9.カタツムリ、覚醒!

 あれから、カナタと懸命に情報を擦り合わせた。結果、理解できたのは、転生者というのは常識はずれな存在なのだということだ。


(よくわからない単語も多いけど、少なくとも嘘を言われているような感じはないものね……)


 まず、カナタが言うには、この世界はカナタの世界で創られたゲームというカソーセカイとやらの一つらしい。カナタはこのゲームをやり込んでいて、だいたいのシステムはわかっているとのことだった。

 が、なんのことやらさっぱりなのでここは置いておく。とりあえず、わからないことはカナタに聞くと高確率で教えてもらえるようだ。理解できるかは別として。

 そして、ハウジンガーについて。

 ハウジンガーは全てのクラフタージョブが作るレシピを網羅できるジョブらしい。ただし、全てを満遍なく作れるが故に成長スピードは遅いそうだ。いわゆる、大器晩成型。


「大器晩成って言われても……。こんなに成長が遅いんじゃ成功するまえに寿命で死ぬんじゃ……」


 ただ、納得出来る部分はある。どんな製作をしても不得意と思ったことはなかった。それはかなり珍しいと両親や元師匠から聞いている。

 それでも、この成長の遅さは致命的ではないだろうか。


「それなんだけどさ。イエナってレベルのこと知らなかったろ? ってことは多分、ステータス配分もしてないんじゃないかって思うんだけど……」


「ステータスハイブン?」


 またもよくわからない言葉が出てきて、そのまま復唱する。

 こういったやりとりはこの短い時間でもゆうに両の指の数を超えていた。


「だよなぁ……。えっと、この世界にはジョブがある。そしてそのジョブにはレベルって概念があるんだ。レベル1だと駆け出しで、レベルの数字が増えるにつれて練度が上がっていく。自分のステータス見たときに、ジョブの横に数字あっただろ?」


「あー、そういえば……」


 半透明の枠が出たときに、確かに自分の名前やジョブのほかにたくさんの文字があった。意味は一つもわからなかったけれど。もう一度、ステータスと呟いて確認すると、確かにハウジンガーというジョブの横に数字が書いてあった。


「ハウジンガー23……ってことは、レベル23、かな?」


「マジ? レベルすごい上がってんじゃん。でもステータスはふってないんだよな?」


「ステータスってこの枠を可視化する呪文じゃないの?」


「違う違う。イエナはこの枠の存在を認知したから、見たいと思ったらもう言葉にしなくてもすぐ確認できるはずだ。で、ステータスっていうのは簡単に言うと、その人の得意不得意を数字化したものって解釈すればいいかな。例えばイエナはハウジンガーだから、器用さにあたるDEXってステータスが他よりも高いと思うんだけど」


「あ、確かに。他よりも数字がかなり上だわ」


「その横にプラスとかマイナスのマークないかな?あ、まだ触ったり念じたりしない方がいい。パーティ組んだ時みたく確認されるとは思うけど、間違ったステ振りはキャラデリの元だから」


「キャラデリ?」


「えーと、一回こっきりでやり直しがきかないやつ」


「わかった。とりあえず放置ね」


 やり直しができないと聞いて思わず体がこわばった。

 カナタが言うには、レベルを上げると現在の数字に上乗せするためのポイントがたまるそうだ。解説をしてもらいながらゆっくりと理解していく。この場に紙とペンがあれば図解付きのもっとわかりやすい説明になったかもしれないが、あいにく手持ちにそんなものはなかった。街に帰ったらとりあえず買っておこう。

 言葉だけのやりとりなので理解に時間はかかったが、大枠はなんとなくわかった。


「つまり、この仕組みを知らない私たちは、ポイントの恩恵を全く受けない状態で勝負してたってことなのね」


「だろうなぁ。やけにNPCが弱っちい理由が俺もやっとわかったよ」


 カナタの話を聞いている途中から、胸がドキドキした。

 今まで届かないと思っていた両親や元師匠。その人たちと同じ域にいけるかもしれない。いや、このままレベルを上げていけば追い越すこともできるかもしれないのだ。


「じゃあ、私は思い切り器用さをあげれば……」


 ワクワクしながら半透明の枠を見つめる。

 カナタが教えてくれたポイントとやらは今79と出ていた。それが多いのか少ないのか、イエナには判断ができない。それでもあの人たちに追いつけるかもしれないという期待で、思わずポイントをいじりそうになる。

 それをカナタが大慌てで止めた。


「ポイントをいじるのはちょっと待った方がいい。目的に応じた最適なポイントの割り振りってのがあるんだよ。イエナって何がしたいとか、ある?」


「それは、目標とかってこと?」


 言われてはた、と思い返す。

 今改めて問われると目標らしい目標はない。ただ、やり直しができないポイントの割り振りを、この場の勢いでやってしまうのは確かにもったいないことのように思えた。


「目標とかは、今はないかも。でも、この部屋が好きに使えるんなら色々やってみたいな。思いついたアイディアを片っ端から試作したり。あと旅もしてみたい。だって野宿しなくていいし、危なくなったらいつでも逃げ込めるわけじゃない? まるで無敵の殻を背負ったカタツムリよね!」


 女の一人旅は危険がつきものだ。

 だが、ルームがあればその危険はグンと低くなるだろう。何度も何度もハウジンガーという未知のジョブに恨み言を吐きたくなったものだが、今はゲンキンなことにお礼を言いたい気持ちでいっぱいだ。これを教えてくれたカナタにも少しはお礼をしなければバチがあたるかもしれない――なんてことを考えていると。


「……カタツムリってこっちにもいるの?」


「普通にいるわよ? マイマイツムリの殻とか良い防具素材になるって聞いたことあるし、パールツムリンの殻は彫金師的には一度触ってみたいわよね。あれの魔物じゃないやつのことでしょ? そっちの世界にはそんなにいないの?」


「いや、いるけど……その、あんまり気持ちの良いもんじゃないし……嫌じゃないのかなって…」


 心持ち首を竦めながら答えてくるカナタは、もしかするとあのクネクネした生き物が苦手なのかもしれない。もちろんイエナだって好きではない、けれど。


「そりゃ好きなわけじゃないわよ? でも素材集めに行けばそんなのゴロゴロしてるような所、いくらでもあるし。それに……こっちには「カタツムリの歩み」って言葉があるんだよね。ノロくても頑張ればいつかは、って。ワタシ的には親近感湧いちゃうかも」


 工房に弟子入りして以来、何度となく心の中で唱えた言葉。

 いつの間にか唱えることも忘れてしまっていたけれど、もしかしたら。


「……そっか。うん、そうだよな。なんでもやってみる前に諦めちゃだめだよな……」


「え? あ、うん……多分」


 イエナ的にはちょっとばかり盛り上がっていたのだが、どうやらカナタはなんだかズレた方向に邁進していたらしい。


「ごめん、この流れでちょっとお願いがあるんだけど……」


「なんでも、は無理だけど、ルームのことを教えてくれたのはカナタだし、できる範囲であれば」


 お礼をしなければ、とは思ったものの、カナタの方から何やら歯切れ悪くお願いがあると言われるとなんとなく警戒してしまう。

 言葉を選んでいるらしく、カナタはずっとあーうーと唸っている。そんなに頼みづらいことなのか。目の前でそんなに困られると、どんな無理難題なのかとこちらも身構えてしまうではないか。

 短くはない時間、カナタの言葉を待つ。

 そしてカナタは意を決したように、イエナに向けて頭を下げた。


「暫くパーティを組んで、一緒に旅をしてほしい」

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