第52話 黒い影の正体~師匠side~
「そ、んな······」
妙な力によって強化されたユリナの全力で放った攻撃さえ、私は跡形もなく消した。
重力とは、あらゆるものを押し潰す魔法。
これを応用し、上下から重力を放つことによってユリナの魔法攻撃を全て空中で押し潰した。
ユリナは唖然としているが、私は構わず魔法書のページを捲って詠唱を始めた。
「三界の理・天秤の法則・律の皿、往々に散りて虚空に爆ぜよ。―――『
「がっ······!?」
この魔法は、重力の弾丸を横方向に飛ばす私の数少ない攻撃魔法だ。
その中でも一番弱い初級魔法だが、そのダメージは計り知れず、その衝撃によってユリナは吹き飛ばされて地面に叩き付けられた。
そして、身体がピクリとも動かなくなった。
どうやら気絶したらしい。
当然だ、私はまだ本気を出していないのだ。
「ふん、ようやく大人しくなったか」
私は溜め息混じりにそう呟いたが、魔法書は未だ閉じなかった。
まだ、終わっていないからだ。
「出てこい、隠れている者よ。私の目を誤魔化せるとでも思ったか?」
そう、私の目は誤魔化せない。
ユリナがおかしくなった時から、妙な雰囲気を彼女から感じていた。
それは彼女本人のものではなく、もっと別の······そう、例えるなら魔の雰囲気だ。
だから、私は戦闘中推測を立てた。
奴には、何か得たいの知れないものが取り憑いているのではないか?
そしてそのせいで、変に様子がおかしくなった上に力が増したのではないかと。
そう、簡単に纏めるならまだ戦いは終わっていなかったのだ。
『······ふ、ふふふ······』
私が気絶したユリナにそう言葉をかけると、ユリナの身体から黒い何かが出てきた。
その何かが人の形を成すが、はっきりとした顔や形は伺えない。
だが、ソレは紛れもなく人の声を発していた。
『······その魔法、何処かで見たことがあると思ったら······よもや、あなたでしたか······』
「······ちっ。なるほど、貴様だったのか······」
その黒く歪んだ雰囲気には、私も何処か見覚えがあった。
しかし、その言葉から私は確信する。
「まさか、貴様が生きていたとはな······魔王『ヴァルシアル』!」
魔王『ヴァルシアル』。
私が若い頃、当代の勇者とその仲間たちの手で滅ぼした魔の頂点だった女。
最後は勇者の力によって肉体を砂塵にされたはずだが、何故奴が今生きている······?
『ふふふ······生きている、というのは些か語弊がありますね。私は、あなた方によって倒されました。ただし、肉体だけですが······』
「ふん、なるほどな······貴様は今、精神体で動いているということか」
『ご名答······さすがは賢者ですね』
「馬鹿を言え。賢者という称号は、もはや昔のものだ。今の私は、一魔法使いに過ぎん」
そう、賢者という称号は既に返還した。
勇者が死んだあの日から仲間だった私たちは全員、名高き称号を国に返上した。
魔王も勇者も居なくなった時、この称号は身に重すぎる足枷だと思ったからだ。
賢者に相応しい奴は、きっと他にも居る。
「にしても、貴様も存外しぶとい奴だ。それほどまで、この世界に未練があったのか?」
『未練······ですか。まあ、確かに未練はありますね』
「ほう?それすなわち、まだこの世界を手中に収めようと?」
『手中に······?く、くふふふ······』
私の問いの何処が面白かったのか分からないが、奴は歪に嗤い始めた。
『いいえ、そんな気は最初からさらさらありませんでしたよ?』
「······なに?」
『何を勘違いしているか知りませんが、私はこの世界が欲しいと思ったことはありません』
「······ならば、何故魔の頂点に立った?」
『そんなこと、愚問ですよ······』
私の問いを愚問と言い放った奴は、ようやく確認出来た口元を歪ませて続けて言った。
『この世界を壊したいからですよ』
「······どういう意味だ?」
『あら、賢者の癖に分かりませんでした?そのままの意味ですよ。私は、この世界を滅茶苦茶に壊したい······動物も、国も、自然も······そして、人間も全てを滅したい······無に還してやりたいほど壊したいんです』
奴の言っている意味がますます分からない。
そんなことをして、一体どうなるというのか。
『私は何もかもを壊したい······ぐちゃぐちゃに······バラバラに······ボロボロに······微塵も跡形もなく······!そこに生まれるのは虚無······あぁ、なんて素晴らしいのでしょう』
「······ちっ、狂っているな」
『あら、狂っていなくては魔王を名乗れませんよ?まあ、もっとも······この世界には、私以上の力を持った方が既にいらっしゃるようですけどね······』
「なんだと······?」
その言葉は聞き捨てならなかった。
奴の言葉通りなら、魔王以上の力が誕生しているということだ。
その瞬間一人の馬鹿弟子を思い出したが、まさか、な······?
『ふふふ······彼の力は素晴らしいですよ。私以上にも成り得ると思います。彼なら、きっと全てを無に還す力を持っている······ふふふ······あぁ、本当に素晴らしい······!』
「貴様······!」
『しかし、彼は好んでこの世界を壊したいとは思っていない。あれだけ酷い目に遭ったのに、優しい人ですねぇ······』
「なに······?」
『どうやら彼は、随分とお人好しなようです。やはり、私自身の復活を急ぐべきですね』
「復活だと······!?」
『ええ、私はいずれこの世に復活を果たします。あぁ、方法なんて教えませんよ?邪魔をされたくありませんからね······ふふふ』
酷い夢を見ているようだ。
倒したと思っていたはずの魔王が精神体としてこの世に存在していただけでなく、必ず魔王が復活を果たすなど······。
だが、復活が出来るのであればこの長い時間をかけずにすぐに果たしていたはず。
そう、復活には何か条件があると見た。
『ふむ······その顔、どうやら薄々感付いているようですね?』
「ふん······仮にも、昔は賢者だったものでな。考えるのが癖になっているようだ」
『そうですか。しかし、今のあなたにはどうすることも出来ませんよ?精々、その年老いた身体で私たちがこの世界を壊す様を悔しげに眺めることですね······』
そう言い残すと、人の形を成していた奴の黒い影が霧散し、そこには何も残らなかった。
どうやら退散したようだ。
しかし、奴も存外馬鹿であるようだ。
「私たち、ね······」
それだけで、ある程度は推測出来る。
どうやらユリナみたいに奴の精神に犯された奴が、他にも居るようだ。
其奴等を使って、復活を目論んでいると見るべきか。
だとすれば、話は簡単だ。
「この年老いた身体でも······何かを成すことは出来るはず。ならば、モタモタしている暇は無いな」
私は今だ気絶しているユリナたちを重力魔法で小屋に運ぶと、書き置きを残して黒いローブを羽織った。
「ふん、まさかこれを再び着ることになろうとはな······」
そう、これは勇者たちと居た時代に私が愛用していた魔法のローブだ。
私の目的は、二つ。
そして、魔王の復活を阻止すること。
そして、奴······アヴィスの所在を確かめて会うこと。
手をこまねいて眺めているだけでは、戦いで散った勇者に申し訳が立たない。
「行くか······まずは『シリオス帝国』と魔導国家『セクリオン』で情報を集めよう」
そう一人呟き、私は久しぶりの旅に出るのであった。
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