4.意外と通用する技術

「家具付の部屋を貸すって発想がなかったからねぇ。こういうのもアリかもしれん。統一性なんかはイマイチだが、丈夫そうだし次に借りる人が要らないと言えば売れば良い。なんならうちにもうちょっと凝った装飾で作ってくれないか?」


 上機嫌に話すのは大家さんだ。

 優しげな栗色の瞳を柔らかく細めて部屋の家具を見てはウンウンと頷いている。

 今月末で退去するという話のついでに家具を置いていきたい。出来れば買い取ってくれると嬉しいと正直に話したところ、実際に家具を見に来てくれたのだ。

 表情を見る限り、かなり好感触である。


「凝った装飾、ですか?」


 大家さんが特に気に入ったように見ていたのは飾り棚だ。家に置いてある家具の中でも最近作ったそれは、イエナの遊び心が満載だった。

 彫金の手慣らしで使ったアクセサリー細工の部品が勿体なかったので、棚を飾るのに使ったのが最初。気付けば彫金師の弟子として得た技術を、木工にも転用できないかと考えてあちこちに装飾を付け足した。この部屋の統一感のなさの一番の原因は、無駄に豪華になってしまったコレにある。

 だが、その豪華さが大家さんの目を引いたようだ。なんでも大家さんは近々家の模様替えを考えているらしい。


「あぁ。貴族御用達みたいなところに頼むと順番待ちだし、かといって既製品ですますのもなぁと思っていたところだったんだ。お願いできるなら報酬ははずむよ」


 詳しく聞いてみると、大家さんは大分家具のイメージが固まっているようだった。その場でメモをとりながら、更にイメージを膨らませる。中には強度的にちょっと不可能というものもあったので却下したが概ね注文通りのものは作れそうだ。あとは素材との相談になるだろう。

 話を聞いた結果、使い勝手を重視しつつも豪華に見える椅子とテーブルのセット。それから出し入れのしやすいサイドテーブルを作ることになった。

 意外と大がかりな仕事になりそうだが、この街の最後に大家さんに恩返しというのも悪くない。今の自分が持てる技術を駆使して豪華な家具一式を作ってみようではないか。とはいえ豪華にするにしても、素材はこの辺りで入手できるものに限られてしまうけれど。それが少々歯がゆかった。


「じゃあ今言ったイメージで進めてみますね」


「あぁ頼むよ。支払いは出来を見てになるが……それではフェアではないな。先にお金を置いていこうか。今部屋にある家具を買い取る代金と、これから作って貰う家具の先払い分だ」


「えっ、こんなに? いいんですか?」


 渡された額はそれなりのものだった。今までイエナが貯めていた金額の四分の一くらいにはなる。原価を考えるとあまりにも暴利なように思えて困惑を隠しきれずにいると、大家さんは困ったような表情になった。


「仕事には正当な報酬を支払わなければならないだろう? それと……コレは余計なお節介かもしれないが、君はもう少し市場も調査した方がいい。今君が出来る仕事と同等程度のものに、どのくらいの値段がついているか。まぁそれを知ってしまうと私に買いたたかれたと思うかもしれんがね」


 ははは、と大家さんは茶目っ気たっぷりに笑う。


「もし買いたたかれていたとしてもそれは勉強料ですよ。というより、今までそういった勉強をしてこなかったので教えて貰えてよかったです」


 今まで、いや、今でも自分はどうあがいても半人前という気がしている。そのせいでその道のプロが作った作品をあまり見ない様にしていたのは事実だった。特に値段については見てしまうと余計な嫉妬心が湧き上がりそうで怖かったのだ。

 しかし、これからはきちんとそういった勉強もしようとイエナは思いなおした。


「君はまだ若いから道も長い。とりあえずは新しい作品に期待しているよ」


 そう言って大家さんは部屋を出て行った。丁寧にお辞儀をしてから、イエナはぐっと握りこぶしを作る。

 捨てる神あれば拾う神あり、というのはこういうことを言うのかもしれない。昨日の時点では見えない先行きに心は決めていても不安は感じていた。

 だが、今の大家さんの感触からすると、イエナの技術であっても売り物を作ることはできそうだ。

 皮算用にならぬように、あとで市場調査にも出向かなければいけない。それでも、先行きがパッと明るくなったような気がする。もしかしたら本当に、旅に出て色んな景色を見て、様々な素材に触れられるかもしれない。


「問題は、地産地消になりそうってところかな。インベントリ、増やせればいいんだけどねぇ」


 インベントリ、とは成人になり、ジョブを教えて貰うのと同時に与えられる魔法の一種だ。

 一人につき20種類、大きさや重量を問わず出し入れすることができる亜空間のようなもの。一種類につき99個まではスタックして入れられるので素材を管理する上で相当助かる。ただし、家具の場合は同じ種類であってもまとめられないのが難点だ。そこだけは不満があるが、その不満をどこにぶつけていいかわからない。

 世の中にはこのインベントリを拡張できるマジックアイテムもあるらしい。増えるのが種類なのか、それともスタック数なのかは謎だ。

 それはどこかのダンジョンの最深部の宝箱から出る、という噂だ。勿論その真偽などイエナが知るはずもない。夢物語のようなシロモノだが、今後の指標としてそれを追い求めてみるのも面白そうだ。だがまずは目の前の依頼をこなすことから。


 今イエナのインベントリは19種類まで埋まっている。工房から引き上げてきた彫金の道具以外に、木工と裁縫の道具も持っている状態なのだから仕方がない。

 もし、今手持ちの材料で何かを作ればそれで満杯になってしまう。20種類を超えてインベントリに入れることは不可能で、折角作ったものが無になってしまうから気をつけなければいけない。

 だが、月末までこの部屋をこの状態のまま使っていいとわかれば話は別だ。

 素材の中でも面積をとらないものをごろごろと床に広げていく。狭い部屋はあっという間に足の踏み場もなくなってしまったが悔いはない。


「気に入って貰うためにも試作は大事よね」


 確かに、一流の職人にはなれないかもしれない。

 それでもイエナはなんだかんだ言って何かを作るのは好きだ。特に、通常であれば専門の職人同士が合作しなければ作れないものを考えついたときはたまらない。

 今もイエナの脳内には「木製の椅子と合う石の組み合わせはどんなだろう」という期待でいっぱいだ。キレイな石があれば是非試してみたい。

 イエナはワクワクしながら試作に取り掛かった。

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