3.私の人生私のもの

 あのあと、イエナはどう家に帰ってきたか覚えていない。気付けば自宅のベッドの上に倒れ込むように転がっていた。

 家、と言ってもイエナの現在の住まいは古びた集合住宅だ。見習いという身分では、治安の良い場所に小さな部屋を借りるのが精一杯だったのだ。

 家具を買うのは懐事情的に困難だったため、全てイエナの手作りである。小さなテーブルに椅子、それからベッドに簡易なラック。その他細々としたもの。


 木工職人と裁縫職人の両親に手ほどきを受けていたので、作ること自体は何も問題なかった。ただ、急ごしらえなため、部屋の印象はとてもチグハグだ。特に実験で作った飾り棚が部屋に似合わず無駄に豪華になっている。余裕があれば街の周りを散策して採集し、統一感ある家具を作れたかもしれないが、彫金の技術を学ぶのとズークの世話でそんな暇はなかった。


「私、何してたんだろ……」


 モノを作るのは嫌いじゃない。両親の元にいた頃は新しい技術を覚えるのが楽しかったし、二人の技術を組み合わせて新しい家具を作るのも楽しかった。

 けれど同時に、どちらの職も自分にとって最適ではないということがわかってしまう。同じだけの時間を注いだとしても、両親のようにはなれない。

 もしかしたら、このまま適性など見つからずいつまでも弟子身分のまま各地を転々とするのだろうか。

 少なくとも、そこそこ有名な彫金師のところをクビになってしまった今、この街に留まるのは少々辛い。ズークと顔を合わせるのも嫌だ。ここから出て行くのは確定である。


「どうせ未知ジョブよ。自分でも何に向いてるかなんてわかんないわよ……」


 心がくさくさして、叫んでしまいたい。けれど、安普請の借家に防音など期待できるはずもない。暴れたくてもご近所から通報されてはたまらない。例え、すぐにこの街を出て行くとしても、人の迷惑にはなりたくないものだ。

 だから今できることと言えば、布団を抱えてごろんごろんと転がることだけ。それだってあまり派手に動けばベッドから落ちたり壁に体をぶつけたりして結構な音を立ててしまうだろうから、思い切りはできない。


「……ほんと、何してるんだろ」


 どのくらいそうして落ち込んでいたのか。

 だが、どれだけ思い悩み反省していたとしても人間、腹は減る。


「ご飯食べて、荷物まとめるか」


 動けば気分も少しはマシになるだろう。そう思って立ち上がり、大きく伸びをする。

 火の魔石に魔力を入れて、コンロに火をつける。この部屋は魔力コンロが備え付けだったため、かなり有り難かった。お陰で少々寒い日であっても、いつだって熱いスープが飲めた。ズークが落ち込んでいたときも温かいお茶をいれたものである。


「いや、いつまでも感傷に浸ってちゃダメだって」


 パン、と両手で頬を叩き、気合いを入れる。少々力を入れすぎた気がするが、多少赤くなったとしても来客予定などないのだから気にすることはない。

 すぐにでも街から離れたいので、傷みやすい食材から先に使う。使いかけの野菜で簡単な野菜スープと買い置きのクルミパンでちょっと早い夕食だ。

 クルミパンはちょっと硬いが、スープに浸せば悪くない味である。もごもごと口を動かしながらイエナは先のことに思いを馳せた。


 今月の家賃は既に払ってあるので、リミットは今月末。今は月半ばなので半月で街を出る準備をしなくてはならない。まずは今月末で出て行く旨を大家に告げて、そのときに家具を売れないかも交渉しよう。可能であれば売りにいく手間が省ける。

 また別の街に行くとなれば手段を考えなければならない。この辺りの魔物はそう強くはないが、女の一人旅は危険が伴う。乗合馬車に乗るのが一般的ではあるが、それだと道中珍しい素材があったとしても採集は出来ない。可能であれば馬か、戦闘もこなせる騎獣を借りたいところである。そこは財布と相談だ。


「やるべきことは結構あるけど……問題はその先なのよね」


 街を出るというのはやるべきことだ。少なくともこの街に留まり続ける理由がない。

 では、その先はどうしようか。またどこかの工房を探して弟子入りするという手段も考えられるが、つまるところ行き着く先は今回と似たようなものになるのではないだろうか。


 どんな職人を志すにしても、ある程度までしかいけない。もしかしたらハウジンガーとかいうジョブの適性があるかもしれない、という希望に縋るのも少し疲れてしまった。少なくとも木工も裁縫も彫金もそこそこくらいしかできないのは確定している。


 であれば、あるかどうかもわからない適性を探すよりも、いっそのことやりたいことに向けて突き進むべきではないだろうか。それこそ、幼い頃絵本でみた魔法剣士のように。

 適性は剣士。だけど、魔法使いに憧れがあった主人公が剣の腕を磨きつつも、魔法の特訓もする、というストーリーだ。色んな人に魔法の適性はないと諫められ、時には嘲笑されても、どちらの腕も磨いて街を襲う脅威に立ち向かい、最後は王様にとりたてられる。


 この物語のようにうまく行くとは限らない。というよりも失敗する確率の方が遥かに高い。それでも、やりたいことをやって失敗する方が心理的には余程楽ではないだろうか。


「……やりたいこと、かぁ」


 やりたくないことなら山のように思いつく。

 ひもじいのは嫌だし、安心して眠れないのもキツイ。でもこの二つだって夢中で試作している時などは意識から飛んでいく。

 そういったネガティブな動機ではなく、前向きな何かがないものだろうか。


「小さい頃ならいっぱいあったんだけどなぁ」


 大魔法使いになりたい。世界を股にかける冒険者になりたい。

 何も知らない子供の頃は、そんな風に考えていた。


「ん、ちょっと待って? 衣食住さえなんとかなれば、冒険者したってよくない?」


 かっこいい冒険譚は無理だろう。だって、イエナは現時点で魔物と戦ったのなど数えるほどだ。どうしても素材が欲しくてミニトレントに挑んだことくらい。どうにか倒せはしたし、素材もかろうじてゲットできた。とはいえその経験から「自分は戦闘向きではない」と確信している。だから、魔物がうじゃうじゃいるような場所に向かって無双する、なんてのは最初から度外視だ。


 けれど世界はそんな場所ばかりじゃない。


 例えば、一般庶民でも、船代さえ払えれば海に出ることはできる。海にはイエナが今まで見たことのないような素材がたくさんあるに違いない。

 国が変われば騎獣がワイバーンなところもあるらしい。それに乗れば空の旅だって可能だ。やれるかどうかは別にして。


「問題は路銀、かぁ。でも今まで貯めてたお金も少しはあるし、ところ変われば私の作るものだって売れるかも? ……とりあえず、ちょっと海を見に行ってみようかな」


 思いつきの計画だが、なんだか楽しいような気がする。

 家具を売り払うついでに何か売れる物はないか街で見てみるのも面白そうだ。先の計画を練りながら、いつの間にかイエナは笑顔になっていた。


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