第33話 彼女の名付け親になる
そんな会話を傍で聞いていると、応接室の扉が開いて別のメイドとある程度綺麗になった機人族の奴隷少女が入ってきた。
今度はちゃんと目も開かれており、その瞳を見た僕とルーナは驚きを隠せなかった。
その両の瞳には、魔法陣の模様が刻まれていたのだ。
「まさか······この魔法陣を媒介にして、魔法具が発動されるのかしら······?ということは、この子自体は魔法を扱えない······?いえ、でもこの魔力量は······」
ルーナは興味が尽きないのか、ぶつぶつと僕の隣で呟いている。
だが、僕の興味は違う方向に向いていた。
「まさか、この子······」
「おや、やはり気が付かれたかい?」
「······ええ」
奴隷商館の主、ロキシュさんが声をかけてきて僕は頷いて返す。
その瞳は、金色に輝いていた。
紫の髪に金の瞳。
「まさかこの子、『精霊の民』の······?」
「精霊の民······?」
それまで自分の世界に入っていたルーナは、今度は僕の発言に興味を持って首を傾げた。
「精霊の民は、この世界の何処かに存在するといわれる精霊樹の麓に住む伝説的種族で、精霊術を駆使して戦うと聞いたことがある······」
「へぇ、精霊術ね······」
精霊術とは、自ら魔力を持った僕らが魔法を使うのではなく、精霊の力を借りて発動する術のことである。
その精霊術を扱うにも大変な努力が必要とされており、力を借りる精霊にも認めてもらえなければ力を使うことは出来ない。
しかし精霊が住まう精霊樹と呼ばれる大きな木の下で住む精霊の民は、その加護を受けているため誰もが使うことが出来るとされている。
しかし精霊の民が姿を現したことはほとんど無く、精霊樹が何処に存在するか分からないため、研究者たちは日々探し続けているんだとか。
「文献でしか読んだことが無かったけど、まさかこんな場所で会うとは思わなかったよ」
「確かに稀少よね。となると、伝説の精霊の民が無理矢理機人族へ改造させられたということになるけど、そのマッドサイエンティストは一体何者なのかしら?いえ、それより彼女は精霊術と魔法の二種類を扱えるのかしら?だとしたら、稀少なんてものじゃないわね······」
再び、自分の世界に入って考察に入るルーナ。
確かにそれは気になるところだけど、僕はひとまず彼女に挨拶をすることにした。
「ごめんね、変な目で君を見ちゃって。初めまして、僕の名はアヴィス・クローデット。こっちは妻のルーナだ。よろしくね?」
無難な挨拶をすると、それまで無口だった奴隷少女はまじまじと僕を見つめてようやく口を開いた。
「確認しました。イエス、ご
僕より年下そうな見た目なのに、とても礼儀正しい言葉と所作に思わず面を食らう。
というか、少し喋り方が機械的だ。
これもやはり、マッドサイエンティストによるものなのだろうか?
「ええと、名前は何かな?」
「イエス、ご
「えっ······?それって、どういう······?」
「その子、記憶喪失なのさ」
僕らの会話に、ロキシュさんが割り込む。
「この奴隷商館に来た時から記憶を失っているようでね。名前はおろか自分が何者なのか、今まで何をしていたのか、自分に関することは一切覚えちゃいないんだよ」
「そう······なんですか······」
ロキシュさんの説明に、僕はやるせない気分になってしまった。
この子は、僕以上に辛い目に遭ってきた。
僕より不幸な人なんて星の数ほど居るに違いない。
しかし、こんな幼い時から酷い目に遭っていい訳はないんだ。
「ルーナ······ちょっといいかい?」
「うん、何かしら?」
「この子を精霊樹の······仲間の元に返してあげたいんだけど、いいかな?」
「ええ、いいわ。あなたの望むままに」
記憶を失っていたとしても、やっぱり地元に返してあげたほうが良い。
この子の親も心配しているだろうし、何より僕がそうしたかったのだ。
お人好しだと思うが、一人が辛いことは僕が一番良く知っているから。
「ありがとう、ルーナ」
「いえいえ。それで、連れていくにしても名前は付けておいたほうがいいわよ、ご主人様?」
「えっ?僕······?」
「当然よ。だってさっきからその子、あなたしか見ていないんだもの」
ルーナに言われて少女のほうへ目を向けると、少女はじっと僕のほうを見つめていた。
なんだか、物凄く照れくさい。
だが、やはり名前が無いと不便である。
僕は頭の中で、必死に名前を考える。
「······『イヴ』」
そして、ぽつりと口に漏らす。
その名を聞いて、ルーナは「ふぅん······」と感心したような声を出した。
「この世界を造ったとされる神の内の一人、機械仕掛けの女神イヴから名を取ったのね?」
「う、うん、まあ······」
「ほう、良い名じゃないか」
ロキシュさんも納得したように賛同する。
肝心の少女はというと、「イヴ······私の名前······イヴ······」と自身の名を連呼していた。
どうやら気に入ってくれたようで、少しホッとする。
「了解致しました、ご
礼儀正しくお辞儀をするイヴだが、僕はその様子が気に入らずイヴの目線に合わせるように膝を付いて口を開く。
「いいかい、イヴ?確かに僕たちは君を買ったけど、君はもう言いなりにならなくていいんだ。言うなれば、僕らの家族。だからさ、そんな自分は道具みたいな言い方は止めよう?」
そう、僕は彼女を道具扱いしたいわけじゃない。
奴隷を買ったとはいえ、彼女は既に僕たちの仲間になったんだ。
仲間というのは、もはや家族だ。
助け合い、信じ合い、支え合う。
それこそが本当の仲間というやつだ。
これを、あの幼馴染みたちにも聞かせてやりたいところだ。
しかし納得していないのか、イヴは無表情だが不満の意を漏らした。
「いえ、しかしこれはプログラムにも······」
「まだちゃんとした契約はしてないけど、これは主人からの命令だよ、イヴ」
「······了解致しました、ご
プログラムにインストール。
やはり彼女にはもはや精霊の民としての概念は無く、機械としての生き方と考え方を教え込まれてしまっているらしい。
これもまた、マッドサイエンティストのせいか······?
もし奴が生きているなら、一発この手で殴ってやりたいところだ。
こればかりは、徐々に覚えさせていくしか方法は無い。
「決まりのようだね。それでは、契約魔法を発動するから主人のアヴィス様、そして奴隷のイヴ。こちらへ」
ロキシュさんの言葉に従い、僕とイヴは対面する形でロキシュさんの前に並び立つ。
そして、ロキシュさんは目を閉じて魔法陣を起動させた。
「誓え、二つの魂よ。死が二人を別つまで、共に道を歩まんことを。―――『
僕らを囲む魔法陣が光り出し、そしてすぐに光は消えた。
どうやら、これで終わりらしい。
「これで契約完了だよ。イヴを大事にしてやってくれ、アヴィス様」
「よろしくお願い致します、ご
無表情ながらも何処か微笑みそうな顔に、僕は笑顔を返して答える。
「こちらこそよろしくね、イヴ」
こうして僕は、記憶喪失の精霊の民で機人族という仲間を手に入れることになった。
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