5.市場調査
大家さんが帰ってからずっとイエナは試作に耽っていた。それも一昼夜ぶっ通しで。
「……やらかしちゃったなぁ」
床に倒れこみながらイエナは一人ごちた。あまりの楽しさに試作の最中は気付かなかったが、一段落した途端肩も腰も目も限界を訴えてきたのだ。
今までは見習いとしての仕事やズークの世話があったせいでこんなにも一つのことに熱中する時間はとれなかったのだ。今回は知らず知らずに溜まっていた鬱憤を晴らすように没頭してしまった。その結果が防御中のマルマルマジロ状態というのは少々情けないものである。
だが、徹夜の甲斐あって、注文された品は既にだいたい形になっていた。頑丈さを試すために何度も飛び乗ったり、インベントリから重そうな道具を取り出してあちこち載せてみたがビクともしなかった。ひとまず耐久度テストは合格だろう。
「重力魔法があったら耐久度テストに便利よね……。いつか身に着けられたらステキなんだけど」
世の中には重力を操る魔法というものがある。ただこの魔法は相当レアで、王宮魔術師でも使いこなせる者はほとんどいないと言われていた。
確かに使い勝手を考えると、飲み水を自在に出せる水魔法や日常生活に欠かせない火魔法の方が余程有用だ。自然、研究が進むのも頷ける。
ただ、今後冒険者として旅をするのであれば、見てみたいスキルの一つである。
なんとかマルマルマジロ状態から回復すると、今度はさっきまで存在を欠片も感じさせていなかった睡魔が襲ってきた。散らかした部屋を片付けることもせず、ベッドに倒れ込んで満足するまで眠ったのが恐らく明け方。スッキリと目が覚めたころにはお日様はとうに天辺を通り越して傾きはじめていた。ぐぅとお腹が鳴ったのを切っ掛けに、今は買い出しと同時に市場調査に来ている。
屋台で買った甘くないクレープをさくっと胃に収める。少し生地は厚め、野菜と濃い目の味付けで焼いた肉がたっぷり入ったシロモノで、ぺこぺこなお腹にはとても嬉しかった。試作で食事を忘れていた身に沁みる美味しさである。
軽く腹ごなしして、ざっと店のある大通りを歩いてみることにしたのだが、これが結構面白い。と、同時に大いに反省した。自分はなんて世間知らずだったのかと。まだチラリと値段設定を見ただけだが、それでも軽いため息が出た。
今までいかに市場から遠ざかっていたのかがわかる。
(大家さんの言ってた通りね。あそこで大銅貨三枚で売られているやつなら私でも多分作れるはず。あっちのローブも同じ形であれば作れそう。何か付与されているなら別だけど、冒険者向けのお店ではなさそうだし)
大銅貨は一枚でお店で定食を食べられるくらいの値段だ。ただし、お酒は別料金。ちなみに先程食べたクレープは小銅貨三枚。小銅貨一枚で何も味がついていない丸パンが一つ買えるくらいである。
(ざっと見たところ、私の腕でも原価を抑えれば日銭くらいは稼げそうね。問題は作った物がいつ売れるかってコトなんだけど……)
原価を抑えるには店で売っている素材を買うよりも、街の外で採集した方がいい。ただし、魔物に遭遇する危険性はある。護衛を雇えば安全ではあるが、それだと店で買った方が安上がりになるかもしれない。悩ましいところだ。
森の奥深くまで入らなければ、一般人でも倒せるスライム程度の魔物しか出てこない、とは言われている。実際弱い魔物は警戒心も薄いのか、街道まで出てきて馬車に跳ね飛ばされたりもしているほどだ。
ただ、不安なのは万が一のこと。森の奥から凶暴なリトルベアなんぞが出てきた日には、イエナは美味しく餌にされてしまうだろう。
(流石に無謀よね。依頼品のためにうっかり死ぬとか死んでも死にきれないし……その場合はもう死んでるんだけどゾンビとかになりそう)
きちんと依頼をこなせば、隣町まで乗合馬車で行くのは余裕になるくらいの後金も貰えることになっている。そして依頼された品はほぼ完成と言って良い状態にまでもってきた。だから、無理をして行くことはないのだ。本来であれば。
そのイエナの気持ちが揺らいだのは、裏通りに入ったときのこと。
ここでは冒険者たちが許可を得て露店を開いている場所だ。といってもイエナも初めてここを訪れたのだが。
「あ、これ……」
そして、見つけてしまったのだ。注文されたテーブルにピッタリの飾り石を。コロンと丸みを帯びたフォルムで、所々に赤い色彩があった。
ただ、買うにしても量が足りない。万が一の失敗を考えたら余分に数個は欲しい。
「あの、この石なんですけど、これで全部ですか?」
売主はイエナよりも年下っぽい少年だ。恐らくジョブを貰ってすぐに冒険者になったのだろう。夢に向かって頑張っている少年は、なんというか応援したくなる。
「そうだぜ。キレイだろ?もっと欲しかったのか?」
「えぇ。できればもっと欲しかったんですが……」
「ふぅん…。じゃあさ、これ全部まとめ買いしてくれたら入手した場所教えてやってもいいぜ」
「場所、ということはこちらは魔物からのドロップ品ではないのですね」
冒険者が露店を出すのはすぐに金が欲しい場合だと聞いている。なので、こうして値段を交渉したり、付加価値をつけてくることも可能だ。
逆に急いでいなければ適当な値をつけて冒険者ギルドに預ける制度を利用する。多少の手数料はとられるが、その分時間が自由になるため他の依頼をこなすことができるからだ。
「そういうこと。どうする?」
「私は冒険者ではありませんし、雇うことも難しいんですよね。私の様な一般人でも採りに行ける場所かどうかだけ先に教えて貰えませんか?」
情報ごと購入したとしても、イエナが行けないような人里離れた場所であれば意味がない。買う前にここまで尋ねるのはルール違反かと一瞬考えた。けれど理想的な素材を前にしてそれは諦める理由にはならなかった。
「ねーちゃんちゃっかりしてるなぁ。アンタの足でも行ける場所だって保証してやるよ。でもその代わりここまできて冷やかしでした、はナシだぜ」
「そこまで保証してくれるのであればそんなことは言いませんよ。じゃあ、交渉成立ってことで」
少年は気を悪くした風もなく、笑いながら場所を教えてくれた。
この街の北に流れる川がちょうど枝分かれをする場所。その川べりをよく調べてみると綺麗な石が採取できるそうだ。これはその中の一種類らしい。
有益な情報をくれた少年に提示された金額より少し多めにお金を渡す。
(この石、特に加工もされていないはずなのに丸みを帯びてるのは、川で流されてきたからなのね。ということは上流には原石もあるかもしれない? もっと大きいのがあるのかも。この赤い石を取り出して縁にちりばめても素敵かも……うわぁ、夢が広がる~!)
つい先程までは無謀だからやめようと思っていたはずのイエナだが、すっかり行く気になっているのだった。
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