120.山の天気は変わりやすい

 ルプスがフロスティのお目付け役として、ヨクルに付いていくという申し出。これ自体はとても喜ばしいことだ。何せ魔物としてはこの周辺で類を見ないほど強く、かつ異世界人の事情もある程度理解してくれている。今後ペチュンの街で魔物使いに使役される魔物が増えたとしても、彼ならこちらの情報を漏らさぬように配慮した上で上手く統率してくれるだろう。

 だが、そこに至るまでの道のりが中々に大変なのだ。何しろ街の中に魔物を入れるという話になるのだから。

 見かけが可愛い雪だるま(美人さんな雪の精バージョンもある)なフロスティだけならまだしも、一目でこの辺りのボス魔物とわかるルプスをいきなり街に連れていけるはずがない。下手すれば街中がパニックだ。なので、四方八方いや十六方くらい丸く収める作戦を立てる必要がある。誰ぞ軍師を呼んできておくれ……いない!


「イエナ、ヨクルさん、このセンで行きましょう」


 カナタが真剣な表情でまとめた。

 時系列を書き出したり、言っていい情報とダメな情報を分けたり、考え得る住民の反応を予想したり。とにかく3人寄って絞り出せる限りの知恵を絞ったつもりだ。モンジュウの10匹くらいはまとめて捕まえたとしてもおかしくない……はず。

 以下、3人寄った知恵をまとめ上げたストーリーである。

 別名、自警団員ヨクルの報告書。

 主人公はヨクル。門番勤務に就いていた際に、訪れた旅人(イエナとカナタ)と知り合う。その後、何度かの邂逅を経て雪山への道案内を頼まれるも、勤務もあり辞退。しかしながら、彼らは「雪かるクン」シリーズを発案作製し、街に貢献した職人であることから要請を受諾。共に雪山に向かったが、予想以上の積雪に立往生。そこに銀狼(後にルプスという名が判明)が現れ、安全地帯まで導いてくれたため、無事避難することができた。ルプスが導いてくれた場所は過去に「雪女」と呼称されていた人物の住居だったらしく、魔物を使役する方法が書かれた手記が発見された。読後、手記はいきなり発火し燃え尽きてしまったが、ルプスの助力でスノースライムを使役することに成功。フロスティと名付け、その能力で無事街へ戻ることができたのだった。


