8.『ルーム』の中
慣れない悪路に戦闘にと続いて疲れていたとは言え、見知らぬ男と見知らぬ場所で寝入ってしまうのはハッキリ言ってだめだ、アウトもいいところである。だが、やってしまったものは仕方がない。
未だにぐっすりと眠っているカナタを横目に見る。声の印象通り、だいたい同年代の男の子。このあたりでは珍しい黒髪の持ち主で、顔立ちは結構整っていると言えるかもしれない。
カナタはまだ目覚めそうにないので、今度は周囲の様子を観察する。
ここは、イエナが「ルーム」と唱えたところ出てきた扉の向こう側だ。この場所、この空間は安全であり、イエナが好きにしていいのだという確信があった。カナタの言ったことを信じるまでもなく、そういうものだと何故か腑に落ちている。
落ち着いた木目の部屋で、窓はない。広さは今イエナが借りている部屋が最低四つは入るくらい。もしかしたらもっと大きいかもしれない。光源が何かはわからないが、今から刺繡をしても困らない程度に視界は明るい。カナタと出会った時点で外は真っ暗だったのに。
他には外に繋がっている扉と、もう一つ地味な扉があった。恐る恐る扉を開けてみると、中はお手洗いだった。住もうと思えばギリギリ住める造りであるらしい。
「ん……うわ、ガチ寝した。ごめん、マジ眠かったんだ。寝かせてくれてありがとう」
音をたてないように部屋を隅々まで見るのも飽きた頃、ようやくカナタが目を覚ました。あちこち薄汚れてはいるが、少なくとも大きな怪我はしていないように見える。
起きてすぐ状況を把握したらしい彼は、思い切り頭を下げてきた。
「いえ……。でも、状況を説明してもらえませんか?」
「それはもう! いきなりでワケわかんなかったよな。本当に申し訳ない。……ただ、説明がだいぶトッピな話になるんだけど」
「えーと、とりあえず聞いてから考えますね。まず何故あなたは私のジョブを知ってるんですか?」
「えっ、そこからか。えーと……この世界って転生って言葉ある?」
転生者、というのがこの世界のどこかにいるらしいというのはイエナも聞いたことがある。
この世界とは別の世界に生きていた人、らしい。
どういう理由からかこの世界にやってきて、前の世界の知識を活かしてとんでもない偉業を達成したとか、逆に思いもつかない手法で悪行の限りを尽くしたとか。随分と極端な説を聞いたことはある。真偽のほどはイエナにはわからない。どちらにせよ遠い世界の話だと思っていた。
ということを説明すると、カナタは頭痛を堪えるような顔をした。
「あーうん、そういう扱いなわけね。オッケー。とりあえず、人が好さそうなイエナさんのことを信じて教えると、俺がその転生者ってやつです」
露骨に胡散臭い。
しかし、一目見てイエナをハウジンガーだと見抜き、しかもイエナ自身も知らなかったこのルームという場所のことも知っていたのだ。別の世界の知識のおかげというのであればわからなくはない。
それに、髪の色もそうだが真っ直ぐ見返してくる瞳の色も見慣れない黒色。
もしかして、という気にさせられた。もちろん容姿に関しては無遠慮に触れるつもりはないが。
「とても胡散臭いですが、名乗ってないのに名前まで知ってることを考えると信憑性がちょっと上がりますね」
「良かった……! ちなみに他言無用でお願いします。今聞いた限りだと転生者の扱いあまりよくなさそうなんで。で、何故名前とかジョブとかがわかったかというと、単純にこの世界にそういうシステムがあるのを知っているからってことになると思う。例えばなんだけど……イエナさんちょっと「ステータス」って言ってみて?」
「え? ステータス?」
なんだそれは、と思わなくもない。が、この部屋が現れたのも「ルーム」と口に出したからだ。恐らく魔法使いが使う呪文みたいなものなのだろう。促された通り口に出す。
すると、目の前に半透明の枠と、その中にびっしりと文字が書かれていた。その内容はイエナに関すること。ジョブや性別だけではなく、何やらグラフのようなものまである。書かれている文字の大半は読めるが、意味はわからない。
「えっ、なにこれ!?」
「色々見えましたよね? じゃあそれを踏まえて俺のことも調べてみてください。多分もう口に出さなくても情報を得ようとしたらできるはずです」
「……なるほど、見えました」
目の前の半透明な枠に彼の名前とよくわからない数字。そして「ギャンブラー」の文字が見えた。脳内にズークのことがチラチラしたが、今は放り投げる。それどころではない。
「そんな感じで、人の情報が見えるってことを俺は知っていたわけです。……ところでごめん。敬語じゃなくても大丈夫? すっごくしゃべりづらい」
「え? えぇ、まぁ。じゃあ私も楽に話させてもらうわ」
「めっちゃ助かる。ありがと。で、このルームのことなんだけど、これはハウジンガー固有のスキルなんだ。いつでもどこでも家…ってーか、この部屋が出せる。部屋の中にはパーティ組んでるとかの家主が招いた人しか入れないし、この中では戦闘行為もできない。だからめちゃくちゃ安全ってワケ。俺、三日間くらいほぼ不眠で歩いてたからすごく助かった」
「三日間も!? だから限界ギリギリっぽかったのね。私も実は途方に暮れていたところだったんで助かったわ」
暗い森の中を、良く見えない川を頼りに歩くしかなかったため、この出会いにはイエナもかなり助けられた。
そして、一つのことに思い至る。
「……いつでもどこでもこの部屋が出せるって、ものすごく便利?」
「そう! そうなんだよ。ゲームのときはさぁ、エンジョイ勢御用達としか思ってなかったんだよ、俺も。でも実際の生活ってなるとハウジンガーマジチートじゃん。安心して眠れることのありがたみを痛感したわ」
ぽそりと呟いたイエナの声を拾ったカナタが突然饒舌になる。だが、その単語の意味がわからない。
「エンジョイゼイゴヨー……なに? マジチートってなに?」
「あ、ごめん。テンション上がった。待って。えーと。とりあえずイエナの言う通り、実生活においてどこでも部屋が出せるハウジンガーはめちゃくちゃ便利だと思う。ここで寝るだけじゃなく、倉庫みたく使ったりできるわけだからさ。あ、そうそう。ここに荷物置いたら、置いた状態のまま保存されるから安心していいよ」
「え、じゃあここで試作し放題? それは嬉しいかも」
持ち歩ける工房のようなものだろうか。広さは十分あるので素材置き場としても便利だ。
「ハウジンガーはやっぱモノ作ってレベル上げるのが一番だからそれがいいと思うよ」
「レベル……って何?」
「えっそれも!? 待って。俺の知ってる情報と、この世界の常識がめちゃかけ離れてる可能性ある。ちょっと詳しく話聞かせてもらっていい?」
イエナも色々と驚いているが、カナタも驚きつつ頭を抱えている。
とりあえず、お互いの常識を擦り合わせるために二人は話し合いを始めるのだった。
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