職人イエナの快適カタツムリ旅~異世界少年とモフモフを添えて~

真白野冬

1章 カタツムリの覚醒

1.未知ジョブはかくも生きづらい

 ノイツガルド、と呼ばれている世界がある。

 そこで暮らす人々は、それぞれジョブというものを持っていた。ジョブとは神様から与えられた指標のようなもの、と言われている。

 ジョブには様々な種類がある。

 例えば魔法使い。このジョブを与えられた者は、他のジョブを持つ者よりも容易に魔法を使うことができる。世界一の魔法使いを目指して研鑽を積むもよし、宮廷魔術師として国に仕えて手堅く生きるのもよし。中には火魔法のみを鍛え、世界の浄化を目的としてゴミの焼却処分業者になった者もいるらしい。

 だが、必ずしも与えられたジョブに沿った生き方をしなければならないというわけではない。ジョブとはあくまでその者が有する才能を有難くも神が啓示してくださるのだ、ということになっている。一応、建前上は。

 勿論稀な例ではあるが、示されたジョブは剣士であっても魔法も共に修め、『魔法剣士』として名を馳せた者も存在する。

 そして、ジョブは戦闘に関連するものばかりではない。

 まず様々な素材を収集するのに長けているギャザラーと分類されるジョブ。例えば漁師のジョブはそのまま漁業関係の職に就くことが多い。

 次にギャザラーが収集した素材やモンスターがドロップした素材を加工するクラフターと分類されるジョブ。例えば木工師は大工になったり、家具職人になったりなど様々だ。

 多くのジョブは研究者により解明されつつあるのだが、何事にも例外というのはある。まだ解明されていないジョブ、有用さが発見されていないジョブもあるものだ。

 不運にもそんなジョブを持って生まれるとどうなるのか、というと……。


「クビ……ですか?」


 青天の霹靂、というのはこういう時に使うのかぁ、とイエナは頭の片隅でまるで他人事のように考える。


(いやでも、なんていうか……心のどこかであるかもなぁとは思ってたかも)

 

 イエナは極々平凡な普通の娘だ。

 年齢は16。髪の色はよくあるオレンジがかった明るい金髪で、今は仕事の邪魔にならないように後ろで一つにくくっている。瞳はそれなりに綺麗な緑色だとは思っているが、職業柄分厚い保護メガネをかけていることの方が多い。

 イエナの現在の仕事はと言うと、彫金師の見習いだ。庶民から貴族まで、手広く商いをしているアクセサリーショップの工房に勤めている。お忍びで貴族の当主当人が通っているくらいの、腕利きの彫金師が棟梁だ。そして、イエナの師匠でもある。

 弟子入りを許されたと知った時は驚いた。ダメで元々、下手な鉄砲数撃ちゃいつかは就職可! なんて思いながら志願したので。

 見習いの待遇なので給金はブラッククロウの涙ほどだったし雑用も多かったが、技は見て盗めと言わんばかりに隠されてはいなかったし、雑用が終われば設備も貸して貰えた。そこで幾度となく試作を繰り返してようやく何点かは店に置いて貰えるまでになったというのに。


「有体に言えば、そうだ」


 目の前の壮年の男は重々しく頷いた。勿論、イエナの師匠である。

 見るからに頑固職人、といった風体の彼はその見た目を裏切らない職人気質である。いつも通り眉間に皺を寄せた気難しい顔からは、どういう気持ちでクビを告げているかは読み取れなかった。

