第49話 痛感する無力さ
あり得ない、と僕は驚愕していた。
師匠と同じ懐中時計を持つ謎の美少女、ミスファ。
しかも、元々持っているものだという。
そういえば昔、師匠から聞いたことがあった。
『師匠、その写真の子は······?』
『あぁ、これか?私の一人娘だよ』
『娘さん······初耳ですね。それに会ったことがない』
『当然だ······この子はね、この写真を撮った直後に何者かに連れ去られて行方不明なんだ』
『えっ······!?』
『探しに出かけたいが、そうもいかない事情があってな······。ここで、あの子の帰りを待ち続けているんだ。まったく、酷い親だよ。それでも、私は奇跡を信じているんだ······』
師匠が寂しそうに笑う記憶が思い出される。
そうだ、確か師匠から聞いた話ではその子はこの世に二つしかない師匠と同じ懐中時計を持っていたという。
まさかと思い、僕は聞いてみることにした。
「あの、ミスファさん。あなたは小さい頃、『シリオス帝国』の辺境で住んでたりしましたか?」
「······さあ、分からないね」
「分からない······?」
「私、小さい頃の記憶が無いんだ。綺麗に切り取られたようにね······。だから、私がどこ生まれで親が誰なのか、まったく知らないんだよ。覚えているのは、自分の名前と必死に生きてきた記憶しかない」
「えっ······記憶が無い?」
なんということだ、まさか記憶喪失だっただなんて。
だが、彼女は多分行方不明になっていた師匠の娘さんだ。それは間違いないだろう。
こうして見ると、どことなく師匠に似ている気がする。
「な、なんだい?急にそんなにじっと見つめてきて······て、照れるじゃないか。もしかして、私に惚れたかい?」
あまりにもじっと見ていたせいか、彼女は頬を赤く染めてもじもじとした。
ヤバい、変な誤解を与えたようだ。
訂正しようと口を開く前に、隣に立つルーナが不機嫌な顔をして僕の頬をつねってきた。
「痛い······!」
「いい身分ね?私という妻が傍に居ながら、他の女に目移りするだなんて。いくら一夫多妻制だからって、私が認めない女といちゃいちゃするのは許さないわよ?」
「ご、ごめん······そんなつもりじゃ······!」
僕らのやり取りを見ていたミスファさんは、目を丸くした後ぷっと笑い出した。
「はははっ!君たち、なんだか愉快だね」
「そう······ですか?」
「うん、羨ましいよ。おっと、私はそろそろ部屋に戻ろうと思う。君たちとは、またどこかで会える気がするね。それじゃあね」
「あっ······!」
僕が引き止めようとする前に、彼女はひらひらと手を振って立ち去ってしまった。
引き止めてどうするというんだ?
彼女は記憶を失っているんだぞ?親の師匠のことすら忘れているなら、僕が何かを言ったところでただ彼女を混乱させるだけだ。
せっかく見つけたというのに歯痒いしもどかしいが、こればかりは仕方ない。
あぁ、なんて僕は無力なんだ。本当に無能だ。
師匠に恩返ししたいのに、それすら叶うことがない。
「アヴィス、どうしたの?そんなにあの女が気に入ったのかしら?」
「ひぇっ······!?」
額に青筋を立てながら笑顔で微笑むルーナを見て、僕は思わず悲鳴を上げてしまった。
今の彼女は、A級モンスターも裸足で逃げ出してしまうレベルの怖さがある。
「ち、違うんだ!じ、実はね······!」
これはまずいと、僕は慌てて説明をした。
僕の話を聞いたルーナは、ふぅんと一応は納得した顔を見せた。
さっきの怖いオーラも消え去っているように感じる。
どうやら、怒りは収めてくれたようだ。
「あの子があなたの師匠の娘ねぇ······」
「確信した訳じゃないけどね。ただ、その可能性が高いって話だよ」
とはいえ、僕の中ではほぼ確信していた。
だけど、運命というのは残酷だ。
偶然とはいえようやく見つけたのに、これでは師匠に会わせることは出来ない。
なんとか記憶を取り戻させてあげたいところだが、さすがに僕にはどうしようもない。
残念だけど、ここはいったん諦めるしかない。
「記憶······記憶ねぇ······」
「ルーナ······?」
なにやらぶつぶつと呟くルーナ。
何を考えているんだろう?
声をかけたかったが、思いの外真剣な顔をする彼女を邪魔することは出来なかった。
しばらく放っておこうかと思っていると、船の探索に出ていたリザリスとイヴが甲板へ出てきた。
「おや、旦那様にルーナではないか」
「ご主人様たちも外に出ていたのですね」
「リザリス、イヴ······」
「うん?どうしたのじゃ?妙に深刻そうな顔をして······何かあったのか?」
「あぁ、いや······大したことじゃないんだ」
今この時点で話したところで、リザリスやイヴに余計な心配をかけるだけだ。
ただでさえ未知の大陸に不安を抱えているかもしれない状況で、こんな話をする必要はない。
そう思った僕は、笑って誤魔化すことにした。
「ふむ、そうか?ならいいんじゃが······」
「そういえば、朗報です。先程船乗り様から聞いた話では、もうすぐ『サリュスアル大陸』へ着くそうです」
そうイヴが指を差した方向に目を向けると、広大な海原の先に陸が見え始めた。
「あれが······『サリュスアル大陸』か」
ミスファさんもこの船に乗っている以上、同じ大陸に居ることになる。
運が良ければまた会えるかもしれないと、僕は希望を胸に込めて大陸を見つめていることしか出来なかった。
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