第48話  船旅の出会い




「さて、準備は出来た?」




僕が三人に声をかけると、彼女たちは揃って頷く。

今日はいよいよこの地から離れて別大陸、『サリュスアル大陸』へ向かう。

僕らにとって未知数の世界。何が待ち受けているか分からないので準備は入念にした。

旅の資金や旅行備品、アイテムなどは豊富に揃えたから多分そこまで問題は無いはず。

だが、それでも不安は拭うことが出来ない。

そんな僕に、三人はそれぞれ声をかけてきた。




「大丈夫よ、アヴィス。私たちなら出来るわ。なんたってこの私、『月影の魔女』が妻なんだから」


「そうです、ご主人様。私は、あなたのためなら死をも厭いません。御身は必ず私がお守りします」


「うむ、そうじゃ。なに、妾たちならそれが出来る。大船に乗ったつもりで安心せい!あの船のようにな!」




リザリスが指差した方向には、港に定着している帆船が目に入った。

そう、僕らはこの大船で海を渡る。

そこから先に待ち受ける未知への不安を、三人は笑顔で拭ってくれた。




「ありがとう、三人とも。よし、行こうか!」




気合いを入れた僕らは乗船するための賃金を支払い、船に乗り込む。

客室乗務員に部屋を案内され、僕らは一息つく。




「なあ、旦那様よ。ちょっとだけ船の探索をしてきても良いか?」


「えっ?別にいいけど、あんまり騒がないでよ?それと、目立つ行為はしないでね?」


「なに、当然じゃ。イヴもついて来るからのう」


「私もですか?眠りたいのですが······まあ、いいでしょう。私も興味はありますし」


「そうじゃろ?では行ってくるの!」




手を振って、二人は部屋を後にした。

妙にはしゃいでいるなと思っていると、ルーナが笑って僕に声をかけてきた。




「多分、二人とも船旅は初めてなのよ」


「あぁ、そういうことか······」




なるほど、と納得した。

イヴはその生まれからして海とは縁がなかっただろうし、リザリスにいたっては魔物だ。

船に乗る機会なんてなかったのだろう。

そんな初々しい二人を見て、少しだけ心が和む。




「そういうあなたは、船旅は慣れているの?」


「う~ん······慣れているわけじゃないけど、小さい時に家族で乗ったことはあるよ」




その時の思い出が脳裏に蘇る。

初めての船旅に、僕とエルミオラ姉さんと弟のユリウスははしゃぎまくって船内を走り回り、それで両親に怒られていた。

そして三人で泣いて、すぐに笑って······その時は、僕たちは本当に仲が良かった。

いつから、仲がこじれてしまったのだろう。

エルミオラ姉さんは氷のように冷たくなっていき、僕に酷く冷遇してきた。

心当たりはまるでないんだけどなぁ······やっぱり、僕が無能だったから見放したのだろうか。

そんなことを考えていると、ルーナは僕を引き寄せたかと思うと優しく抱きしめてきた。




「ちょっ······ル、ルーナ!?」


「大丈夫よ、アヴィス。あなたは一人なんかじゃないわ。私が······私たちが居るもの」




いつの間にか悲しい顔をしていたのか、それを慰めるようにルーナは優しい声色で僕を包む。

本当に優しい人だ、ますます好きになっていく。




「うん······ありがとう、ルーナ」


「ふふっ、どういたしまして」




ルーナの笑顔に、自然と僕も笑顔になる。

そして僕から離れると、ルーナは僕の手を引いて部屋の出口へと歩き出した。




「さあ、私たちも外に出ましょう?一緒に海の景色を見たいわ」


「ははっ、海なんて見ても一面海原だけだよ?」


「あら、雰囲気って大事よ?それに、つまらなくもない。だって、あなたと一緒に居るんだもの」




ふふっ、と笑うルーナに思わずドキッとする。

ルーナって、自然にこういうことを口に出すよね。

シェリア以外に直接想いをぶつけられたことなんて無かったから、やっぱり新鮮で嬉しい。

そういえば、シェリアは元気にしているだろうか?

フィアさんに迷惑かけてないかな?

一瞬そんなことを考えてしまっていると、ルーナが妙に不機嫌な顔をして僕を睨んだ。




「なあに?そんな寂しそうな顔をして······私と一緒じゃ、楽しくない?」


「そ、そんなことないよ······!」




どうやらうっかり顔に出てしまっていたらしい。

いけないいけない、僕はもう彼女たちに会うことは叶わないんだ。だから、さっさと忘れてしまおう。

シェリアには、ユリウスが居る。あの出来た弟に任せれば、僕も安心することが出来る。それにフィアさんも居るんだ。僕が居なくても幸せになれる。

そう自己完結した僕は、ルーナに笑顔を向ける。




「僕もルーナと一緒に居れて幸せだよ」


「っ······そ、そう。それなら良かったわ」




僕がそう言うと、何故かルーナは頬を赤くしてそっぽを向いた。

なんだろう?僕、変なこと言ったかな?

疑問が頭に浮かんでしまったが、構わず僕はルーナと共に船内を歩く。

いろいろ見て回り、甲板に出た僕らは目の前の海原に目を奪われる。




「綺麗だわ······私たち、本当に故郷を捨てたのね」


「うん、そうだね······」




それ以上の言葉が出てこないほど、目の前の綺麗な景色に心を奪われていた。

子供の時も見ていたはずなのに、大人になった視線で見ると情景が違って見えるのが不思議だ。

二人揃って感慨に耽っていると、僕らに近付く一人の女性が声をかけてきた。




「やあやあ、初めまして。船旅は初めてかい?」


「えっ······?」




白いコートに身を包んだ長い黒髪の美少女。

どこかで見たことがある気がするが······僕の気のせいだろうか?

その面影に、誰かに似ていると錯覚したようだ。

初対面の人に失礼を働いた自分に恥じる。

 


「申し遅れたね。私はミスファドールという者だ。長いので、ミスファで結構だよ」


「は、はぁ······僕はアヴィス」


「私は、妻のルーナよ」




随分と慣れ慣れしい人だなぁと思っていると、僕はあることに気が付いた。

彼女の首からかけられている銀製の懐中時計に見覚えがあった。




「そ、その時計······!どこで拾ったんですか!?」


「うん······?これかい?




そんな訳がない。だって、それは――













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