第42話 VS『不死王』
「ふはは!脆い!脆すぎるぞ、お主ら!」
僕が今見ている光景は、まさに弱肉強食と呼ぶべきものだった。
『屍人』たちは抵抗出来ず、ただリザリスの剣によって倒されていく。
「弱い!弱すぎるぞ!」
リザリスの血は『王血』と呼ばれる上位吸血鬼の中でも大変稀なものらしく、その血を浴びたものは任意でその存在を腐らせるものだ。
それは血で出来た剣も然り、斬られた者は次々に腐って消滅していく。
あんな醜い姿で生き続けるより、いっそのこと跡形もなく消したほうが村人たちの魂も成仏してくれるだろう。そう切に願う。
「こんなものか、他愛もないのう······」
リザリスの手により、『屍人』化した村人たちは全滅したようだ。
しかし、これで終わりではない。
「リザリス、油断するな。まだ『
「うむ、そうじゃな。しかし、何処に居るやら······むっ?噂をすれば、なんとやらじゃな」
リザリスがそう呟くと、唐突に目の前に黒い霧のようなものが出現した。
それが形作り、髑髏の頭を持つ人型の魔物が現れた。
「こいつが『不死王』······!」
さすがはAランクの魔物、異様に邪悪な雰囲気を感じる。
まさに闇属性というに相応しい風貌だ。
「ほう、先程の狼や村人たちよりは骨がありそうじゃな。まあ、妾にしてみれば大差は無いがのう······!」
そう叫ぶと、リザリスは血の剣を構えて『不死王』に突っ込んでいく。
「せいっ······!」
血の剣が『不死王』を一刀両断する。
「ふん、この程度か······まあ、妾が相手ではゴミ同然なのじゃがな」
余裕そうに、しかし不満気に呟くリザリス。
しかし僕は、奴が攻撃を仕掛けることも抵抗することも無く違和感を感じる。
なんだか嫌な予感がする。
「ッ―――!リザリス、離れて······!」
「むっ······!?」
その違和感の正体に気付いた時、僕はリザリスに向かって叫んでいた。
「バカな······再生するじゃと!?」
リザリスは確かに奴を斬り裂いた。
しかし、『不死王』は再生して何事も無かったかのように佇んでいた。
そして奴は、右手をこちらに向けた。
何かしてくる······!
奴の殺気を感じた僕は駆けるが、先に『不死王』の動きが早かった。
奴の手から、闇に似た障気がリザリスに向けて放たれた。
「くそっ······!間に合え······!」
僕は右手を前に向け、リザリスの前に立ち魔法を使用する。
「―――『
奴の障気は僕の右手に吸い込まれていき、そして反射的に次は左手を翳す。
「―――『
奴の障気がそのままカウンターとして放たれ、奴に直撃する。
なんとか間に合い、安堵する。
「すまぬ、旦那様!少々油断した······!」
「いや、この場合は仕方ないよ」
リザリスが驚くのも無理はない。
『王血』によって今まで出会った敵を瞬殺していたリザリスにとっては、おそらく初めてのケースだろう。
『不死王』が僕らの予想を越えた性能を持っていただけなのだ。
「再生能力を持つ魔物か······いや、これは不死属性と言ったほうが正しいのう。さすがは、『不死王』の名を冠する魔物じゃ」
「いや、感心してどうするんだよ······」
この状況は非常にまずい。
リザリスの力が通用しないとなると僕がやらなくてはならないが、生憎と僕の魔法は通用しないように思う。
不死属性に有効な光魔法は初級の『閃光』しか使えず、それはただの目眩ましだ。
他の魔法も有効には思えず、唯一の頼みの綱である『吸収魔法』も奴に有効打を与えられないだろう。
現に先程奴に直撃した攻撃だが、再生したからか無傷だった。
「くっ、やっぱりルーナを連れてくるべきだったか······!」
ルーナが居れば、おそらく瞬殺だっただろう。
しかし居ないことにいくら悔やんでいても仕方がない。
今はどうすべきか考えるところだ。
倒せないなら、撤退するしかない。
だが、それでは依頼失敗になって報酬はもちろん無いし、ランクが下がる可能性もある。
それだけは避けたいが、こんなところで死にたくはない。
「妾が殿を務める。旦那様は撤退してくれ」
「リザリス······!?」
僕の考えを読んだのか、リザリスが僕を庇うように前に出た。
「旦那様は、おそらく世界を動かせる程の男じゃ。こんなところで死なせる訳にはいかぬ。妾が命に代えても守り通そう。なに、安心するが良い。妾は弱点を突かれぬ限り、死ぬことはない」
そう言い、血の剣を構えるリザリス。
確かに彼女は吸血鬼だから大丈夫だと思うが、そんなことは関係ない。
妻を残して逃げる夫だなんて、最高に格好悪いじゃないか。
なんとか突破口は無いのか······?
