冗談めかして笑い話にしてくれたヨクルだが、この先のことを考えるとどうしても眉が寄ってしまう。


「ヨクルさんの場合はこれからの方が大変だと思います。なんか面倒を押し付けてしまってホント申し訳ない」


 ヨクルはこれから上司と会って、フロスティとルプスのことを相談する予定だ。フロスティの能力を見れば絶対に納得してもらえると思うし、ルプスがいればカナタのいうところのブラック化は避けられるはずだ。だが、どれも予測でしかなく、この場から離れるイエナたちにはできることは何もない。


「いやいや、あとは地元の人間が解決すべき問題だからね。ていうか、雪かるクンのお陰で既に大分改善されてるんだから。イエナさんはペチュン住民の腰の救世主だよ」


「腰の救世主」


「え、なんかもっちょいカッコいい言い方ないですかね?」


「2人とも若いからこの称号の有難みがわからないんだなぁ」


 一度にたくさん雪を運べて、しかも腰の負担が少ない雪かるクンシリーズはかなりの人気になっているらしい。実際、今後も定期的に売れることを見込んだアデム商会ペチュン店の店長は、イエナから仕様書を買い取っている。結構なお値段を提示されて目の玉が飛びでたのはナイショの話だ。固辞しようとしたのだが「会頭を呼んできた方が良いでしょうか」という言葉に驚き、受け取ったというオマケつきである。

 ヴァナの街で相当便宜を図ってもらったというのに、もし本当にペチュンまで呼ばれたら申し訳なさで雪に埋まりたくなること請け合いだ。


「名残惜しいですけれど、グズグズしてたら早起きの意味なくなっちゃいますね。行こうか、イエナ」


「あ、そっか。えっと、えっと……」


 これが最後になるかもしれない。

 そう思うと、やはり心残りはない方が絶対に良い。


「何か忘れ物でもあったかい?」


 ヨクルに心配そうに問われて、ちょっと申し訳ない気持ちがわく。が、やはりここは思い切った方がいいだろう。例え、呆れられたとしても。

 グッと勢いを付けて、ルプスの方へ向く。


「ルプス! 出発前にちょっとモフらせてください!!」


 ひゅるりーと、風の音が響いた。

 そんなことでモジモジしていたのか、という皆の心の声が聞こえてきそうである。だが、負けてはいけない戦いがそこにはあった。そういうことにしておこう。


「…………がう」


「えっあ、よかろー、だそうで」


 かなり渋々、といったルプスの鳴き声と、それを訳してくれたらしいフロスティとヨクル。フロスティは楽し気に周りで踊っている(?)のが救いだろうか。

 とりあえず許可が出たのでルプスに近づく。

 もしかしたら、満更でもないのかルプスの方からも近寄ってきてくれた。


「わぁ~~すごい、サラッサラ。お手入れとかしてないよね? すごーい! ああああ、時間があれば誠心誠意ブラッシングさせていただくのにぃ~~~」


 流石金持ちたちがこぞって手に入れたがるだけのことはある。サラサラの毛並みなのに吸いつくような手触り。そして何より見事な光沢と言えばよいのだろうか。輝かんばかりの色合いが素晴らしい。皆の前、かつ相手がルプスでなければ頬ずりしたいくらいである。

 何かの代用では絶対に出せない手触りに暫しうっとりする。


「イエナ、イエナ。その辺にしとけ。ルプスがドン引きしてる」


「ほぼ野生みたいなものだし、あまり触られるとストレス感じてハゲちゃうかも」


「えっそれはダメッ!!」


 ヨクルのハゲるというワードに反応して、イエナは文字通り飛びのいた。この素晴らしき手触りを損なうだなんて許されざる所業である。


「よし、じゃあ気を取り直して出発するか」


「お世話になりました。本当は酒の一杯でも奢らなきゃとは思うんだが、2人とも飲まないんだもんな」


「いえいえ、奢らなきゃは私たちの方ですし」


 飲める年齢ではあるのだが、酔うと口が軽くなる人もいるという知識はある。加えて、カナタは元の世界ではまだ飲んではいけない年齢なんだとか。なので、2人は酒は嗜まない。

 何より、これから苦労を掛けるヨクルには、やはりイエナが奢るべきだろう。カナタを元の世界へ送り届けたあと、今度は一人で同じ街を訪れる。そんな一人旅も、そう悪いモノではないはずだ。


「難しいとは思うけど、また来てくれると嬉しいよ」


「えぇ。機会があれば是非。それじゃあ、ルプスもフロスティも元気でね」


「お世話になりました」


「道中気を付けて。旅の安寧を祈ってるよ」


 それぞれ手を振って別れる。もっふぃーとゲンも手を振ることはできないけれど、その分短い尻尾をフリフリしていた。フロスティは、やっぱり楽し気に踊っている。そして――。


「アオーーーーン」


 ルプスのはなむけの声を背に、真っ白な中に微かに見える道を、モフモフたちは駆けていく。白く染まった世界にはそんな彼らの足跡だけが残されていた。イエナたちの姿が雪に紛れて完全に見えなくなったころ、ヨクルは声をあげる。


「さ、フロスティ、ルプス。俺たちも頑張ろうか。よろしくな」


 のちに、ペチュン自警団の「魔物使い部隊初代隊長」と呼ばれる男の物語は、ここから始まるのだった。

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