第32話  奴隷を購入しました




「この子が······」





目の前に座る小柄な体躯の機人族の少女に、僕は思わず目を奪われていた。

紫色のウェーブがかかった長い髪。耳と片目、背中と両手両足には魔法具と思われる機械が取り付けられている。

しかし、その姿はとても美しかった。




「―――『鑑定アプレイザー』」




僕の隣に立つルーナが『鑑定』の魔法を唱える。




「ア、『鑑定アプレイザー』······!?しかも今、詠唱していなかった······!?」




執事服の男はルーナが使った詠唱破棄の魔法に驚いているが、ルーナは気にせず機人族の少女を『鑑定』する。




「ふむ、なるほど······やっぱり面白いわね、この子。私と同等の素晴らしい潜在魔力。魔法具も、これまた貴重なものばかり。なによりこの子、まだ処女だわ」


「あの、最後の情報っているの?」




僕が呆れて返すが、ルーナはまじまじと彼女を見続けていた。

どうやら彼女のことを気に入ったらしい。




「うん、やはり興味があるわ。ねぇ、あなた?一つ相談があるのだけれど······」


「もしかして、この子を買うの?」


「ええ、調べてみたいわ。もちろん非人道的なことはしないと約束する。ダメかしら?」




まあ、確かにルーナなら彼女を酷い目に扱ったりはしないだろう。

それに僕自身も機人族というのに興味があるし、なによりこの見た目はまだ幼い。

この劣悪な環境に居るべきではないし、もしまだ親が居るなら返してあげたい。




「······あの、この子の値段は?」


「は、はい。金貨100枚です」


「なるほど······」




金貨100枚。つまり、1000万の価値。

貴族でもなかなか買えない金額だ。

だが、僕たちには1700万以上に吸血鬼の王を倒した報酬の白金貨10枚もある。

つまり、今の持ち金は2700万。

豪邸が5軒ほど買えてしまうほどの大金だ。




「―――『放出リリース』」




僕は右手から財布である袋を取り出し、その中から白金貨10枚を取り出す。




「はい、白金貨10枚でも大丈夫だよね?」


「あ、あなたも魔法の詠唱を······!?というか、白金貨10枚!?」




酷く狼狽えた執事服の男だが、すぐに我に返って咳払いをして冷静を取り繕う。




「失礼致しました。はい、もちろん白金貨10枚でお取引出来ます。それでは、奴隷を購入するに辺りいくつかお話させていただきたいので、私と共に来てください。その間、彼女を綺麗にしておきますので」


