第39話 彼の後を追う~王女side~
「初めてお目にかかります、私はシェリア・ヴィ・シリオスと申します」
私は、フィアとユリウスと共にシリオス帝国から出て、少し離れた森に住むある人物を訪れていた。
彼女は、クロデューヌ・ド・シモン。
アヴィスから聞き及んでいた彼の師匠。
草臥れた椅子に座り、読書をしていた彼女は本を閉じて私たちに視線を送る。
「あぁ、君の名は知っているよ。シェリア姫、私の元に来た理由は何だね?」
「単刀直入に訊ねます。アヴィスの行き先をご存知ではありませんか?」
そう、私たちが訪れた理由はアヴィスの行き先を訊ねるためだった。
シリオス帝国に近い国は、実は二つある。
一つは『死鬼の森』を抜けた先にある魔導国家『セクリオン』。
そしてもう一つは、シリオス帝国から南の海を渡った先にある『フロスト公国』。
後者のほうはアヴィスが海を渡ったという話を港で聞かなかったため、前者の可能性があると思い、情報を得るためアヴィスの師匠である彼女の元を訪れた。
律儀なアヴィスならば、師匠に別れの挨拶に来るのは当然だと踏んでいたのだ。
「ふん、奴か······ああ、来ていたぞ。奴は、『セクリオン』へ向かうと言っていた」
やはり、そうだったか。
一応『神眼』で嘘かどうかを調べたが、彼女は本当のことを言っているようだった。
しかし『セクリオン』に向かうのは分かるが、一人で『死鬼の森』を抜けるなんて命知らずにも程がある。
「合流するならば、急いだほうが良いぞ。まあ、尤も既に手遅れのような気もするがな」
「あら、それを分かっていながら彼が死地へと旅立つのを見送ったのですか?」
「ふん、奴が選んだ道だ。私が止める権利は無かろうよ。それに奴が簡単に死ぬタマでないのは、私が一番良く知っている。何故なら、奴は私が認める魔法使いなのだからな」
彼女の言葉を聞き、それまで心の中で燃え上がっていた怒りが急速に静まっていった。
彼女もまた、彼の本当の力に気が付いているようだった。
それが嬉しくて仕方がない。
「あなたは、アヴィスの隠された力についてご存知なのですか?」
「いや、どんな力なのかは知らん。だが、奴の強さは魔法そのものではない。どんなに蔑まれようが弱かろうが、その事実に屈することなく立ち上がるその強き精神。そして、弱き者を助けようとする優しさ。それこそが奴の力の源であり、強さだ。違うか?」
「······その通りですね」
さすがは彼の師匠だ、彼のことを良く知っている。
私は彼に何か別の力があると分かっていたが、それより私が惹かれたのは彼の優しさと屈さぬ精神だった。
だから、私は彼のようになりたくて頑張った。
彼を守れるように強くありたいと願った。
それは、私の従者であるフィアも同じ気持ちであろう。
もちろん、弟のユリウスもそうであるはず。
だからこそ、私たちは彼を支えるべく合流しなくてはならないのだ。
「貴重な情報、ありがとうございました。それと、もう一つお願いがあります。私たちと共にアヴィスの元に行きませんか?」
「すまんな、私は足手まといになるから止めておく」
その意味深な言葉の理由を、私は知っていた。
『神眼』で彼女を見た時、私は彼女がもう長くないことに気が付いたのだ。
彼女は、『呪い』によってその身体を蝕まれている。
何故そうなったのかは知らないが、『神眼』で見る限りかなり強力な呪いだ。
残念だが、これはもはや聖女であろうと救うことはおそらく出来ないだろう。
それほど重く、そして手遅れだった。
「私自身にもどうすることも出来ない『呪い』に身体を犯されている。もはや、満足に身体を動かすことすら出来ん。だが、お前たちは気にするなよ。これは私自身の問題だ」
「······そのようですね」
せめて奇跡があることを祈るしかない。
「用が済んだら行け。アヴィスによろしくな」
「······ええ、ごきげんよう」
