第38話  今後の目的




「こ、ここまで来れば一安心かな······?」




僕たちはなんとか逃げ出すことに成功し、宿屋に帰ってきていた。




「ここまで追ってくるとは予想外だったわ······」


「そうだね······数人しか見なかったことから、多分残りは街に置いてきたんだと思うけど······」


「ふん、あんな連中妾の手にかかれば一捻りなんじゃがな······」


「街中で殺人行為はご法度ですよ」




にしても、まさかここまでしつこく探しに来るとは思ってもみなかった。

そこまで聖女の権力は偉大ということか。

まあ、この世界に一人しか居ないから国王よりも権力はありそうだが。




「それで、妾にも説明してくれるんじゃろうな?先程の連中について」


「私にもご説明願います、ご主人様」




そうか、二人は『アルドーバ』で起きたことについて知らないんだった。

僕らは仲間だ、情報は共有したほうが良い。

そう思い、『アルドーバ』で起きたことを二人に話した。




「ふむ、なるほどのう。そんなことが······」


「たくさんの重症病人たちを治すとは、さすがご主人様たちです」




リザリスは興味深そうに相槌をし、イヴは尊敬の眼差しを向けてきていた。

しかしルーナは忌々しそうに唇を尖らす。




「けれど問題は、聖女が絡んでいることね。たかが重症病人を治したくらいで、ここまでする必要があるのかしら?しかも、無理矢理連行しようだなんて······」


「うん、僕もそこは引っ掛かっていた······」




ルーナの疑問に、僕も首を縦に振る。

別に怪我人や重症人たちを治すくらい、聖女の許可が必要なわけじゃないんだから僕らに構う必要はないはずだ。

だというのに、ラクリール隊長に連行させようとするだなんて少し大袈裟過ぎる。

まあ、ラクリール隊長は結構真面目そうだから、命令に忠実に従って追ってきたのだと思うのだろうが。

そんな悩む僕らに、リザリスが割って入った。




「おそらく、お主らに興味を持ったのじゃろうな。重症病人たちを全員治す実力、逃げおおす際に詠唱破棄した事実。それらについて教会は詳しく知りたいのじゃろう」


「私もリザリス様の意見に同意です。ご主人様たちに自覚があるかどうかは分かりませんが、ご主人様たちがやってのけたのは世界の常識を覆す行為です。重症病人たちを全員一気に治せるのは聖女くらいなもので、また詠唱破棄など出来る人物はおそらく世界中にご主人様とルーナ様二人だけですから」




続けて言うイヴの言葉に、僕とルーナはようやく気が付く。

そういえばそうだった。

ルーナの非常識がいつの間にか僕の中でも常識に染まっていて、そのことをすっかり忘れてしまっていた。

普通、重症病人たちを一気に治すのは熟練の回復魔法を持った人でも難しく、それが出来るのは聖女だけとされている。

詠唱破棄についても、それが出来るのはおそらくルーナと僕くらいだろう。

そう考えれば、興味を持つのは当然か。




「聖女、ね······どう思う?」


「ふん、妾は好かんな。なにせ吸血鬼を滅ぼしたのは初代の聖女じゃ。あ奴らが使う神聖魔法は実に厄介じゃて」




ルーナの質問に返したリザリスの言葉に、僕はぎょっと驚いていた。

光魔法の上位互換とされる神聖魔法というのは、悪や魔に対してかなり有効的で強力な魔法だと聞く。

しかしまさか、初代の聖女が一人で吸血鬼たちを倒したというのか?

相性の問題もあろうが、だとしたら当代の聖女もとんでもない力を秘めていることになる。

そんな強く権力もある聖女に目を付けられたのは、実に面倒そうである。




「ちなみに、聖女に会いに行ったらどうなると思う?」


「まず間違いなく、話を聞いた上で実力を試されるでしょうね。そして教会はその力を管理下に置きたくなり、聖女の下に付かせるかもしれないわ」


「それだけならまだ良いが、下手をしたら軟禁生活、または自分たちの傀儡にするつもりやもしれぬな。なにしろ、お主らは他に類を見ない異例なケースじゃから。その力が教会のものになれば、教会の権力はまさに世界一じゃ」




僕の質問にルーナとリザリスが答え、その内容に僕は思わずげんなりしてしまった。

そんなことにまったく興味が湧かず、逆に嫌な気分になってくる。

そんなの、奴隷と似たようなものじゃないか。

自由気ままに冒険者生活を送りたい僕の思想とは、かけ離れすぎている。




「······僕は、教会に連行なんてされたくない。例え、世界一の権力を持つ聖女が相手でも······」




素直にそう言うと、三人は安心したような顔を見せた。




「当然よ。むしろ私たちがそれに従う義理も義務も無いわ。聖女?それが何よ?私たちには私たちの生活がある。聖女だろうが教会だろうが、それを邪魔する権利は無いわよ」


「うむ、それに妾は吸血鬼じゃ。それがバレれば、おそらく妾は問答無用で討伐され、お主らも魔物を匿った共犯として酷い目に遭わされるかもしれぬ」


「同意します。ご主人様が嫌な目に遭うのは、私も我慢なりません。もしそうなれば、教会と全面戦争です。容赦せず潰します」




ルーナ、リザリス、イヴはそれぞれの意見を僕に語る。

全面戦争は避けたいところだが、向こうが強行的な手段に出る可能性もあるからそれも一応視野に入れなくては。

とはいえ、僕らの今後について意見を出さなくても方面は決まっていた。




「というわけで、逃げようと思う。僕らがこの街に居ると知られた以上、いつ教会連中が来てもおかしくはない」


「その意見には賛成ね。私たちの顔もとっくに割れてしまったし、長居すればまたあの真面目な隊長や教会連中、下手をしたら聖女も来る可能性はあるわ」


「ふむ、となると拠点を移すしかあるまいな。何処に逃げる?何処に逃げても、聖女の息がかかっていると思うが······」




リザリスの言葉は正しい。

きっと何処の国に逃げても、聖女や教会連中、そしてあのラクリール隊長が追って来そうだ。

そんな彼女たちが迂闊に手が出せない場所が、果たしてあるのだろうか?

うーんと僕らが悩んでいると、ルーナが思い付いたように口を開いた。




「私に良い考えがあるわ」


「良い考え?」


「ええ。『サリュスアル大陸』へ行きましょう」


「えっ!?」




『サリュスアル大陸』。

この『セクリオン』から西方にある大海を越えた先にある、巨大な大陸。

そこはこの大陸とは何もかも違うと、昔師匠から聞いたことはあるが一度も行ったことはない。

何があるか分からないのに、聖女や教会から逃げるためにわざわざ違う大陸に向かう意味はあるのか?

そう思っているぼくをよそに、リザリスとイヴは納得したような顔を見せた。




「なるほど、『サリュスアル大陸』か。確かに一理はあるかもしれんのう」


「はい、私も噂程度ですが賛成致します」


「えっ?どういうこと?」




無知な僕は何がなんだか分からず、ルーナに視線を向けて説明を求める。




「『サリュスアル大陸』は、この大陸の法や常識が届かない大陸なのよ。だから、実力主義や魔法至上主義といった差別は無いの」


「つまり、聖女や教会の力も及ばない?」


「そういうことよ」




なるほど、それは確かにありかもしれない。

別にこの地に未練は無いし、いっそのこと新しい地で新しい生活を始めるのもありだ。




「よし。じゃあ、『サリュスアル大陸』に向かおう」


「ええ、分かったわ」


「うむ、承知した」


「はい、了解致しました」




全員の意見が一致したということで、僕らの行き先と目標を新たに掲げた瞬間だった。




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