2.泣きっ面に蜂
「あれ? イエナじゃん。どうした? 工房のお使い?」
名前を呼ばれて振り向くと、見慣れた赤の長髪が目に入った。声をかけてきたのは恋人のズークだ。
彼もジョブに恵まれなかった一人。彼が教会で告げられたジョブはなんと『ギャンブラー』。酒場で「ギャンブラーってだけで色眼鏡かけて雇いもしないくせによぉ」とくだを巻いていたのを介抱したのがきっかけで付き合っている。
ギャンブラーとは、名前から察するに賭け事を生業とするのだろう、と言われている。そして巷では「ハズレジョブ」とも言われていた。このジョブの有用性が、まだ確認されていないのである。
少なくとも、ズークは賭け事はそんなに強くない。特にポーカーフェイスが苦手で酒場でやっていたお遊びのババ抜きであっても、イエナですらどこにババがあるのか予想できたくらいだ。くじ運だけならまだマシ、という程度。とても一攫千金を狙えるジョブではない。
ハズレジョブの代表格と言えば、一昔前は圧倒的に「盗賊」というジョブだった。
どんな仕事をするにせよ「何か盗むのではないか」と疑われる。商業系ではその傾向が顕著だった。そんな目線に晒されるのが嫌で自由な冒険者として街を飛び出しても、結果は似たようなもの。組んだパーティで何かトラブルが起きれば盗賊ジョブのせいにされることが多かったと聞く。
ただ、現在は一人の冒険者の活躍により、その印象も180度変わっている。
その冒険者は盗賊特有の器用さと素早さを生かし、ダンジョンで先頭に立って罠の解除や敵の数を確認する斥候の役割を担ったのだ。今では「無傷で町に帰りたければ盗賊ジョブを一人確保しろ」とまで言われるようになっている。
ただ、盗賊は例外中の例外だ。多くのハズレと分類されるジョブはどうしたって生きるのがハードモードになる。そして、盗賊になり替わるようにハズレジョブ筆頭と呼ばれるようになったのがズークの持つギャンブラーなのだ。
イエナの未知ジョブにも引けをとらない不遇なジョブ持ちの彼は、現在小さな店の受付で働いている。ジョブを理由に何件も仕事を断られている彼を何度も励ましたのは記憶に新しい。
そんな彼だからこそ、イエナのやるせない気持ちも受け止めてくれるだろう。
「ううん。工房、ジョブを理由にクビになっちゃって……」
クビというのは少し語弊があるかもしれない。一応正規の退職金は貰えた。ただ、次の職のあてがまるでないだけ。
安定を求めて、そして多分戦闘職よりは向いているだろうという理由から職人を目指したのにこれだ。不遇ジョブや未知ジョブというのは本当に生きづらい。
不遇ジョブの彼なら、ジョブに対する同じような不満を持っているはずだから、きっと共感してくれるだろう。
一度だけ愚痴を聞いて貰って、明日からまた頑張ろう。
そう思っていたのだが――
「は? マジ? やっぱ未知ジョブって使えねーのな」
師匠のクビの言葉は、頭のどこかで覚悟はしていた。
イエナ自身、自覚はあったのだ。他の弟子よりも成長速度が遅く、木工や裁縫をやったときと同様に不得意ではないけれど、得意とも言い切れない感覚。恐らく、これは天職ではないという感じがどうしても拭えなかった。
だから、一流の職人である師匠から見限られる日が来るのでは、と心の片隅に不安を抱えながら修行の日々を送っていた。あの工房で、誰よりも成長が遅いことをイエナ自身がわかっていたから。
だが、ズークの言葉は想定外もいいところだった。
(使えない……って、言った? ズークが?)
彼との日々が走馬灯のように蘇る。出会ってから一年弱。その間、彼がクビになった回数は片手に余るほどあった。辞めるに至らなくてもトラブルは多く、その度に「どうせハズレジョブだよ」と落ち込んだり、荒れたり。そんな彼を励まし続けて――。
彼の放った言葉を信じたくなくて、思わず聞き返してしまう。
「え……っと? どう、どういう……?」
「じゃ、俺とお前もこれまでってことで」
混乱の極みにいるイエナに、ズークはあっけらかんと言い放った。その上で、背を向けて何処かへと歩き始める。
「……へ?」
我ながら間抜けな声が出たと思う。
だって、不遇なジョブ持ち同士、頑張って生きようと励まし合ってきたズークがまさか。
しかし、現実は非情だ。
「ちょ、ちょっと待って、ズーク!」
呼び止める声は雑踏の中で意外に大きく響いた。通行人が何人か振り返るくらいには。
小さく肩を竦めた彼が立ち止まる。
その肩越しに向けてきた表情は心底嫌そうで、今まで向けられたことのない類のものだった。
「俺一人でも大変なのにお前も、とか無理だし。じゃーな」
「えぇ?」
あっさりとイエナをフったズークは、再び背を向けるとスタスタと去っていった。
(そんな……愚痴きいたり、ご飯作ったり、あと、なけなしのお金も融通したりとかもあったのに……)
そこまで考えて、イエナはやっと気付く。
彼との楽しい思い出はないのか、と。
頭を抱えて思い出してみても、言い方は悪いがしてあげたことばかりが思い浮かぶ。
他愛もない話は楽しかったと思う。大通りに新しい食堂ができたとか、隣町に大道芸人が来たらしいとか。けれどまだまだ見習いの身のイエナと職にやっとありついた状態のズークでは、実際に出かけるのは難しかった。貧乏暇なし、当然ながら金もなし。会話の最後は「いつか一緒に行きたいね」で締めくくられていたような気がする。
その会話は大抵イエナの部屋で、イエナの手料理を振舞っているときとかで……。
「……私、たかられてただけ?」
ぼそりと呟いたイエナの声は、雑踏に紛れて誰にも拾われることはなかった。
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