6.森での採集

「聞いてない。この悪路は聞いてないよ少年!」


 イエナは冒険者の足を甘く見ていたようだ。

 今現在、イエナは森の中にいる。といっても街から徒歩で3時間程度のところだ。しかし、今までずっと街暮らしだった身に、森歩きは辛いものがあった。

 確かに日帰りは可能な範囲ではある。ではあるのだが、既に冒険者としての経験を積んだ彼と全くのド素人である自分を同列に考えてはいけなかった。

 勿論森の中に入るのだから、動きやすい服装では来たし、途中で食料の補給はできないからとインベントリに軽食を詰め込んできた。それでも、やはり街の外を甘く見ていた感は否めない。


「悪路にこんなに体力とられるだなんて思ってなかったよ……」


 川を目印に進んできたのだが、少し街を離れるとそれはもう道ではなくなっていた。ゴロンゴロンと大きな岩があり、その隙間に小さな石が入り込んでいる。体重のかけ方を間違うと足をくじきかねない。日陰は軽くぬかるんでおり、これまた滑る。

 そして足下ばかりに注意を向けていると突然現れるスライム。この場合、全魔物中最弱と言われるスライムで良かったと思うべきだろうか。護身用に持っていた杖でなんとか撃退するも、その間に二回転んだ。正直スライムにつけられた傷よりもそちらの方が痛い。

 そんなこんなで目的地に辿り着いた頃、イエナは既にヘトヘトになっていた。


「無理。ちょっと休憩。まずは休憩」


 疲れた体に鞭打って、見晴らしの良い場所を探す。休憩をとっている最中に魔物に不意打ちをしかけられてはたまらない。

 幸い、少しだけ高くなっている丘にちょうどよく休憩できそうな場所を見つけたのでそこに腰を下ろす。日当たりも良好な場所のようで、地面は湿っていなかった。数日お天気がよかったことも幸いしたのだろう。


「……で、ここから採集して、同じ道帰るって?」


 持ってきた軽食を食べながら冷静になる。来る途中まではあの赤い石のことを考えてウキウキしていたが、現実を見て一気に憂鬱になった。

 ちなみに本日の軽食は自作のサンドイッチだ。インベントリ圧迫を防ぐために材料を使い切るまで作った。そのせいで一人分にしてはかなり多い。とはいえ、インベントリ内では腐ることもなければ熱いモノが冷めるということもない。多くてもいつかは食べきれるだろう。ただし、味に飽きた場合はどうしようもないが。

 問題は食事ではなく、帰りだ。

 現時点で悪路で負担をかけまくったふくらはぎはパンパン、足の裏も痛い。今までの生活は上半身ばかり使っていたのだなと痛感する。ただ、痛感したところで現状は変わらない。

 イエナは今から赤い石をできる限り採集して、歩いてきた道を帰らなければならないのだ。


「えっ……無理では?」


 もうすぐお日様は天辺へ到達する頃合い。日が暮れる前に街に辿り着きたいので採集にかけられる時間も自ずと決まってしまう。

 だがその前に、今現在残っている体力がやばい。今すぐ回れ右して帰れば無事に家まで辿り着けるだろうが、それではなんのためにここまで来たのか。


「もー! やるかぁ!」


 食べかけだったサンドイッチを一気に頬張り、立ち上がる。今日来たことを無駄にしないためにはさっさと作業に取り組んだ方が良い。帰りの体力も考慮して1時間と区切って作業すればなんとかなるはずだ。

 幸い、少年に騙されたということはなく、目を凝らさなくてもあちこちに赤い石があることが確認できた。あとは掘り出して、インベントリに放り込むだけ。原石からとりだす作業は家ですればいい。これでも彫金の見習いをしてきたのだから、石を磨く作業くらいならお手の物だ。

 大急ぎで赤い石を探す。稀に出てくるスライムをなんとか撃退し、何度も足を滑らせかけては踏みとどまる。というのを繰り返しながら


「あっこれも綺麗! お? これも使えそうかも……」


 こんな感じに満足いくまで採集を続けたところ、いつの間にか太陽はその色をオレンジに変えていた。

 当初予定していた一時間などとうに超えている。


「集中、しすぎた。どおりで手元見えづらい……急がなきゃ」


 川沿いを辿れば迷うことはない。しかしながら、太陽が沈んでしまえば足下の確認が困難になる。というか、既に足下をじっくり見ても木々が太陽を遮ってわかりづらい。そしてその太陽も、徐々に地平の向こうへと姿を消していった。


「やばい、やばい」


 森で夜を迎える想定など全くしていなかったため、ランタンなどは持っていない。例え持ってきていたとしても、手元の小さな灯りでは役に立ったかどうか。

 街の夜と森の夜はまるで別次元だった。街はなんだかんだいっても家や店から灯がもれて、巡回する警邏の人が持つ灯がある。大通りであれば魔法石を使った街灯だってあった。

 それに対して森には何一つない。月が出ている時刻だろうから少しは明るいのかもしれないが、木々が遮ってしまいほとんど届かない。

 つまり、ザ・真っ暗闇。

 しかも、気を抜けばパニックになりそうなほどの。

 考えていたよりもずっと早く陽は沈み、あっという間に夜の帳が下りた。


「あっ……いったぁ……」


 もう何度目になるだろうか。何かに足を取られて転んでしまった。護身用の杖で足下をつつきながら歩いているため、スライムに襲われたというわけではないはずだ。それでも痛いことには変わりは無い。

 じわりと涙が滲む。痛さと、心細さとで。

 ここでうずくまってしまいたいけれど、それではなにも解決しない。それどころか確実に状況が悪化する。

 ぐい、と目元を擦りながら己を鼓舞して立ち上がる。

 そこで、聞いてしまった。


 ガサリ、ガサリ、という不自然に草が揺れる音を。


 喉元からせり上がりそうな悲鳴をなんとか押しとどめて、周囲に目を凝らす。木々の隙間から頼りない月明かりが僅かに漏れているだけで、様子などさっぱりわからない。けれど、耳を澄ませると、先程と同じテンポで草が揺れる音がした。

 ゴブリンやコボルトの様な二足歩行をする魔物が迫ってきていることを思わず想像してしまう。


(逃げなきゃ!!)


 咄嗟の判断の元、イエナは音がした方向とは逆に走り出した。


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