僕の初級魔法ではダメージは通らないだろうし、それ以前に奴の再生能力をなんとかしなくてはならない。
しかし、それに対応出来そうな魔法なんて僕は覚えていない。
「······いや、待てよ?」
そうだ、まだ試していないことがあった。
もし僕の考えが正しければ、上手くいけば奴を葬ることが出来る。
「リザリス、ちょっと作戦があるんだ······」
「作戦じゃと?打開策があるのか?」
「うん。だけど、僕一人じゃ無理だ。だから、リザリスにも協力してほしい」
「ふっ······妾がお主に手を貸すのは当然じゃ。それで、どうするんじゃ?」
迷うこと無く僕を信じてくれる彼女に、僕は作戦の内容を説明する。
一通り話すと、リザリスはくっくっと可笑しそうに笑った。
「ふははっ!それは面白いのう!良かろう、お主の力を今一度見せてもらおうか!」
「血を消費させちゃうけど、よろしく頼んだよ」
「妾が居ないと駄目なんじゃろう?ならば、その期待と愛に応えるのが妻の役目じゃ!」
恥ずかしげもなく言うリザリスの言葉に、僕も照れること無く頷く。
「では行くぞ。我が血よ、汝が仇成す敵を縛りたまえ。―――『
リザリスは血の剣で自身の身体を切り刻んだかと思うと、その大量の血を媒介にして新たな魔法を発動。
大量の血は数本の太い糸状になり、『不死王』の身体を拘束した。
奴は登場時、闇の霧から現れた。
つまり、いつでも霧へと変化する。
ならば、この拘束もすぐに霧になることで解かれるだろう。
しかし、一瞬だけ足止めできればそれでいい。
「くっ、貧血になりそうじゃな。じゃが今じゃ、旦那様よ······!」
「ああ······!」
リザリスの合図で、僕は『不死王』に向かって駆ける。
チャンスは一度、一瞬の隙しかない。
だけど、その隙を僕は見逃さない······!
僕は霧状になる前に、奴の身体に触れて魔法を発動する。
「―――『
『吸収魔法』は、あらゆるものを吸収する。
そう、それは例え生命であろうと例外は無いはずだ。
その僕の考えは的中し、奴は僕の右手に丸ごとその身体が吸い込まれていった。
そして、僕は瞬時に魔法を発動する。
「―――『
瞬間、僕の中に感じていた奴の存在が跡形も無く消えてしまった。
つまり、奴は完全にこの世から消滅した。
「で、出来た······」
「ふむ、その魔法は本当に最強じゃのう。まさか、魔物自体を吸い込んでしまうとは思わなんだ。向かうところ敵無しじゃな。だが、吸い込まれた奴はその時どうなっておるのかのう······?」
「·······怖いこと言わないでよ」
確かに気になることではあるが、何故だか知らないほうがいいと本能がそう察していた。
何はともあれ、さすがは伝説の魔法。
これ一つあれば、世界を牛耳ることも不可能ではない。
「あっ、しまった······!奴の素材が······!」
奴の身体を丸ごと消してしまったので、依頼討伐完了の証拠になる素材を回収出来なかったことに今さら気付く。
ヤバいと思ったが、リザリスはニヤニヤした顔で僕に近付いてきた。
「安心せい、そうなると思って奴を拘束する際、奴の身体の一部を奪っておいたぞ」
そう言う彼女の手には、『不死王』の身体の一部が握られていた。
本体が消えても、霧状に戻ることはなくその場に留まり続けたようだ。
「さすがだよ、リザリス」
「ふふん、当然じゃ」
ともあれ、リザリスのおかげで依頼完了になった。
さて、これでかなりの資金が集まるはずだ。
早速帰って手続きを済まそう。
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