「うん、違和感ない、と思う……多分」


「俺も異議なし。で、この魔物を使役する方法を悪用しないよう、ルプスが監視しつつ手を貸してくれるって感じだよね」


「そうです、そうです!」


「で、私たちは街の人に突っ込まれないようダッシュで出発する、でいいのよね? ヨクルさんに残り全部ぶん投げちゃって申し訳ない限りなんだけど……」


 どうあがいても、イエナたちがその場にいたら街の人たちからの追及は避けられまい。彼らにしてみれば、事実関係の確認は大事だろう。

 だが、それをされると此方は非常に困る。なので、ヨクルに後始末を任せて逃げるしかない。


「いや、それは俺がやるべき仕事だと思う。君たちにはめちゃくちゃお世話になっちゃったしね。任せてよ」


「「ありがとうございます」」


 絶対に大変なことになるのは目に見えているのに、任せてと言い切ってくれるヨクルに頭が上がらない。お礼を述べたところ、カナタとピッタリ重なった。


「あと、そんなに急いで出発しなくてもいいんじゃないかな。少なくとも焦って今日の夜から行動開始しなくてもいいでしょ」


「それはそうですね。夜の道は何が起こるかわからないですし」


「じゃあ、今晩はそのまま宿に泊まって、明日の朝に出発かな? ……朝に、ちらっとでも会うことはできますか?」


「会う時間は作れると思うけど……どうしたの?」


「スノースライム用の冷凍庫を量産しておきたいなって思って。お話がしやすいようにカーテンつきのやつ。あと、お約束した小型掃除機も作ってお渡ししたいなぁ、って」


 要するに、この一晩で冷凍庫いくつかと小型掃除機を作り上げると言っているわけである。こんなときでもブレないイエナの言葉に、ヨクルは苦笑を零した。


「冷凍庫はあると凄く有難いよ。でも、小型掃除機は無理しないでね」


「はい!」


「じゃあ、明日の朝、街の南門の外の方で待ち合わせってことで良いですか?」


「……もし良ければルプスも明日南門に来てくれないかな? フロスティと一緒に上司に紹介して、ついでに2匹ともすっごいってこと確認してもらおう!」


「あ、そうしてもらえたら私たちもルプスにお別れが言えますね」


「がう!」


「……なんて言ってるんですか?」


「えーっとよかろーって言ってるってフロスティが」


 ルプスが一鳴きして、冷凍庫の中のフロスティが訳して、ヨクルが伝えてくれる。既にもう連携がバッチリなようだ。


「じゃあ大まかにはこんな感じでいいかな。そろそろ街に戻ろうか」


「あぁ、そうだね。帰りは下りになるとは言っても、街までは結構あるからなぁ」


「えっ大変! 私たちはいいとして、ヨクルさん明日お仕事じゃない!」


「いやぁ~……俺はまぁ雪に慣れてるし……」


 相も変わらず人の善いことを言ってくるヨクルに、イエナとカナタは巻きを入れて帰る準備を進めたのだった。

 ルプスには明日の朝、街の南門で待ち合わせ、というザックリとしたお願いをしておく。とりあえずこの場所でやるべきことは完了だ。


「ミコトさんありがとうございました! 色々頂いてきます!」


「貰った情報活用しますね、ありがとうございました」


「ルプスが許してくれればたまに掃除しにきますね」


 三者三様にミコトに挨拶をして出ていく。

 帰りはもう道ができている状態なので、それぞれ騎乗して一気に街の近くまで走るつもりだったのだが。


「うわ、もうこんなに積もってる!?」


 いつの間にか外は吹き付ける雪で薄暗くなっており、踏み出した足がズボリと埋まる。慌てて引き抜くと、ブーツの形の足跡がクッキリとできた。フロスティが雪を食べて道を作ってくれてから、さほど時間は経っていないというのに。


「山の天気は変わりやすいから仕方ないよ」


「ひええ、雪国すごい」


 もっふぃーとゲンはルームに戻していたので無事だったが、トナカイは手近な木に繋げておいたので結構な雪を被って寒そうに待っていた。ヨクルは手慣れた様子で雪を払い除け、最後にポンポンと首を叩く。


「お待たせ。さぁ急ごうか」


 当たり前のように跨ったヨクルも、何事もなかったかのように乗せたトナカイも、イエナの目には何かの魔法みたいに映った。まさに雪国マジック。

 もしも、万が一億が一、とんでもない間違いでもっふぃーたちを雪まみれにしてしまったとしたら、と考える。


(ジャンピング土下座からの平謝りで、一日中ブラッシングした上に、一ヶ月は一番好きな果物をお供えするわね。もっふぃーはある程度したらご機嫌になってくれるだろうけれど、ゲンちゃんはすっごい怒りそう……)


 もっともゲンが同じ目に遭ったら、トナカイのように大人しく待ってることはなさそうだが。

 けれど、ヨクルにとってもトナカイにとっても、この程度はごく普通の出来事なんだろう、きっと。

 所変われば品変わる、ではないけれど、自分が常識だと思っていたことが、その土地によっては全く違うことがあるのかもしれない。


(慌ただしくなっちゃったけど、もしかしたらこれが銀世界の見納めになるかも)


 そう考えると、なんとなく目に焼き付けたくなって後ろを振り返る。吹きすさぶ風に舞い踊る雪。山稜はもはや霞んで見えない。白ですらない、灰色の世界。それでも。

 後ろを振り返りすぎて、騎乗バランスが崩れてしまった。が、賢くて可愛いもっふぃーは少しも動じることなく駆け抜けてくれたのだった。

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