「はい、分かりました」




僕とルーナは執事服の男に付いていき、話を聞かせてもらうために応接室に招かれた。

そして館のメイドがお茶を淹れてくれ、僕らはソファーに相対するように座る。




「では、お話をさせていただきましょう。とは言っても奴隷に関する注意事項などですので、気を楽にしてお聞きください」




執事服の男が言った内容は、奴隷に対する制約と規約だった。

購入する際、主人と奴隷の間に魔法契約を交わされる。

これは主人に逆らえないようにするためであり、また主人に順従になり逆らうような考えをしなくなったり、逆らうと苦しくなってしまうようにされているらしい。

ただし、奴隷に何でも命令出来る訳ではない。

例えば、死ぬ命令や性的な奉仕の強制などをした場合、主人がその命を落とす。

また、主人には奴隷の衣食住の保証を義務付けられており、これに違反すると魔法による激痛が主人に襲う。

それ以外の命令ならば何でも聞くことを、奴隷にちゃんと教え込んでいるらしい。

意外にクリーンな奴隷商法だ。




「······とまあ、簡単な説明になりますが、何かお聞きしたいことはございますでしょうか?」


「じゃあ、質問ね。奴隷と契約する主人だけれど、複数は可能なのかしら?」


「はい。魔法契約していただければ大丈夫でございます。ただし命令権はどちらも強いため、いざこざを防ぐために一人を推奨しております。ご理解くださいませ」


「なるほど······」




確かに主人が二人以上居た場合、奴隷を巡って争いになることもあるかもしれない。

まあ、僕とルーナならそんなことはあり得ないと思うが。




「じゃあ、最後の質問しても?」


「なんなりと」


「この館の主人は何処に居るのかしら?」


「ッ―――!?」




ルーナの質問に、空気が張り詰める。

僕は質問の意図が分からず、ルーナに訊ねてみることにした。




「ルーナ、どういうこと?」


「あなたのその格好、執事服よね?そんなのが主な訳が無いわ。気品はあるけれど、振る舞いが主という品格では無い」


「ま、まあ······格好からして執事っぽいけどね······」


「私たち顧客の相手は、執事で充分ということかしら······?ねぇ、そこのメイドさん?」


「えっ······?」




ルーナが紅茶を飲みながら、執事服の男の背後に佇むメイドに目を向ける。

彼女はそれまで目を閉じ静かに立ち振る舞っていたが、ルーナの言葉を聞いて口元を歪めた。




「ふっ······ふははっ!なんだ、バレていたのか。どうして分かった?」




メイドらしからぬ言葉遣いに唖然とする僕だったが、ルーナは気にせず続ける。




「別に大したことではないわ。さっき『鑑定』を使った際、この執事服の男にかけたもの」


「あの一瞬で!?」




さすがは『月影の魔女』。早業に程がある。




「黙って『鑑定』をかけたのは謝らせてもらうわ。でも、主が直々に応対しなかったのでこれでイーブンってことで許してくれないかしら?」


「ふははっ!良い良い、こちらこそ非礼を詫びようか。あんな大金をポンと支払えたので、少し気になって無礼だが試させてもらったんだ。改めて自己紹介といこう。私はこの商館の主、ロキシュだ。よろしくな」




ニッと笑うメイド服の女性。

端から見ると、とてもシュールだ。




「それで?私たちは客として合格かしら?」


「ああ、もちろんだ。それに、君たちとは縁を作っておくほうが利がありそうだしね。魔法を詠唱破棄する上に大金の持ち主。これは是非とも仲良くさせてほしいと思う」


「ふぅん、あなたって結構強かなのね」


「ふははっ、商売人というのはいつの世もそういうものさ」




僕と執事服の男を置いてきぼりにし、話に華を咲かせる女子二人。

女性というのは、やっぱり強い生き物だとしみじみ思わされる。




「それじゃあ、私たちも自己紹介といきましょうか。私はルーナ。こちらは旦那のアヴィス。よろしくお願いするわ」


「ルーナ······って、まさかあのお伽噺の?」


「失礼ね。お伽噺ではなく、こうしてちゃんと実在するわよ。その証拠に、一端とはいえ私の力は見たでしょう?」


「······確かに」




さっきルーナが『鑑定』を使った際、執事服の男の他にこのメイドも居たことを思い出す。




「なるほど、それならば信じられるな。詠唱破棄などという前代未聞のことをやってのけたのは、古今東西歴史上『月影の魔女』しか居ないしな」


「あら、物分かりが良くて助かるわ。さすがは商売人。でも一つだけ訂正させてちょうだい。詠唱破棄出来るのは、旦那も同じよ」


「確かに、さっき見たこともない魔法を使っていたな······」




ロキシュと名乗ったメイド服の女性は、興味深そうに僕を見つめる。

結構な美人なため、あまり見つめられると照れてしまうので僕は目を逸らした。




「でも、このことをあまり言い触らさないでほしいの。変な輩に旦那が襲われでもしたら堪らないわ」


「ふむ、それはもちろん。私も商売人。客の情報は拷問されても漏らさぬよ」


「ふふっ、あなたとは良い付き合いが出来そうだわ」




がしっと固く握手を交わす二人。

なんだろう、この疎外感。




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