 通常、弟子を取った側は、その弟子が一人前になるまでの支援を行う。弟子がどうしようもなく素行不良なので放り出す、なんてこともないわけではないが。

 少なくともイエナは今まで師匠に不義理を働いた覚えはない。雑用も誠心誠意こなしたし、技術の面でも一応それなりに形になったと師匠が口にしてくれたこともある。

 だが、そういった現状を鑑みてもクビにされる心当たりがイエナには一つだけあった。


「……原因は、やはり私のジョブですか?」


「っ……まぁ、そうだな」


 動揺が見えたのは一瞬のこと。師匠はすぐにひたと視線を合わせて肯定してきた。

 その表情には、その道のプロであるという自信が伺える。イエナにはその自信が、眩しくて、羨ましくて、妬ましい。


「お前のジョブでは、この先に進むのは難しい」


 ジョブは15歳になった際に教会で告げられる。イエナも例に漏れず15歳で教会に行き、そこで『ハウジンガー』であると告げられた。

 なんだそれは、とジョブを告げてきた神父に詰め寄るも、神父もわからないという。

 その後、ありきたりな祝福の言葉とともに教会から放り出された。ジョブのお告げを求める15歳が後ろにもゾロゾロ列をなしていたので当然なのかもしれないが、結構な仕打ちだと今でも思う。

 その後学校の先生に尋ねてみたり、図書館に通い詰めて自力でも調べてみたが、情報は皆無。一般的に知れ渡るジョブではない、通称『未知ジョブ』と分類されるものらしいとかろうじて認識できたくらいだ。

 思い返してみれば、幼い頃からジョブというものに漠然とした不安を感じていた気がする。

 そんなイエナに両親は、


『大きくなれば何となくわかるようになるものだから大丈夫』


 と言ってくれていた。

 両親のジョブは木工師と裁縫師。幼い頃から木に親しんだり、刺繍が得意だったりした経験からだろう。

 けれど、幼い頃のイエナには、何か一つの技術が得意、というような感覚はなかった。

 戦士や魔法使いといった戦闘ジョブではなく、両親のような職人系統なのだろう、という程度。

 両親に手ほどきを受けて木工や裁縫に手をだしたこともある。その結果、年齢を考えると上出来というレベルには達した。しかし、その道の専門ジョブには遠く及ばないことも同時に理解してしまったのである。

 恐らく彫金の道のプロである師匠にも、才の差がはっきりと見えてしまっているのだろう。


(両親は帰ってきてもいいって言ってくれてはいたけど、世間体はよくないよね。跡を継ぐなんてのはお貴族様くらいらしいし)


 通常、この世界ではジョブを貰った後は成人と見なされる。

 親元を離れ、独立するのだ。

 そうはいってもすぐにジョブに沿って生きるのは冒険者でもなければ難しい。

 冒険者は、所謂街の何でも屋として働くことはできる。それでも講習を受けたり、パーティに入れてもらって学んだりと色々あるらしい。

 クラフターのような職人ジョブであれば、先人に弟子として雇ってもらうのが普通だ。

 どんなジョブであっても、親元に居続けるというのはほとんどない。

 例外は貴族。上位貴族になるほど世襲制度が色濃いとかなんとか。庶民のイエナは詳しくはわからない。


「適性が皆無だとは言わん。一度戦闘ジョブのやつが冷やかしか何かで習いにきたが、あんなんよりは全然マシだ。その未知ジョブがクラフター系ジョブだとアタリをつけてるのは恐らく間違っちゃいないだろう」


 黙っているイエナをどう思ったのか。珍しく師匠が長いセリフを話す。内容も、慰めているように思えなくもない。

 ただ、その心情がどうであれ、わかることは一つ。

 一年近く付き合ってきたこの師匠が、「クビ」という言葉を曲げることはない。


「……お世話になりました」


 うらみつらみを言わず、食い下がりもしなかったのはせめてものプライドだ。みっともなく縋ったところで、頑固な職人の考えを変えるほどの何かをイエナは持っていない。

 頭を下げて、工房に置きっぱなしだった少しの私物を回収して出て行く。

 さて、これからどうしようかとあてもなく道を歩いていたところで後ろから声がかかった。




【お願い】

たくさんの小説がある中で見つけてくださり、ありがとうございます。

厚かましいお願いではありますが、1話読了記念ということで、目次ページのおすすめレビューから★をつけてもらえると今後の励みになります。

何卒宜しくお願い致します。

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