第53話  聖女、動く!~聖女side~




「それで、彼は見つかりましたか?」




私、キサラ・アルスレムは従者のリーザと教会警備隊のラクリールに声をかけた。

私に跪く彼女らは、揃って首を横に振る。




「申し訳ありません。彼が冒険者ギルドに立ち寄っていたところまでは突き止めたのですが······その先は、ギルドが情報を提供してくれなくて······」


「私のほうも収穫はありませんでした。一応彼らには遭遇出来たのですが、不意を突かれて取り逃がしてしまいました。申し訳ありません」


「そうですか······」




冒険者ギルドは冒険者の個人情報を厳格に守っており、例え私のような聖女や教会、王族などが命令をしても漏洩することは無い。

それが彼らの信条であり、また冒険者たちから信頼される秘訣だ。そうでないと、ギルドは崩壊するだろう。

しかし口惜しいのは、ラクリールの報告だ。

彼女によれば、彼は謎の美女三人と行動を共にしているらしい。




「ちっ、私という者がありながら······なんて罪深い人でしょう······」




つい、聖女らしからぬ舌打ちが出てしまった。

だけど、これも仕方ない。

だって、それほどにまで彼を愛してしまったのだから。

だから、何が何でも彼を手に入れたい。

傍に置いて愛でてあげたい。

そのためには、その女たちが邪魔だ。

彼女たちが何者であれ、私を敵に回したことを後悔させてやらねばならないだろう。

そんなことを思っていると、ラクリールの部下の一人が慌てた様子で駆けてきた。




「し、失礼致します!報告があります!」


「なんだ、騒々しい。聖女様の眼前だぞ?」




ラクリールが忌々しそうに叱咤するが、私は笑顔で逆に彼女を窘める。




「良いのです、ラクリール。どうしましたか?」




私がその部下に訊ねると、彼は敬礼をして報告をした。




「ハッ、実はつい先程ですが聖女様がお探しのアヴィスらと思われる一行が船に乗船したとの報告がありました!」


「まあ······!」


「なんだと······!?」




彼の報告内容に私とラクリールは驚いたが、特にラクリールは怒りをも滲ませたような表情をしていた。




「あいつらめ······私たち教会から逃れるため、この国を出ようというのか!」




ラクリールの予想は当たっているだろう。

いくら聖女といえど、全世界に影響力を持っている訳ではない。

聖女や教会の権力が及ばない地域だって存在する。

そう、例えば『サリュスアル大陸』とか。




「今すぐ船の出航を止めさせろ!」


「えぇっ······!?い、今からですか!?いくらなんでも、もう間に合いませんよ······!?」


「いいからやるんだ!」




よほど逃げられたのが悔しかったのか、無茶ぶりを部下に命じるラクリール。

彼女は優秀だが、少々自分勝手なエゴイストだ。

私のためと豪語しつつ、実際は自分の思い通りにならないから怒っているだけに過ぎない。

そんな彼女に、私は止めるように声をかける。




「止めなさい、ラクリール。乗船しているのは、なにも彼らだけではないのですよ?他の方たちにも迷惑になります」




いくら彼を手に入れたいがためでも、聖女である私は何の関係も無い人を巻き込むつもりは無い。

むしろリスクしかない。何故なら、聖女とは人々の信仰あって成り立つもの。

信仰無くして聖女はあり得ない。

人々から信仰されなくなれば、私は聖女としての力を失ってしまう。

それが神様との契約なのだから。




「しかし······!」




ラクリールはそれでも食い下がろうとするが、私は笑顔を向けて再度言い放った。




「もう一度だけ言います。止めなさい、ラクリール」


「っ······!」




私が声に力を入れて話すと、ラクリールはハッと我に返ったようでがたがたと身体を震わせながら膝を突いた。




「も、申し訳ありません······少々取り乱しました」


「良いのです。あなたは忠実ですが、熱くなりすぎるのが玉に傷ですね」


「······精進します」




ラクリールが頭を下げる中、次はリーザが私に声をかけてくる。




「しかし、どうなされます?彼らが出航してしまうと、我々では対処出来ませんよ?」


「······そうですね、分かっています」




先程も述べたが、彼らが他の国へ向かわれると私の力が及ばなくなる。

それどころか下手に国へ圧力をかけてしまえば、我が『セクリオン』と国家間で亀裂が生じてしまうかもしれない。

そうなると、ますます人々の信仰は薄れる。

それだけは避けたい。となれば、手は一つ。




「秘密裏に動きましょう」


「と、いうと······?」


「少数精鋭の部隊を作り、派遣致します。そして彼······アヴィス様を連れ去ってきてもらいます」




いくら彼でも、教会の力には敵わないだろう。

それに何も難しいことをする訳ではない。

ただ、彼を捕まえて私の元に連れてくればいいだけの話。それだけの簡単なことだ。




「そうは仰いますが······しかし、また逃げられたらどうするおつもりですか?」


「ふふっ、それも簡単なこと。この私も同行します。もちろん変装してね」


「なっ······!?」




私の発言に、リーザとラクリールは揃って声を上げながら驚きに目を見開く。

そしてすかさず、リーザは反対してきた。




「なりません!あなたは、この教会の頂点に立つお方!それを教会を留守にしてしまうなど言語道断!ここは、私たちにお任せください!」


「いいえ、彼の力は本当に大したものみたいです。また逃げられる可能性もあります。なので、私が聖女の力を使って穏便にこの国へ連れ帰ります。この国の人間ではない彼らには、信仰云々関係ありませんからね。異論は認めませんよ、リーザ」


「しかし······!」


「異論は認めません」




再度ぴしゃりと言い放つと、今度こそリーザは黙った。

今更、教会の上層部に伺いを立てなくてもいい。

彼らが反対しようとも、聖女である私が決めた。だから異論は認めないのだ。




「では、早速人数と人選を始めましょうか」




私がそう言うと、二人は観念したように溜め息を吐いて何も言ってこなくなった。

さて、これから忙しくなりますね。

ふふふっ、どこに逃げても絶対逃がしてあげません。

あの人は、私と結ばれる運命なのですから。

待っていてくださいね、アヴィス様······!




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