7.森での出会い


 慌てて物音のした方向とは逆に走り出す。

 だが、慌てたのが悪かった。


「きゃあっ!」


 元々足場が悪い。そして、視界も悪い。そして平常心ではないままに走り出してしまえば転ぶのは当然のことだった。

 大きな音と悲鳴を上げてしまう。

 もうだめだ。襲われる。殺される。命の危険を予測して、体の芯が冷えていった。


「!? だれか、いるのか!?」


「え……?」


 すぐさま獰猛な魔物が追いかけてくるかと思いきや、予想に反して聞こえてきたのは人間の声だった。

 ガサガサと草を踏みしめる音が近づいてくる。何故この暗闇の中で迷い無くこちらに歩いてこれるのか、と疑問に思ったがそれよりも更に驚くべき言葉が相手から飛び出してきた。


「えっ!? ハウジンガー!? マジ!?」


「へ?」


 何故、初対面でジョブを言い当てられなければならないのか。プライバシーはないのか。そもそも、何故この暗闇の中で見えるのか。こちらを見ただけでジョブがわかったのか。人語を話す魔物はいただろうか。

 頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだ。

 ついでに言えば、ハウジンガーというジョブはイエナのコンプレックスそのものだ。そのジョブのせいで起きた嫌な出来事は数知れない。

 既に目の前の人物の心象はかなり悪いモノとなっていた。だが、相手はそんなイエナの様子などお構いなしに続けてくる。


「お願いします! なんでもするんでルームで休ませて下さい!」


 更なる意味不明な発言。

 なんだ、ルームとは。というか、いいのか、なんでもするなんて言って。イエナが悪人だったらどうするのだろうか。

 ただ、声からすると相手は自分とあまり大差ない年齢の男の子で、相当切羽詰まった状況なのが伺えた。演技ではないかと疑ってかかるべきかも知れないが、そんな芸達者がこんな時分に森の中でウロウロしているとも思えない。

 もしかして同じくらい冒険慣れしていない初心者かと思えば、なんとはなしに共感と同情が生まれた。


「ええと……ごめんなさい。ルームってなんですか?」


 だからこそ、頼まれた意味すらわからないのが心苦しい。


「えっそこから!? あ、いや、そうか。ハウジンガーって課金ジョブだし、もしかしてあまりいない!? っていうか知られてないのか?」


「あの……?」


「え? あ、ゴメン。ええと……どこから話せばいいんだ? まずパーティの組み方はわかります? いや、俺から申請すればいいか」


 彼が言うが早いか、イエナの頭の中に「カナタのパーティに入りますか?」という言葉が浮かんだ。


「何!? 怖い、何!?」


「だ、だいじょうぶ! 怖くない! 怖くないから! 俺と一時的にパーティを組むだけです。すぐ解消できますから。ええと、俺はカナタ。駆け出しの冒険者してます。これ冒険者登録時に貰ったカード。怪しい者じゃないです!」


「は、はぁ」


 カナタと名乗ってきた彼は冒険者カードを提示してきたらしいが、この闇の中では確認できるはずもない。けれどその勢いに押されてパーティの勧誘を承諾する。


「で、次はルームって……とりあえず口に出してもらえます?」


「ルーム? えっ、うわっなにこれ!」


 言われた通りにルームと口に出すと、イエナの目の前に扉が現れた。暗闇の中何故かぼんやり光る扉、あまりにも怖い。

 だが、カナタと名乗った人物は一気にテンションが上がっている。


「ありがとう! 本当にありがとう! この出会いに感謝を! 中入ってもいいですよね!? ね?」


 許可を取っている風ではあるが、圧が強い。

 どうやらこの扉を開けられるのはイエナだけのようだ。イエナが招かなければカナタは入れないし、追い出そうと思えば簡単に追い出せる。そういったことが、感覚的にわかった。

 それならば、と頷いて扉を開ける。


「……部屋?」


 扉の向こうはかなり広い部屋だった。しかも、隅々まで明るい。暗闇に慣れた目には痛いくらいだ。

 森の中に突如現れた、今イエナが住んでいる部屋が四つは入りそうな部屋に繋がる扉。


「どうなってるの……?」


「ごめん、疑問はあとでできる限り答えるから。だからほんとごめん。寝かせて……」


 言うが早いか、カナタはフラフラと扉の向こうに入り込むと、そのまま中へ転がった。


「ええっ!?」


「ドア、閉めたらもう魔物とか他の人も入って来れないから……。安全だから。ごめん。ほんとごめん、寝かせて……」


 カナタの唐突な行動には驚いたが、イエナとしても真っ暗な森の中よりは多少得体が知れなくても明るい部屋の方がいい。『安全』という言葉も魅力的だ。

 恐る恐る中に入って扉を閉めると、それまで聞こえていた木々が擦れる音も、川のせせらぎも聞こえなくなった。

 恐ろしい程の無音の中、カナタの寝息だけが現実感を醸し出していた。

 なお、疲れ切っていたイエナも、ついついうたた寝してしまったのはココだけの話である。

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