これが、おそらく最後になるだろう会話。
私は彼女に挨拶をすると、フィアとユリウスと共に彼女の家を出た。
「フィア、ユリウス!頼みました!」
「かしこまりました、シェリア様」
「了解しました!」
クロデューヌ・ド・シモンに別れを告げ、私たちは『死鬼の森』に入ると早速魔物に遭遇した。
魔物は初めて見るが、アヴィスから冒険譚を聞いていたこともあってか不思議と恐怖は無い。
それとも、私の肝っ玉な性格に起因しているのかもしれない。
「『
『黒牛鬼』。昔、アヴィスから聞いたことがある。
鈍重ではあるが、パワーは一級品なためAランクに指定されている危険な魔物だと。
しかしどんな魔物であろうと、私の目の前に立つ二人の敵ではない。
「フィアさん、僕が奴の攻撃を食い止めます。その隙に攻撃を······!」
「かしこまりました」
『黒牛鬼』は私たちに狙いを定めると、勢い良く突進してきた。
貫かれたらひとたまりもないであろうその大きな角の攻撃を、ユリウスは手にした盾で防ぐ。
「ふん······!なかなかのパワーだけど、僕の『
ユリウスは自身に『強化魔法』の一種、『硬化魔法』を事前にかけていた。
『硬化魔法』は文字通り対象を硬くする魔法で、肉体のみならず手にした武器や防具にもその効力を発揮する。
その力は、Aランクの『黒牛鬼』の角攻撃を余裕で防ぐほどだ。
さすがは、元とはいえ近衛騎士団の団長といったところか。
「フィアさん、今です······!」
ユリウスがそう叫ぶと、いつの間にか『黒牛鬼』の背後に立ったフィアが奴に駆け寄って二本のナイフを手にする。
「ふっ······!」
フィアはナイフを奴の身体に突き刺すが、『黒牛鬼』は軽く悲鳴を上げただけで絶命には至らなかった。
攻撃されたことに怒ったのか、今度はフィアに向けて突進して爪を振り上げる。
あの大きな爪に引き裂かれたら即死する。
素人な私にもそれは分かったが、私は別に焦ってはいかなかった。
だって、相手が悪すぎるのだから。
「闇より深い黒き影手よ、我が眼前の敵を縛り捕らえろ―――『影縛り』」
フィアが詠唱をすると、彼女の足元にある影や木々の影から無数の黒い手が伸び生え、迫り来る『黒牛鬼』の巨体をがんじ絡めに縛って地に押さえ付けた。
パワーがある『黒牛鬼』の身体がピクリとも動かないところを見れば、その魔法の強さは語るまでもないだろう。
そんな動かなくなった『黒牛鬼』の前に立ち、フィアは見下ろしながら静かに言う。
「永遠にさようならです」
振り上げたナイフは『黒牛鬼』の首をいとも簡単に切断し、奴は悲鳴を上げることなく今度こそ絶命したようだった。
その戦いぶりを見て、ユリウスは関心したように呟く。
「さすがは元Sランク冒険者、『影法師のフィア』と呼ばれただけのことはありますね」
「······その名はとうの昔に捨てました。今の私はただのメイド、フィアです」
そう、彼女は私のメイドになる前はSランク冒険者、『影法師のフィア』としてその名を馳せていた。
フィアの魔法は、『影魔法』。
影がある状況下でのみ発動可能というリスクはあるものの、光ある場所には必ず影が存在するので、その条件は無いに等しい。
彼女は簡単な魔法だと言い張るが、実は闇魔法の一種で熟練の魔法使いでも修得が困難とされるというほどかなり強力な魔法だとアヴィスから聞いたことがあった。
「ふふっ······なかなか良いバランスのパーティね、私たちは」
防御に長けたユリウス、スピードと威力を兼ね揃えたフィア。
そしてアヴィスが加われば、まさに私たちは向かうところ敵無しの最強パーティになるのではないだろうか。
そうなるよう、早く彼と合流しなくては。
倒した『黒牛鬼』を解体する二人を眺めながら、私はいつか来るであろうそんな未来を夢見ていた。
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